番外編・そんなことだから 2/3

 受話器が答える、


『おうよ。さっきけいの連中がばたばたしてやがったからさ、一体何のさわぎかと思ったらこの騒ぎだ。おれもあそこでピースのひとつも出したかったのにむらのアホが』


「アホはあんたよこのバカ!! いい、絶対そこから動くんじゃないわよ!? これ全国ネットでしょ!? あんた生顔チラリとでも撮られたら軍法会議じゃすまないわよ!?」


『ったくデカい声出すなって、冗談だよ。おー見ろ見ろ出た出た出たえーと名前なんだっけまあいいやテレパシーでUFO呼び出し男! うっわいつみてもキてんなーこいつ』


 カメラがとらえたのは、生まれてこの方ミネラルウォーターと生野菜とマリファナしか口にしてきませんでしたという感じの、気味が悪いくらいに背の高い男だった。目を閉じて顔を空に向け、両腕をゆるく広げたポーズでじっと立ち尽くしている。確かチャネラーか何かで、しばしばテレビに登場してはテレパシーやら予言やらのパフォーマンスをやる男だ。外惑星のブラザーかだれかから何かのくんしようとして授与されたという、おぼえようとしてもちょっとやそっとでは憶えられないような長ったらしい名前を名乗っていた。


『えー、カンリナフレキマム・フルエコルテ・シアーさんの話では、UFOの召喚はうまくいくとしても三、四十分はかかるだろう、もしUFOが出現するなら北北東、30度の方角だろう、とのことでした、』


 受話器が『ブルズアイ方位030か。まんざら外れちゃいねえな』とつぶやく。


『ですから、何らかの結果が出るにはいましばらくかかるかと思われます。何か動きがあった場合にはすぐにお知らせしますので、いったんスタジオにお返しします』


 雲が出て夕暮れは深まり、まだ照明器具を取りつけていない六畳間は中途半端なやみに閉ざされ始めていた。


 ぼんやりとしたテレビ画面の照り返しを顔に受け、しいは受話器を畳に置き、傍らの缶ビールをつかんで中身を一気に飲み干した。身体からだを倒して右手を伸ばし、ごちゃごちゃと物が詰まったバッグから滅多に吸わないタバコとライターをほじくり出して、中途半端な闇に赤く火をともす。


 片ひざを立てて座り直し、受話器を拾って、


「──ほんとに大丈夫なんでしょうね」


『まあな。空母の方にも連絡は入れてある。それに、奴らが第二エプロンの外にいるのは三課の連中がうまいこと誘導したからだよ』


 ため息と煙を一緒に吐き出し、灰を缶に落とす。画面の中ではヒゲ面の坊主頭がパネルを指差して何やら熱く解説している。パネルに描かれているのは、どうやらそのはら基地周辺でもくげきされる「幽霊戦闘機フーフアイター」の想像図らしかった。受話器が笑って、


『あれはない。あれはないです。あれじゃまんまUFOです。二十点』


 椎名真由美も苦笑した。パネルの幽霊戦闘機は、アダムスキー型から多少バタ臭さを抜いたような感じだ。ヒゲ坊主は語る、


『この半円形の部分、これがいわゆる「ディーン機関ドライブ」が格納されている部分です。一種の反重力フィールド発生器で、世界各地でもくげきされるすべてのUFOが、同じような駆動装置で飛行しているものと思われます』


 受話器が『名前はあってる。二十五点』。


「あってて当たり前でしょ。あっちから取った名前だもん」


 チョコチップが「やってられん」とでも言いたげに首を振って『反重力。はあ~んじゅうりょく。反対を重ねる力ですか。あなたいま反重力とおっしゃいましたか』ヒゲ坊主が『言いましたよ。それが何か?』、チョコチップはコップの水をひと口飲んで『その反重力フィールドとやらは、一体如何なる原理によって生み出されるのでしょうか』、ヒゲ坊主は『申し訳ない、それについてはエイリアンたちに聞いてください』、『すまん、そいつはスカンクに聞かなきゃわからん』とこれは受話器、『それがわかんないのによくもまあいけしゃあしゃあと「反重力装置が搭載されています」なんて言えるわね!』『だったら教えてくださいよUFOはどうやって空中に静止したりぐにゃぐにゃの機動で飛び回ったりしてるんですか!』『だから見間違いと妄想とうそっぱちだって最初から何度も何度も何度も何度も言ってるでしょ!』『そんなことだから! そんなことだから!』、そして物が飛び交う。


