イリヤの空、UFOの夏

作者 秋山瑞人/電撃文庫

遠い遠い遠い遠い日々を僕ら

  • ★★★ Excellent!!!

 今時、セカイ系なんて言葉は死語なのだろうか。スマートフォンがあれば片手でいつでも気軽にセカイとつながることができる現代において、『君』と『僕』の関係のみで紡がれるセカイは、価値がないのだろうか。

 ツイッターなどで見られる一ページものの漫画などは、『君』と『僕』の距離で語られ、登場人物らしいものが二人しか出てこない類の内容が三桁、四桁リツイートやいいねを押されている。つまり、その他を排した関係で築かれる二人だけの物語は手軽で読みやすく、未だ支持は熱いはずなのだ。

 にも関わらず、セカイ系という物語の文脈は、当時よりもなりを潜めているように感じる。多種化多様化された現代のメディアの存在によってセカイ系は分散され、十対一比率のカルピスのごとく、なんとも薄味になってしまったと考えるのはセカイ系に愛を持ちすぎた視点だろうか。

 ひょっとすると、自意識のこじらせも、世界の命運が握られた物語も、テンプレにされ属性に区分されハッシュタグなんてつけられて呟かれ、『セカイ系』なんて屋号をつけるのが恥ずかしいくらい『軽く』なったのかもしれない。手軽さ、気軽さは、より多くの娯楽を若い世代に分け与えるが、もしもそうだとするならば、私が『イリヤの空、UFOの夏』に感じた、あの「切ない」とも「爽やか」とも「どうしようもない」とも形容しがたい物語は、濃度が高く、重いと一蹴されるのかもしれない。

 
 レビューとは、その作品や作者の良さについて語り、読者に作品を見てもらうために書くものだ。なら、私は薄さや軽さをねじ伏せるために、この濃くて、凶器にもなりかねない重い気持ちをもって、レビューしなければならない。

 なぜならこの『イリヤの空、UFOの夏』は私の生涯一大好きなライトノベルだからだ。なんなら私の人生を変えてしまったほどの、である。私の人生はイリヤ前、イリヤ後に分けられる。私は、今、イリヤ後の人生を歩んでいる。


 このボーイミーツガールを。この夏の匂いが沸き立つ物語を。ここまで砕き、飲みやすく描けることに、私は尊敬しかない。
 深夜アニメの導入や世界設定から、二人だけの『セカイ』のために選んだ行動の辛さや苦しみは、未だに読み返すと治らない傷口のようにじわじわと痛む。
 
 薄さや軽さというものは、ねじ伏せるとはいったものの青春において必要不可欠なものである。大人から見れば狭い了見でしかないそれらも、青春という瞬間最大風速を出すために、軽量化されているのだろうから。ボーイミーツガールは、いつだって最大風速を出し続けることで、街や学校を走り抜けることが出来るのだ。

 しかし、走り抜ける事には体力がいる。いくら青春というドーピングをほどこしたところで、人にはいずれ限界が訪れる。それは『自らが所属する社会』であったり、『社会のつながりとしての対人関係』だったりで、足に擦り傷を作ったり、急な高熱のような形で、走ることを阻もうとする。
 君の手を握る僕の息は、そんな一つひとつのしがらみに苛まれあがり、ついには走るのを諦めてしまう。

 きっとそれが『大人になる』ということ。誰にだって私にだって経験のあることだ。


 けれどセカイ系は、特にこの『イリヤの空、UFOの夏』は、大人になることが、そのまま手を繋いでいた君を永遠に手放すことに繋がってしまう。

 あの愛おしい日常が、かけがえのない時間が、消えてなくなってしまう。だから、僕は走り続ける。いつまでも、薄くて軽い振りをしながら、自分に限界がないかのように、走り続ける。

 傷口からは血が噴き出し、満身創痍でふらつきながらも、それでも君のために進む。例え、それがセカイそのものを無くしてしまうような行為であっても。
 
 この物語を読み進めることは、そんなボーイミーツガールを、無敵感をまとって敵を蹴散らす序盤から、今にも離してしまいそうな手を血が出るまで握り続ける終盤まで、寄り添いながら並走する覚悟が必要である。

 私は初めて読んだとき、何度も本を置いては、読み進めた。

 ここまで書いていて気付いたが、なるほど、これはジャンルとして衰退するのかもしれない。この濃さや重さは、追体験するには、片手間では続けられない。アニメのような軽い導入からであればより。死語になるにも、それなりの理由があってのことなのかもしれない。


 だが、私はライトノベルにおいて、あの読後感を超えた作品は未だに無い。夏の憧憬と、サイダーを飲み干したような爽やかさ。けれどそれらは甘すぎず、苦みを伴う。

「今時、セカイをまたにかけて的な感じはダサい。」
 そういう意見もあるかもしれない。けれど、未だに見ていないのであれば、今、時間があるのならば今すぐに見てほしい。

「昔、セカイ系を、よく読んでたなあ」
 そんな方にも読んでもらいたい。
 ここには、君と僕とセカイの間に、あの頃と変わらない瞬間最大風速が吹き荒れている。夏の蝉しぐれや、それから大袈裟な足音と一緒に。

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