第三話 いきなりディープラーニングっ!

「一つ問題を解決したわ」


 真行寺しんぎょうじノドカは神妙な面持ちで呟く。その目の下のクマは彼女の寝不足を如実に物語っていた。


 私こと、西野にしの未央みおは私立聖メティス学園高等学校に通う高校一年生。目の前の真行寺ノドカも同じ学校に通う女子高生。そんな私達が放課後にやってくるのは、相変わらずIT部あいてぃーぶの部室。


 IT部には去年は三年生が数名所属していたそうだが、全員卒業してしまったらしい。現在、部員は一年生三人しか居らず、私達一年生が部活で最高学年であるという奇妙な部活になっていた。

 そして、今、私の目の前で、巨大なクマを瞳の下にぶら下げながら、部室奥の大きな机に陣取っているのが、IT部の最強天才女子高生、真行寺ノドカなのである。


 ウェーブのかかった栗毛の髪を揺らした可愛い女の子。豊かな家庭に育った少女ならではの、気品のようなものを感じさせる少女である。


「それで、……なんの問題を解決したの? ノドカ?」


 私は自分の制鞄を部室中央の机の上に置いて声をかける。部室中央の机の上には、私がいつも使っているパソコンの液晶モニターが立っている。タワー型の本体は机の下だ。


「うふふ……。未央、聞きたい?」

 綺麗な整った顔立ちの上、瞼の下に巨大なクマを従えて、ノドカは満面の笑みを浮かべた。


 それは何かを成し遂げた研究者か、何かを作り上げた創作者ならではの「喋りたくて仕方ない!」という笑みである。


「ん〜、まぁ、ちょっと聞きたいかな~?」


 きっと、幹哉くんへのストーカー行為に関することに違いない。幹哉くんとこの部を守るために日夜戦う事を決めた私としては、聞かない訳にはいかないのだ!


「大丈夫? 目の下のクマ、メッチャすごいよ?」

「あー? やっぱりぃ〜? 私、今日、鏡を見てないから、よく分かってなかったけど、そんなに凄い? あ〜、やだな〜、私の美しいお顔が〜」

 そういうと、真行寺ノドカは眠気を覚ますように、首を左右にブンブンと振った。なびいた髪が窓から差し込む初夏の日差しに溶けた。


 ノドカはとっても美しい少女だ。掛け値なく綺麗な顔立をしているし、育ちがよいのか気品のある雰囲気だってある。私なんかじゃ、とても太刀打ちできない可愛らしさだ。


「でもホント、目の下にクマがあってもノドカは可愛いから、羨ましいよ」

「ん〜? ワシは、そんな未央のことを好いちょるぞ、好いちょるぞ」

 両手で何かを揉むように指を閉じたり開いたりしながら、ニヤニヤとノドカは笑った。何キャラなのか分からない。この天才少女のノリや発言には親友の私でも、ついていけないことがままある。まぁ、あまり気にしないようにしよう。うん。


「未央……、私の使命って覚えている?」

 そう言うと、ノドカは机の上で両手の指を絡めて組んだ。そして、その後ろに口辺りまで顔を沈めた。お得意の某SFロボットアニメの司令官ポーズである。


「うん」


 私はノドカとした三日ほど前の会話を思い出した。


 ――木之瀬きのせ幹哉みきやくんの情報を整理し、世界中の何処からでも真行寺ノドカわたしがアクセスできて使えるようにする。


 それが、ノドカが言い出した自らの使命だった。

 ストーカー感丸出しである。普通に聞いたらドン引きだ。


「そのためにも、私はまず、幹哉くんのことを記録し、そのデータを整理しないといけないの」

 彼女は立ち上がって、私に背を向けて窓の外を見た。


 日差しが生み出すコントラストの中で、彼女の背中が影に染まる。降ろされたブラインドの隙間に指を差し込み、目を細めて外界を見た。

 机の上で組んだ手をほどいても、ノドカの司令官モードは続いているようだ。


「そう……言っていたわね、ノドカは……」

 でも、本当に彼女が幹哉くんの行動を記録し、そのデータを整理しないといけないかって聞かれたら、私はきっと首を左右に振るだろう。

 正直、全く、そんな必要は無いし、むしろ幹哉くんのプライバシーを守るためには、記録しないでおいてあげて欲しい。うん。いや、ホントに!


