イリヤの空、UFOの夏

作者 秋山瑞人/電撃文庫

上質な映画を見せてくれたような、そんな読書体験

  • ★★★ Excellent!!!


 凄いんですよね、何が凄いかっていうと、この小説は読んでると夏になるんですよ。
 あっちーなーと思いながら見る気もないテレビつけて、Tシャツでパンツ一丁であぐらかいて、セミは今よりたくさんいてミンミン鳴いてるし、カレンダー見たらもうちょっとでお婆ちゃん家に行くなとか、そわそわするんだけど別に廊下に誰もいないのになんか気になるなあとか、あの当時、今よりずっとのんびりしてた頃の夏があるんですよね。

 この独特な雰囲気というか、決して言葉では表現できないはずの気配みたいなものを、文章の連続した繋がりの中で構成してしまう。
 何か一つでもパーツを抜いたらジャラジャラと崩れ落ちて、他人が触ったらただのガラクタになってしまう。
 そんな繊細で高精度な文章構成力のあった人で、イリヤの空以外にも『猫の地球儀』とか『E.G.コンバット』とか、他の誰にも真似できない作品をたくさん書いてくれた人でした。

 当時、イリヤの空の1巻が発売された頃、私は中学1年生で読み終わってすぐ2巻を買いに書店へ走りました。本当に走ったというか、背伸びしながらどこやねんどこやねんと棚をうろつき回っていたのを思い出します。
 だから、結構、古い小説なんですよね。
 なので、今の中学生の人とかが読んで、親近感を覚えるかな? という懸念をまず思いました。スマホとかもないし。

 今の夏っていうと、冷房ガンガンで自分で注いだコーラ飲みながらノイズキャンセリングのヘッドホンでYouTube見たりモンハンやったり。
 あの頃の夏とはずいぶん様変わりしました。
 昔は好きなものを心の中に秘めっぱなしで、誰かとネットで共有したりなんて簡単にはできない時代でした。パソコン持ってなかったし。
 もちろんたくさんの人に読んでほしい物語ではあるんですけど、押しつけられて読むような本じゃないかなとも思います。
 今の小説みたいに「ここはココが売りで! ここでバァーンと度肝を抜きますよ!」みたいな濃いめの売られ方はできない作品だし、それが許された時代の作品だと思います。

 この小説はもしかしたら『約束』を裏切ってくる話かもしれません。
 タイトルとあらすじで全部説明してくれるような親切さはないです。説明してくれないところあるし。想像に任せるよってところも多いし。もちろん、凄く脳裏に鮮烈に光景が浮かんでくる文章ではあるんですけど。

 ただ私は、秋山瑞人の小説を読んでから、彼の文章でなければ満足できないような、そんな呪縛に囚われたことがあります。
 今は自分の中で折り合いをつけちゃって、他の小説を読んだりもするんですけど、これほどのクオリティで文章を書ける人というのは、いろいろ読んできましたけどやっぱり数少ないですね。

 昔、夢枕獏先生と秋山先生が対談したときに「そんなに全力で突っ込んだら、生き残れないよ」って言われて、秋山先生は「でも、ほかにやり方を知らない」みたいなこと言ってたんですけど、そういう人なんですよね。
 やるなら全部だし、そうじゃないなら全て無駄。そんな切り捨て方をしてたら、そりゃ凄い文章になるし、逃げ場もなくなる。

 この『イリヤの空、UFOの夏』はココが凄いよとか、あのキャラが可愛いよとか、そういう勧め方がし辛い作品です。
 でも、そんな誰もが依存して武器にしようとする要素を、平気な顔で「いらない」と言える人でした。
 6月24日は、今でも俺のUFOの日です。おかえりなさい、秋山先生。


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