番外編・そんなことだから 3/3

 画面の中でヒゲ坊主が大喜びしていた。現地の取材チームを急行させろと叫んでいる。生放送らしいきんぱく感がスタジオに満ち、マイクがスタッフの指示を拾ってしまう。司会者がサブモニターを見つめながら問いかける、えー、園原基地のおおいたばしさんにつながりますでしょうか。


『みろ言わんこっちゃねえ木村のアホが!! だから空輸にしろと言ったんだ!!』


「ちょっと、どうしたのよ!? まさか、」


 積み荷の中に、本当にエイリアンの死体が、


『なわけねえだろうが!! ああ言えば番組側が動くと計算しやがったんだよ!! 積み荷が何かなんてどうせすいぜんだって知りゃあしねえ、取材スタッフをぶつけて何が出てくるか確かめる腹だ!! さきさか!!』


「ねえ、水前寺って誰よ!? ちょっと!」


 えのもとは答えず、受話器の奥で複数の怒鳴り声が飛び交った。いきなり、


『悪い、忙しくなるから切るぞ!!』


 受話器がたたきつけられ、回線が切れた。


 何が何だかわからなかった。


 それから、番組はCMに入った。


 しいほかになすすべもなく、身を乗り出して画面を見つめた。しかし、CMは十五分以上続いた。しびれを切らしかけてテレビをがたがた揺すってやろうかと思ったころ、


おおいたばしです! えー、いま、そのはら基地南第二ゲート前の貨物集積エリアに来ています! ごらん頂けますでしょうか、情報の通り、装甲車に守られた大きなトレーラーが停車しています! 別のトラックへの積み代え作業でしょうか、おそらくそうだと思います、トラックの方はナンバープレートの形式が違うようです。ご覧ください、兵士によって、金属製のコンテナの積み下ろし作業が行われています! カメラこっち!』


 現場は混乱していた。


 カメラはしんでもきているかのように揺れ動き、スタッフが走り回り、ゲート前までついてきたうまどもが大さわぎをしていた。大板橋はカメラに背を向けて走り出す。カメラがその後を追いかける。行く手には巨大な軍用トレーラーと、基地内での物資搬送に使われるトラックが止まっている。野次馬や取材スタッフを制止しようとしているけい兵もいるにはいるが、圧倒的に多勢に無勢のようだった。くそ長い名前のチャネラーの姿は、少なくとも画面を見ている限りでは見当たらなかった。あのまま第二エプロンに置き去りにされているのかもしれない。


『すみません、このコンテナの中身を見せてください!!』


 警備兵の手を振り切って大板橋がコンテナのひとつにしがみつく。積み下ろしの作業をしていた兵士数名が、殴りかからんばかりの勢いで、


『ちょっと何やってんだあんた! 危ないから離れろ! 離れなさい!!』


『危ないって何がですか!? この中には視聴者の方々には見せられないような物が入っているんですか!?』


『積み荷が崩れるだろうがさっさと早く離れろこの鹿! こらあっ、キサマらっ!!』


 暴動、に近い状況だったのだろう。野次馬どもが次々にコンテナによじ登り、トラックのサスがぐらぐらと揺れ、ついにコンテナのひとつが荷台から転がり落ちた。そのしようげきでロックが外れ、コンテナは傾斜のついたアスファルトを転がりながら、複数の、確かに人の形をした何かをばらいた。



 ダッチワイフだった。


 全国ネットだった。



 カメラのレンズをだれかの手がおおい、画面が切り替わった。


『しばらくお待ちください』


 六畳間の中途半端なやみに、電話のベルが鳴る。


 未だ画面にくぎ付けの椎名真由美の左手が、のろのろと受話器を取って、


「──もしもし、」


 えのもとのため息が聞こえた。


「あのさ、ひとつ聞いていい?」


『なんだ』


「──あんたの努力は身を結んだわけ? それともすべてはおくれに終わったわけ?」


 しばしのちんもくの後、榎本が鼻で笑った。


『──どっちだと思う?』





 ──へ、兵隊さんもいろいろと大変ですよね。


 ──そ、そうね。いろんなとこ派遣されたりするしね。


 特番は結局、そんなまとめがつけられて、何やら肯定派と否定派の手打ちのような形で終了してしまった。


 六畳間には今、夜の闇が満ちている。テレビはけっぱなしで、日焼け止めクリームのCMが放つ海色の光がダンボール箱をぼんやりと染めている。


「保健室の先生、か」


 しいはつぶやく。


 ベランダにぺったりとあぐらをかいている。右手には二本目の缶ビールがあり、左腕は肩に立てかけた金属バットにからんでいた。ゆるい風に吹かれながら、ビールをちびちびとすすりながら、始まったばかりの夏の夜の空を眺めている。金星が出ていた。昔々からずっと、人々にUFOと誤認され続けてきた悩ましい星だ。


 左手で金属バットのグリップを握る。


 構えた。


 これまで、様々な任務のために、数限りない引越しを経験してきた。


 新聞屋どもはいつもいつも、まだ荷解きに手をつけるかつけないかのうちにおそいかかってきた。そして、椎名真由美はこの金属バット一本でそれらの戦いすべてに勝利してきた。敗北は未だ一度もなく、荷解きをするときに何よりもまず金属バットを箱から出して玄関先に立てかけておくことは、いつしか無意識の習慣となっていた。


 つぶやく。


そのはら電波新聞、か」


 金属バットをまっすぐに構え、夏の夜の空を見上げて椎名真由美は思う。



 今度の新聞屋は、少しばかりごわいかもしれない。

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