最先端技術ストーカーな女子高生(親友)から美男子(幼馴染)を守れるサイバーセキュリティってそれ私じゃん!

成井露丸

最先端技術ストーカーな女子高生が誕生します。

第一話 IT部には三角関係が成立しましたっ!

「私、幹哉みきやくんのことが好きになったわ」


 窓際のワークステーションの前でモニターに向かいながら宣言する親友の顔を、呆然と見つめた。

 初夏の日差しが窓から差し込み、ワークステーションの放熱で暑いIT部室を、さらに温室のように温めている。

 それはあまりに突然の宣言だった。


「え? ちょっと、ノドカ? えっ?」

 突然の親友の宣言。私は、読んでいたコミックスに親指を挟んで閉じる。

 親友が突然何を言い出したのか、サッパリわからない。正直なトコロ。


「私、幹哉くんへの恋に落ちたの」

「でも……ノドカ、そんな素振り、まったく無かったじゃない?」


 自分の机に置かれたワークステーションの前で、突然の恋に落ちたよフォーリンラブ宣言をしているのは、私の親友――真行寺しんぎょうじノドカ。天才女子高生と名高い変人だ。学園一の美少女にして、変人。


 ちなみに、変人というのは悪い意味ではない。ノドカに「普通だね」と言うと、キレる。彼女にとっては「普通じゃない」と言われるのが褒め言葉のようなので、遠慮なく変人と呼ぶのが、一番良いのだ。奇人でも良い。


「そうなのよねー」

 不思議そうにノドカが首を傾げた。まるで他人事のように。


「私も、いつ恋に落ちたのか分からないんだけど、いつの間にか友達モードから恋愛モードに状態遷移ステート・トランジッションしてたみたいなのよね〜」


 真行寺しんぎょうじノドカはホントに変な娘だ。変な娘だけど親友だ。

 彼女は中学三年生の夏の終わりに私――西野未央が通っていた中学に転校してきた。そして、今年の春からは同じ高校に通っている。

 戻ってきて、もうすぐ一年になる、いわゆる帰国子女さんだ。


 幹哉くん――木之瀬きのせ幹哉みきやくんは私の幼馴染。

 私と幹哉くんは、家が同じ町内で、幼稚園の時からずっと一緒。同じ小学校、同じ中学校、そして同じ高校。

 クラスは一緒だったり、違ったり、色々だ。

 そして、私――西野にしの未央みお、真行寺ノドカ、そして、木之瀬幹哉の三人が、私立聖メティス学園高等学校IT部の部員なのである。

 一年生三人だけのIT部。


 その幹哉くんに、たった今、真行寺ノドカが『恋に落ちたよフォーリンラブ宣言』をしたのである!

 正直なところ、ノドカが幹哉くんのことを好きになる予兆なんて全く無かった。


「……状態遷移ステート・トランジッションって」

 私は溜息をついた。

 天才少女ノドカの言葉は時々難しい。

 帰国子女として日本に戻ってくる前は、ロンドンに居たらしいのだが、中学生にしてイギリスの有名人工知能ベンチャーでインターン生として働いていたというのが、もっぱらの噂だ。


『……まぁ、ただの噂だとおもうけど』

 ――と、思っていた平和な時代が私にもあった!


 その噂はすぐに本当だと判明して、噂話は確かな事実へと格上げされたのだ。

 どうして、事実だって分かったかって? だって、ググったら出てきたんだもん!


 Nodokaノドカ Shingyojiシンギョウジ でググったら、その有名人工知能ベンチャー企業のWEBサイトに名前が出ていた。

 そこには「中学生にして驚きのコーディング能力と数学能力、最年少インターン生にして、確率的論理プログラミングにおいて大変深い洞察に基づいた仕事をした」というような記述が書かれていたのだ。


 私の英語力で分かったのはここまで……って、すみません、嘘をつきました。

 私の英語力は足りなかったので、WEB翻訳ツールで訳してもらいました。ノドカと違って、私は普通の高校一年生なので。てへっ。


「未央……、一つ聞いておきたいんだけどいいかしら?」

 デスクの上に両肘をつき、ノドカは某SFロボットアニメの司令官のように組んだ両手で口許を覆う。


「……何?」

 私は威圧感あるノドカの双眸に、一つ生唾を飲み込んだ。


「あなた、……幼馴染のことを、……つまり、木之瀬幹哉くんのことを、ずっと想い、慕っていたりしないわよね?」


 全てを見抜いてしまいそうな澄んだ瞳。

 目を細くして、ノドカは私の方を静かに見つめた。

 私の背中がジットリと汗ばむ。幹哉くんへの気持ちはずっと胸の中にあるけれど、それは、まだ、誰にも話していない私だけの秘密だ。


 そんな中、不意に、鋭角に差し込まれた質問。


 屋外ではジージージーとセミが鳴いていた。

 

「なななななななななななーーーーーっに言ってんのよっ! わ、わ、私が、み……幹哉くんのこと、すすす、好きな訳ないじゃないっ!」


 盛大にドモった。

 そして、それは「嘘」だった。

 十年間の時間をかけて育んできた想いに蓋をしてしまう嘘だった。


 このシチュエーション、このどもり方、もう、どう考えても。普通の人間なら、気づくだろう、私の気持ちに。


 ――そう、ならば。


 私は観念して目を閉じた。そして、静寂の中で少しづつ瞼を開く。徐々に回復する視界の中に、天才少女の姿が浮かび上がる。


 そこにあったのは、心の底から安心しきった表情を浮かべた恋する高校一年生だった。夏の光線を背に、ウェーブのかかった栗毛の髪を揺らした少女は、心のつかえが取れたとでも言わんばかりに、穏やかな笑みをその表情に浮かべていた。


「……良かったぁ。私、親友と男の子を取り合うなんて、そういう事だけは、出来るだけしたくなかったのよね……。」

 ノドカは吐息を吐き出すように言った。


 そして、浮かぶ涙を拭き取るように、右手人差し指の背でまなじりに触れた。


 ――アアアーッ! この娘、んだったぁぁーーっ! 