「この人、何て名前だっけ」


『どっち』


「そんなことだからオジサン」


あおいせいえん。おれこいつと二回くらい話したことあるぞ』


 息が止まった。


『心配すんな、二回とも三課の連中と一緒だ。こいつよく基地の周りうろうろしているしな、三課が一応印つけとくって言うからくっついてったんだ。番組収録の控え室で会った』


「やっぱりキレてた?」


『いや全然。悪く言やタスキで良く言やプロだよ』


「──なにそれ」


『試しに写真を見せたんだ。知り合いがった写真なんですが先生にどうしても見てもらいたくって、とか何とか言ってさ。一発で見破ったよ。申し訳ないけどこれ、典型的な「グラスワーク」ですね、ってな』


「グラスワークってなに」


『インチキのUFO写真を撮るやり方さ。紙切れか何かを楕円形に切り抜いて、窓ガラスにりつけるんだ。ピントは無限大。一番よくあるやり口だな』


「たったそれだけで、それっぽく撮れちゃうわけ?」


『ああ、出来のいいやつ見たらびっくりするぞ。で、おれが「はあーそうですか」って関心したふりをしているとやつは、この写真ちょっと貸してくれって言うんだ。番組で使いたいから、って。そんときの番組はやっぱり今日のこれと似たような討論形式だったんだが、そこで奴はおれの写真を誇らしげに取り出して、「さる人物が提供してくれた、UFOの存在を証明する決定的な一枚」なんてぬかしやがってさ。否定派が「写真一枚で何が決定的な証明だ」って突っ込むと、そんなことだから! そんなことだから!』


 中途半端なやみの中で、タバコの灰が長くなっていた。


『奴だけじゃない。しまさと、おばさんの方な。科学ジャーナリストって肩書きも別にうそじゃないんだが、その実しっかり芸能プロダクションに所属してたりもするんだ。あの日の番組にもやっぱり顔出してて坊主頭とやりあってたんだが、収録の合間にカメラが止まると二人で仲良くペットの話をしてた。二人ともソマリを飼ってて話が合うらしいんだ。キャットフードは何がいいとかペットホテルはどこがいいとか』


 灰が落ちた。


『ある意味ものすごく純真な人──か』


 番組の中で、チョコチップがヒゲ坊主をした言葉だ。


『その筆頭って実はおれたちなのかもしれん、って思ったことないか』


 中途半端な闇の中で、テレビの画面だけがしいを照らしていた。


『──を番組では引き続き募集しております。電話番号はくれぐれもお間違えのないようによろしくお願いします。それでは視聴者の方から寄せられましたFAXをご紹介しましょう』


「──あんたさ、生顔はさすがにマズいけどさ、」


 画面の照り返しを受けているしいの顔が、うすく笑った。


「ちょっとだけカメラに写ってきたら? ガキみたいに両手でピースなんかして」


『やなこったみっともねえ』


そのはら市にお住まいのかわぐちさん、教師の方からです。──番組拝見しております、UFO現象は人間が生み出した最も大きな共同幻想かもしれません、ありもしないものを信じている人々がまだまだたくさんいます、そうした人々の教育のためにも、理性と節度のある番組づくりを望みます』


 そのとき、画面の外からADの手が突き出され、女性キャスターに一枚のFAXを手渡した。


『ええっと、はい。また園原市にお住まいの方からのFAXです。タイトルには「極秘情報」とあります。ヒトキュウヨンゴウ、園原基地南第二ゲートに武装車両にえいされた大型トレーラーが到着する、積み荷は、──あの、』


 女性キャスターは困惑した表情を浮かべ、画面の外にいるだれかに視線で指示を求めた。


『積み荷は、異星人の冷凍死体四体──だそうです。えー、園原電波新聞、の方からのFAXでした』


 受話器が、つぶやいた。


『──やべ』

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