第五話 真夜中の侵入者を特定しましたっ!

 こんにちは! こちら私立聖メティス学園高等学校IT部の現場ですっ! 初夏の放課後、不気味な笑い声を上げ続けている女子生徒が居ますっ!


「フフフッ、幹哉くんよ! これ全部、幹哉くんなのよっ! 私の幹哉くんなのよーっ! アハハハハッ! アハハハハハッ! アーッハッハッハッハー!」


 真行寺しんぎょうじノドカ は自らの液晶ディスプレイに次々と表示される、木之瀬きのせ幹哉みきやの画像に、恍惚とした表情を浮かべていた。

 だめだ完全にイッてしまっている。これが高校一年生の美少女だと主張しても絶対に信じてもらえない域である。 


 一晩で『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』を作り上げた能力と執念は素晴らしいし、二千枚の画像にラベルを付ける作業は本当に根気が要ることだったろうと思う。

 なので、「笑いたいだけ、笑えばいいさ!」と私は思うから。変人が狂人に一進化するくらいのことをノドカはやったんだと思う。私は真顔でパチパチと手を叩く。


 私も『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』が出力する幹哉くんの姿が興味深くて液晶ディスプレイを覗き込んでいた。

 引き続き、ディープラーニングにより作られた認識機が、ハードディスクに撮りためられた映像から、幹哉くんを認識するたびに、ディスプレイに画像をポップアップさせ続けていた。


 ――幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、おっさん、おっさん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、おっさん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、幹哉くん、おっさん、おっさん、おっさん


「ん?」


 恍惚とした表情で笑い続け、途中から神へ感謝の祈りとかまで捧げだしたノドカの横で、私は、画面に表れる奇妙な出力に気づいた。


「ノドカ、……まだよ。まだ完璧じゃないわ」

 焦燥を声色に含んだ私の呟きを聞き取り、我を忘れたように笑い続けていたノドカがスッと、その笑い声を納めた。

 その瞳には既に戦闘態勢を表す煌めきが戻っている。


「どうしたの、未央?」

「……これを見て、ノドカ。ここ。……これ幹哉くんじゃないわ。……私も知らない『おっさん』よ……」


 ノドカはすぐさまワークステーションのキーボードに指を走らせ、コントロールキーとCを同時に押すと、実行中のプログラムを停止させた。そして、その、明らかに幹也くんではない男性の画像を確認する。そのファイル名を記録し、ノドカは「ふうっ」と溜息をつく。


「幹哉くんの類似画像として出てきちゃったのね。識別の境界面がまだ曖昧なのかしら……」

 ノドカは『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』の性能の話をしているようだ。幹哉くん以外の人物を幹哉くんとして認識しまったということだろう。


 でも、私が問題にしたいのはそこじゃ無くて……


「ノドカ……、そうじゃ無くって、この人……誰?」

 不安そうな私の声に、ノドカは液晶ディスプレイから顔を上げて、「ん?」と首を傾げた。そして、ポンっと手を打った。

 そう。そもそも、IT部室に見知らぬ男性が入ってきていること自体が謎なのだ。


「そう言えば、室内監視での初期報告イニシャル・レポートを未央に見せていなかったわね〜」

初期報告イニシャル・レポート?」

「そう。私が、この『監視社会ディストピアシステム』を構築して、二十四時間監視を実行して得た最初の成果よっ!」


 あれ? なんか、今、さらっと監視システムの名前、ものすごいネガティブな名前に命名されてなかった? 監視社会ディストピアとか言ってなかった?


「私がこの部屋を二十四時間記録していることは話したわよね?」

 両手を腰の後ろに組んで軍人のように直立する。


「は……はいっ!」

 なぜか私もつられて敬礼してしまった。何ノリだ、これは?

 ……うん、やめよう。普通の言動に戻ろう。


「そうそう、二十四時間録画してても、どうせ夜なんて何も映らないだろうし無駄だろうって、そう言いたげな顔をしているわね、未央」

 ノドカはその美しい顔から、目を細くして、私に流し目を送ってきた。

 引っ掛けっぽい質問だけど、まぁ、夜に何も映らないというのは多分そうなのだろう。

 話の流れ的には、後から否定されるのかもしれないけれど、私はウンと頷いた。

 むしろ夜に変なものが映っていたら怖いし、何も映っていない方がありがたい。


「夜は誰も来ないだろうし。うん。まぁ、80GBものハードディスク容量を一日で使っちゃうのなら、夜くらいは止めてもいいんじゃないかなぁ?」

 私がそう純粋のな疑問を呈すると、ノドカは人差し指を立てて「チッチッチッ」と舌を鳴らした。


「甘いわね、未央。観測っていうのはね、『意味ないだろうなぁ〜』ってところも、敢えて観測してこそ意味があるってことも多いのよ」

「どういうこと?」

「たとえばこれ……。初期報告イニシャル・レポートの中核となる発見よ。監視システムの記録から見つけたんだけど……、見てみて」


 そう言ってノドカはワークステーションの大型ディスプレイを私の方に向けた。

 そこには、私達のIT部室を撮影した動画が再生されていた。いつも見慣れた部室の様子とは雰囲気が違う。やたら暗く、蛍光灯が煌々と光っている。

 多分、私達がいつも居ない、夜の時間帯なのだろう。


 誰か知らない人のガサゴソと動く様子がその動画には映っていた。それは私でも、ノドカでも、幹哉くんでもない、大人の男性の姿だった。私はすぐに気づいた。


 ――あっ! さっきの「おっさん」だ!


 大人の男性は年頃にして四十代から五十代といったところだろうか。鍵束のようなものを片手に、部屋の中を徘徊していた。そして、その男は何かを探すように、もしくは、状況を確認するように、私がいつも使っているデスクトップPCや座っている椅子や机の下なども覗き込んでいる。


 ――ストーカー!? 泥棒!?


 まさか、ノドカはこの監視システムで、早くも、泥棒かストーカー(ノドカ本人を除く)を発見したとでも言うのだろうか!?


「なに……これ? ストーカー?」


 私は、さっきの『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』で検出された「おっさん」が、こうもリアルに私達の生活空間に侵入している様に、寒気さえ覚えた。

 未知に震える私の横で、ノドカはニヤリと笑い、自信に満ちた口調で言い放つ。


「用務員の『田中さん』よ」


 聞いたこともない名前に、私は耳を疑った。そして、反射的に聞き返す。


「えっ?」


 改めてノドカは私の目を見て言う。


「田中さんよ」

「田中さん?」


 ノドカは断言した。私の瞳を見つめて、落ち着けと言わんばかりに。

 二度、その聞き馴れぬ人物の名前を口にした。


「まぁ、未央はまだ、この学校に入って間もないペーペーの新入生だから知らないのかもしれないけど……」


 ――いや、ノドカだって新入生でしょっ!? 同級生、同級生っ!


 私が、心の中で同輩に突っ込みを入れる間に、ノドカはWEBブラウザを立ち上げて何かのURLを打ち込んだ。そしてエンターキーを弾く。


「これを見て……」


 そうやって開かれたブラウザ上には人の顔写真と、名前、そして住所や電話番号が含まれた一覧表が示されていた。


「何? これ?」

「私立聖メティス学園高等学校の教職員名簿よ」

「え? こんな名簿、学校のホームページで公開されてたっけ?」


 受験する時に、いろいろと学校のことが知りたくて、高校のホームページを隅々まで読んでみたことがあるが、こんなページを見たことはなかった。


「何言ってるの、未央? こんな個人情報、外部に垂れ流しているわけ無いじゃん?」

 そんなわけないじゃない、と可笑しそうにノドカは笑う。


「……う〜ん。……じゃあ、どうして、ノドカが持ってるの?」

「ん? そりゃ、未央、もちろん私が入手したからダヨ〜」

「……どうやって?」

「さあ。まぁ、このワークステーションのログに残ったローカルデータを回収して、ブラウザで閲覧できるようにまとめたって感じカナ~?」

 天才女子高生は当然のように言った。


「え? でも、なんでそんな情報がIT部のワークステーションにあるの?」

「さて、どうしてでしょうね〜」


 すっとぼけた顔。なんだか、ノドカがイケナイことをやっている気がするっ!


 IT部の中で、無茶苦茶やるのはいいけれど、学校のルールや法律は犯しちゃだめだ。もし、不正な経路でノドカがこの情報を得ているなら、親友で部長の私が注意しなくちゃいけない!

 ノドカに道を踏み外させないのは私の使命だからっ!


「ノドカッ!」


 急に声を荒げた私に、ノドカは拗ねたような顔をして私の目を上目遣いに見つめてきた。


「わかったよぅ〜」



 そして、渋々、ノドカは説明した始めた。

 彼女がアクセスした『学内教職員ネットワーク』の事を――。




  

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