 とは言えども、ノドカの信念に従えば実施すべき事項なのだろう。

 幹哉くんに想いを寄せる自分としては、応援するのは難しいけれど、親友として彼女の想いや、やりたいことを尊重してあげたい気持ちはある。


 ノドカはやおら天井の黒い機械を指差す。透明な半球面を備えつけたその物体の表面は魚眼レンズのように私達の姿を変形させて映しながら黒光りしていた。


「そこで私、手始めにこの部屋に監視カメラを付けたのだけれど、……そこで一つ問題が発生したの」

「……何?」

 物憂げなノドカの次の言葉を促す。


「この監視カメラで撮影したビデオには幹哉くんだけじゃなくて、その他もろもろも一杯映ってたのよっ! もちろん幹哉くんも映ってたわよっ! でも、そんなのほんの一部! ほんの一部だけだったのよ! あとの動画なんて、全く興味のないシーンばっかりだったのっ!」

 振り返ったノドカは、両手をほっぺたの前で握りしめて、両目をウルウルとさせて訴えた。うん、可愛い。


「あ〜、そっか〜。ずっと撮影してたらそうなるわね」

「そうよ、私のサーバのハードディスクにね。大体、一日あたり80GBギガバイト程度のデータが記録されるんだけどね。そのほとんどが無人でただ部室が薄暗く映っているだけの映像なのよ……」


 ――80GB!!!??


 思っていたよりも激しいハードディスクの消費速度に私は驚く。

 私の家のノートパソコンじゃ、とてもじゃないけれど耐えられないレベルだ。

 ひとしきり不満を吐き出したあとに、フッと、天才少女は自嘲気味に微笑んだ。


 ――いや、ほんとに盗撮も思ったより大変そうである。


 まぁ、ただ、ノドカが設置したIT部のファイルサーバは確か10TBテラバイトくらいの容量があったはずなので、しばらくは大丈夫なんだとは思うのだけど……。


 ――確かにそうだなぁ。だって、幹哉くんが部室に居る時間なんて、一日あたり一時間くらいだもんなぁ〜。


 幹哉くんはIT部員だけど、私やノドカほどは部室に入り浸っている訳ではない。大体、毎日は来るのだが、飼育委員会の仕事に行ったりとか、塾に行ったりとかで、結構すぐに「未央ちゃん、じゃあね~」と笑顔で帰っていくのだ。


「つまり、ノドカは、幹哉くんが居る時の映像だけを記録したいのね?」


「さすが、未央! 私の親友! 飲み込みが早い!」

 ノドカは左手の中指を親指の付け根に打ち当てて、パチンと音を鳴らした。そしてそのまま人差し指を立てて天井を指差す。褒められて、ちょっと嬉しい。


「……でも、そんな都合のいい記録なんてどうやったら出来るの?」

 首を傾げる私に、天才女子高生ノドカはニヤリと口許に笑みを浮かべた。


「そこで、ディープラーニングの出番よ……!」

「ディ……ディープラーニングッ?」


 ノドカの口から発された高校一年生の女子高生らしからぬキーワードに、私は後頭部をゴブリンの棍棒で殴られた時くらいの衝撃を受けた。


「ディープラーニングって、人工知能作るために使うやつじゃないの? このまえテレビの情報番組でも特集されてたわよっ! 最先端技術なんじゃ?」

「フフフ……、駄目よ、未央。そんな素人トーシロみたいな事を言ってちゃ……」

 声を大にしてい言いたい。私、素人トーシロですっ!

 恋に恋する、普通の女子高生ですっ!


「あの、有名なVRMMOなライトノベル発アニメの劇場版でも、『ディープラーニングを使って……』て主人公のイケメンが言ってたりしたやつでしょ?」

「フフフ……、そうよ、最近、世間を騒がせているディープラーニングよっ!」


 全てを支配する女帝のようにノドカは尊大な素振りで右腕、そして右手を広げた。

 机の上では、巨大な液晶スクリーンを従えたワークステーションが、その冷却ファンをヴォンヴォンと鳴り響かせる。

 そのワークステーションにはGPUじーぴーゆーが四枚刺さっているとノドカは言っていたが、よくわからない。なんだか凄い高いパソコンらしい。

 

 そこまで盛り上がると、一旦、息をついてノドカは「よっこらしょ」と自分の椅子に座った。彼女は机に置いてあったコーヒー牛乳を両手で持ち上げて、ストローでちゅうちゅう吸い始めた。私もずっと立っていて疲れたので、部室中央のテーブル椅子に腰掛ける。

 制鞄から家から持ってきた水筒を取り出して、中に入った温かいほうじ茶をコップに注いで、口にした。はぁ〜、おいしいぃ。落ち着く。

 

「んでね」

 話を続けるノドカ。


「ディープラーニングって実は結構簡単なのよ。特に画像認識に関しては、もう、標準的なやり口が決まっていて、その気になれば、高校生でも出来ると思うわ」

 カジュアルに話すノドカの言葉に、私は彼女の経歴を思い出す。


 彼女は中学生時代、ロンドンに住んでいた時に、その若さで人工知能ベンチャー企業でインターン生として働いていたのだ。


「私は全然知らないから分からないんだけど、ディープラーニングでどうやって、幹哉くんが映っているときだけの動画を記録するの?」

「簡単よ。ディープラーニングで『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』を作るのよ!」

 ニヤリとノドカは笑う。


 ――『幹哉くん認識器ミキヤクン・レコグナイザー』っ!?




  

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