正しい原チャリの盗み方・後編 5/15

「──そ、それじゃ、そのはら基地に連れてってもらうためだけに、ほ兄ちゃんに無理矢理デートさせたわけ!?」


「それもある」


 夕焼けを映したゆるい流れのど真ん中に、すいぜんのスーパーカブが逆さまになって突き刺さっている。


 水前寺とゆうは、コンクリートで固められた川岸の斜面にぼんやりと座っている。ふたりとも泥臭い水で全身ずぶれだった。


「それも──って、ほかにまだ何かあるの?」


「──いや、これはおれの考えすぎかもしれんのだが、」


 そう言って大の字に寝転がり、


「どうも気になるんだ。伊里野特派員には少し奇妙なところがある」


「どんな?」


 水前寺は、一度大きく息を吸い込んで考えをまとめた。


「バスと電話だ」


「なにそれ」


「伊里野特派員は、毎朝バスで学校に来る」


「──それが?」


たる車庫発、園原基地経由、園原駅ゆきのバス。八時十三分に『園原中学校正門前』のバス停で降りる。帰りは同じ路線の折り返しに乗る」


「だからなに」


「夏休みの少し前まで、そんなバスは走っていなかった」


 水前寺が何を言おうとしているのか、夕子にはまだよくわからない。


「園交バスは真っ赤っかの赤字経営だ。ど田舎いなかの数少ない公共の交通機関だしジジババの足だからって名目で、例によって市がムダ金を捨てるごみ箱として使ってる。にしても、どうしてまた新しい路線を引かなきゃならんのかよくわからん。それに、路線を走ってみりゃすぐわかるんだが、どう見たって採算の取れるようなコースじゃないんだ。ほとんどが山道や農道ばっかりで、こんなところから客が乗るわけないって場所に真新しいバス停がばかすか立ってる。実際見ると異様だぞ、周りに家なんか一軒もない峠の道に待合室つきのぴっかぴかのバス停があるのって」


 それは確かにちょっと気味が悪いだろうとゆうは思う。でも、バスの路線とと一体何の関係が、


「それと電話。あさくん、君は確か、伊里野特派員が今日、駅前の待ち合わせ場所から映画館へ行く途中で電話をかけていたと言ったな」


「え? あ、うん」


「伊里野特派員は電話好きだ。毎日二回、必ず電話をかける。午前中に一回と午後に一回、学校の正面入り口の公衆電話から。あそこには電話が三台あるが、伊里野特派員のお気に入りは右端の電話で、いつも必ずそこを使う」


 夕子は初めて違和感を覚えた。


「──でも、あの電話、」


「そう。右端のはずっと前から故障続きだ。しかし、伊里野特派員が使うときにはなぜか調子がいいらしい。さて、伊里野特派員は一体どこに電話をかけているのか? まったくしやべらないしすぐに受話器を置いちまうし、どうも情報サービスのようなものを聞いているのではないかと思うんだが──」


「天気予報みたいな?」


 すいぜんがうなずく。


「番号はわかんないの?」


「だぶん#0624だと思うんだが、まだ確信はない。あまり近くからのぞき見して気づかれてもまずいし」


「かけてみた、その番号?」


「もちろん。録音された女の声に、番号を確かめてもう一度かけ直せと言われた」


 夕子はほんの少しだけ、こわいと思った。


 思考が妄想の中に墜落した。たとえばセミの鳴く昼下がり、だれもいない廊下を夕子は歩いている。廊下の行き着く果てには校舎の正面入り口があって、伊里野加奈がこちらに背を向けて受話器を耳に当てている。その足元にはバレーボールが転がっており、伊里野加奈は人間には不可能に思える角度で首を右に傾けており、受話器から漏れる女の声は夕子の耳にもかすかに聞こえてくる。お客さまのおかけになった電話番号は現在使われておりません、番号をお確かめになってもう一度おかけ直しください。今すぐ逃げようと夕子は思う。しかし身体からだが動かない。やがて、伊里野加奈の受話器から漏れ聞こえていた女の声がこんなことを言う──背後をお確かめになってもう一度おかけ直しください、お客さまの背後にだれかがいます。突然、伊里野加奈がけもののように振り返る。顔面から首にかけて、何十枚ものばんそうこうがびっしりとり付けられている。目も鼻もないその顔に唯一残された口だけが耳まで裂けて夕子を


「この電話の話はバスの話ともからむ。さっき言った新しい路線の新しいバス停には、不思議なことに必ず電話があるんだな」


 すいぜんの声に救われた。


 ゆうは、泥臭い水で全身ずぶれの現実へと引き戻された。コンクリートで固められた川岸の斜面に座っている、となりには水前寺が大の字に寝転がっている。


「場所によって電話ボックスだったり待合室におかれた公衆電話だったりと色々だが、共通点がひとつある。どこのバス停の電話も決まって調子が悪いんだ。まったく通じなかったり、通じてもコインやテレカが戻ってこなかったり」


 もう夕方のこの時間に、商売熱心な物干し竿ざおの行商が川向かいの道をゆっくりと流していく。どれでも二本で千円、古くなった物干し竿の下取りもいたします。


「まだある。やはり電話にまつわる話だが、伊里野特派員はしょっちゅう校内放送で職員室に呼び出される。君も聞いたことがあるだろう?」


 夕子はおくを探ってみるが、普段から自分に関係のない放送など気にもしないので、あまりはっきりとおぼえてはいなかった。


「伊里野特派員は毎回、だれそれから電話が入っているから至急職員室まで来い、という呼び出され方をする。今のところ、この『誰それ』の部分には三人の名前ががっている。田中と鈴木と佐藤だ。そういう名前なんだから仕方ないだろうと言われればそれまでだが、何かの暗号のように聞こえなくもない。で、伊里野特派員は、この三者からの電話を受けるとかなり高い確率でそのまま早退する。一体どこへ行くんだろうな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます