正しい原チャリの盗み方・後編

正しい原チャリの盗み方・後編 1/15

 あっちは慎ましやかなものだった。それにひきかえこっちはすごい。激辛エビコロッケバーガーと青リンゴのアップルパイとマンゴーバナナシェイクとフライドポテトのダブル、それに『この夏だけのスパイシーチキン』が12ピース。


 絶対に食べきれない。


 しかしゆうは容赦しなかった。どうせ金を出すのはすいぜんである。が、水前寺は文句のひとつも言わずに財布を出し、カウンターに並んでいるだれもが振り返るくらいの声で、


「食欲旺盛だなあさくん! 兄貴につめあかでもせんじて飲ませてやったらどうかねっ!」


 レジのお姉さんにまで笑われた。思いきりにらみつけてやったけれど、水前寺は痛くもかゆくもないという顔で、象にでも食わせるのかと思うくらいの無茶苦茶なオーダーを追加した。わしづかみにしたナプキンとみっともないほど山盛りのトレイを手に、水前寺のどでかいバスケットシューズのかかと飛ばすようにして狭い階段を上る。一階は窓際のカウンター席だけ、階段を上がれば二階は禁煙席で三階が喫煙席。


 兄とが三階の喫煙席のすみっこにいることは、すでに確かめてあった。


 涙ぐましい配慮だと夕子は思う。半端な時間だから客の入りだって多くはない。わざわざ三階まで上がらなくたって空いている席なんかそのへんにいくらでもある。が、だからこそ兄は三階の喫煙席を選んだはずだ。三階まで行けば一番空いているはずだから、くそやかましい子供連れがとなりに座ったり同級生に出くわしたりする可能性を少しでも低くしたいから。


 先を行く水前寺が狭い階段の途中で立ち止まり、二階から降りてきた二人連れの客に道を開けた。夕子もかべにぴったりと背中をくっつけ、水前寺の身体からだの陰に山盛りのトレイを隠すようにして二人を通す。水前寺のバッグから垂れ下がっているヘッドホンの片っぽがちょうど目の前にある。耳に突っ込んでみる。三階の喫煙席のすみっこから放たれているとうちようの電波は、この場所からでもせんめいに受信できた。


 兄がしやべっていた。




 ──でもごめんね、なんだか変なことになっちゃって。映画途中で終わっちゃうし消防車来ちゃうし。ったく、サービス券なんかくれたってしょうがないよな。


 ちんもく


 ──あ、あのさ。このへんの町ってああいうのにすごくうるさいんだ。映画館とかデパートとか駅とか、人が大勢集まる場所は特にそうだけど、ちょっと変なにおいがしたりとか怪しいかばんが置きっぱなしになってるとか、そんなことですぐパトカーや消防車来ちゃったりするしさ。


 ちんもく


 ──そう言えば、映画終わっちゃうちょっと前に客席の後ろの方の席で走り回ってる人たちいたよね。何だったんだろあれ。


 沈黙。とうちようの集音はんをかなり外れた位置からやみに明るい女の声が近づいてくる。お待たせしましたあー、番号札四番で地域限定UFOピザをお待ちのお客さまあー。




 すいぜんは二階席の一番奥にある四人がけのテーブルにトレイを置いた。バッグの中に手を突っ込んで盗聴用レシーバーのチューニングを調節する。そして席に着くなり、ゆうの言う「泣き虫女」の正体についての明快な答えを出した。


 特派員は泣いていたわけではあるまい、と言うのだ。


「じゃ何してたって言うの。だって見たもん、お兄ちゃん珍しくハンカチなんか持ってて、」


「伊里野特派員がまた鼻血を出したのだろう」


「鼻血?」


 ひとつめのハンバーガーにかぶりつきながら水前寺はもごもご説明する。


 聞けば、伊里野は入部したてのピカピカの新人であるらしい。初めて部室に顔を見せたのが木曜日の放課後。今日は日曜日だから、伊里野の新聞部員歴はまだ三日そこそこということになる。そして水前寺は、その三日そこそこの間に、伊里野が大した理由もなくいきなり鼻血を出すところを何度も見たという。


「──病気?」


 水前寺は早くもふたつめのハンバーガーに手をかけた。


「かもしれん。──ただ、見ているうちにわかってきたのだが、どうやら感情が激しく高ぶったときなどに鼻血を出すことが多いようだ」


 なんだそれ。


 まるでマンガみたいなやつだと夕子は思った。水前寺はふたつめのハンバーガーの残り半分を一気に口に押し込み、ろくにみもせずに飲み込んで、


「では次だ。伊里野特派員の入部届の件」


 夕子はストローをくわえたまま面倒臭そうに説明する。兄の辞書の中に挟んであるのを見つけたこと、そこに書かれていた伊里野の名前、入部希望先、そして入部希望理由。


「なるほどな」


 水前寺はのどの奥で笑いながらみっつめのハンバーガーに手を伸ばした。まったく見ているだけで腹がいっぱいになってくる。こいつこれから冬眠でもするのか、と夕子は思う。こんなによく食う奴は生まれて初めて見た。


「浅羽特派員がおれに見せなかったのも当然だ。──しかし浅羽くん、辞書に挟んであったということはつまり、はっきりと隠してあったわけだな、その入部届。バレないようにきちんと元通りにしておいただろうな?」


 ゆうはうなずき、


「あ、それとね、しいっていうハンコが押してあった」


「ハンコ?」


「ほら、入部届の用紙って担任ともんがハンコを押す四角があるでしょ。顧問の方の四角は空っぽだったけど担任の方に椎名って」


 みっつめのハンバーガーにかぶりつこうとしていた水前寺の口が止まり、


「──椎名って、椎名か? 保健室の?」


「じゃない? ほかにそんな名前の先生いないもんうちの学校」


 すいぜんの目つきが遠くなった。一心に何かを考えているらしい。


 が、夕子には「椎名」の印にそれほどのきようは覚えていなかった。はきっと先生ならだれでもいいやと思って、一番話の通じそうな相手になついんを頼んだに違いない──その程度に考えている。そんなことよりも、ゲリラ集団である新聞部への参加になぜ入部届など書いたのか、そっちの方が気になる。ひねったしゆこうのラブレターとしてあえて書いた、と見ることもできなくはないが、いくらなんでも奇をてらいすぎていると思う。


「ねえ」


「──ん?」


「新聞部ってまだ部じゃないんでしょ、なのになんで入部届なの?」


「ああ。それは、伊里野特派員が知らなかっただけだろう」


「何を?」


「だから、新聞部がゲリラ部だということを」


 そんなはずがあるか、と夕子は思った。


 そして、唐突に腹が立ってきた。


 夕子はフィールドホッケー部員である。競技自体がマイナーなので部員も少ないから初心者でも選手になれる可能性が高いし、予選なしでいきなり県大会に出られる。ギーにそう説得されたのだ。が、マイノリティが抑圧を受けるのは世の常であり、グランドの割り当て面積ときたらアパルトヘイトも真っ青である。建前とは裏腹に、学校の部活動の待遇というのは決して公平ではないのだった。「うちの学校にそんな部あったっけ?」と誰かに言われるたびに夕子はくやしい思いをしてきたのである。それにひきかえ、新聞部の有名っぷりと言ったらただ事ではない。部員数わずか三名、伊里野を入れてもやっと四名、部室長屋の空き部屋を不法占拠して活動するゲリラ集団。そのくせ、そのはら中学校にはフィールドホッケー部のことを知らないやつはいても、新聞部のことを知らないような寸足らずはひとりもいない。その新聞部の長が目の前にいると思えば、夕子の虐げられた民族としての怒りは募った。そんなにゲリラがしたければテルアビブへでも行って地雷畑を耕しているがいいのだ。


 小さな平手がテーブルをたたく、


「そんなの知らないはずないでしょ! ニュースで見たもん子供が地雷を掘り出して川に投げ込んで魚を捕るって! あんたそのへんどう思ってるわけ!?」


「な、何を言っとるのかね君は」


 さらにみつく、


「うちの学校の生徒が新聞部のこと知らないはずないでしょ!? だいたいゲリラ部のくせにいっつも大きな顔してずーずーしいのよ!」


 すいぜんまゆをひそめる。話が見えない。ひょっとしたら自分の方が何かとんでもない勘違いをしているのかもしれないという気がして、水前寺は念のために自分のコマをふりだしまで戻す。


「──ちょっと待ちたまえあさくん。いいかね、我が新聞部が正しくは部でないことを、特派員が知らなかったとしても無理もなかろう」


「なんでよっ!?」


「転校してきたばかりだから」

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