 

 ノドカの感受性を「普通の人間」の基準で推し量ってはいけない。

 天才とは、ある面では極めて鋭いが、その代償であるかの如くに、ある面では極めて鈍感な生き物なのである。

 私の眼の前にいるのは恋の機微に鈍感な、人の気持ちに鈍感な、天才美少女女子高生なのであった。


 ――私のバカ、バカ、バカッ、バカぁぁぁ〜!


 私は自分の頭を、想像の世界の中で目の前にそびえ立つ巨大な壁に何度も何度も打ち付けた。


「うんっ! これで未央のいつわらざるも聞かせてもらえたしっ、私自身も、心置きなく幹哉くんにアタックできるってものだわっ!」


 一つ魅惑的なウィンクをすると、ロンドン帰りの美少女は屈託ない表情で笑った。

 

「う……うん。頑張ってね」


 なんとなく、今更、本当のことなんて言えなかった。


 これが、私達の三人の所属する三人っきりのIT部に、とっても綺麗な三角関係トライアンギュラーが成立してしまった瞬間だった。


 ――幹哉くん……。


 頭のなかに、大切な幼馴染の顔が浮かぶ。


 ――ああ、ずっと好きだったのに。


 栗毛美少女の親友は、持って生まれた才能だけじゃなくて、私の好きだった幼馴染さえも手に入れていくのだろうか? 私の心を不安が襲う。


 私は、その妄想を頭の中に広げた。奇人変人の天才女子高生のノドカと、天然の幼馴染美男子の幹哉くんの二人が愛を育んでいくイメージだ。

 そして、プロモーションビデオの如くに、二人の未来の愛の軌跡を映像的に思い描くこと約十秒。


 ――いやまてよ。いやまてよ。いやまてよ。


 大事なことなので、三回言った。


 脳内プロモーションビデオの脚本は、そして、演出は、制作頓挫を余儀なくされたのだ。脳内のビデオ制作業務はストップした。


 ――この二人の取り合わせは、無さそうだ。うん、無さそうだ。ていうか、無理だ。ないわ〜。


 変人の栗毛美少女と、天然のイケメン幼馴染の、まともな会話、まともなラブシーンを想像することは、全くもって不可能だった。


 三人でIT部なわけだが、基本的に、ノドカと幹哉くんが二人で話していることはほとんど無かった。私とノドカが話すことは一杯あるし、私と幹哉くんが話すことも一杯あるのだけど。

 二人の波長はズレすぎているように思うのだ。


 だからこそ、「正直なところ予兆は全く無かった」のだ。


 いくら、ノドカが幹哉くんにアプローチを始めたとしても、すぐにどうこうなるということは無いにちがいないと予想する。


 幹哉くんにも、これまで浮いた噂は無かった。

 美男子だし、優しいから、幹哉くんのことを好きになる女子はいつも一定数いて、中学生時代の末辺りから、周りの女子がそういう意味でのアプローチは定期的にあった。

 でも、全くそれに気付かない天然王子様は、そんな女子の色目を受けても、ニコニコ笑うばかり。幹哉くんは幹哉くんで、年頃の男子としては、ネジがどこか外れているのだろう。


 ――きっと、安全だ。少なくとも、しばらくは、きっと、安全だ。


 ノドカが好きだって宣言したからって、今、私がちょっとだけ自分の想いを隠したからって、きっと大丈夫。この三角関係は、そんな簡単に形を変えたりしない。


 私の予想は確信に近かった。


 「頑張ってね」の一言を、栗毛の美少女は額面通り受け取って、 「うん、頑張るっ!」と屈託のない表情で頷いた。私の胸が少しだけ傷んだ。

 そして、ノドカはワークステーションの大型液晶モニターに目を向ける。


「あぁ……、やっぱり、幹哉くん、イケメンじゃない……。私、なんで今まで気づかなかったんだろう〜?」

 トロンと目で、画面を見ながらノドカが呟いた。

 

 ――ん? 液晶画面に幹哉くんが映っている?


 私は、読んでいたコミックスを机の上に置き、立ち上がって、ノドカの見ている画面を見ようと、彼女の後ろに回り込んだ。


 覗き込んだディスプレイには、どこかの部屋が撮影された動画が再生されていた。そして、そこに、姿のを発見したのだ。


「ノドカ? ……何? これ?」

「ん?」


 問いかける私に、ノドカは無邪気な笑顔を持ち上げた。


「ん? 幹哉くんダヨ〜!」


 ――なんですとおおぉぉぉぉぉ!?

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