番外編・そんなことだから

番外編・そんなことだから 1/3

 新聞屋は荷解きを始めて十分もしないうちにやってきて、チェーンのかかったままのドアのすきに安全ぐつのつま先を突っ込んで卑屈なセリフを延々とり返すのだった。洗剤もつけるしビール券もつける、一ヶ月だけでもいい、何だったらその一ヶ月分はタダでいい。うちの営業所では契約を五十件取るごとにちょっとしたボーナスがもらえる。ここでちょうど五十件目だから料金を立て替えたとしても自分としては得なのだ。あんたは料金がタダになって自分はボーナスがもらえて営業所も成績が上がる。みんなハッピー。なあ頼むよ、


 お引き取り願った。


 備えつけの傘立てに金属バットを突っ込み、六畳間に戻って真新しい畳の匂いをいでも腹立ちは収まらなかった。


 ──まったくもう、


 新聞の勧誘員というのはどいつもこいつも決まってあの調子だ。「あれもこれもつけるからどうかこの迷惑な物を引き取ってくれ」と無理強いするかのような言い草。物を売り込もうというのならまずはその物の美点を語るのが最低限の基本だろうに、やつらときたら洗剤やらビール券やらをちらつかせるばかりで、新聞がいかに素晴らしいものかという点についてのセールストークなどひと言もない。勧誘員自身が「新聞なんて」と思っているのがバレバレで、話を聞いている方はすすめている本人もいらないと思うような物を押しつけられている気がして不快になるのだ。おまけに愛想はない、とにかくしつこい、場合によっては女と甘く見てすごんできたりする。日本の新聞はインテリが書いてチンピラが売る、と言ったのはだれだったか。


 部屋中に散らばっているダンボール箱を見回して、しいはため息をついた。


「──いっか」


 寝る場所さえあれば。とりあえず今日のところは。


 荷解きは明日にしよう。


 部屋の隅に放り出したまま忘れていたコンビニ袋を手に取る。三本の缶ビールがビニール越しに汗をかいている。一本をつかみ出し、まだ空っぽの冷蔵庫に残りを袋ごと突っ込む。どこか遠くにある町内放送のスピーカーから「遠き山に日は落ちて」のメロディが流れ、作文を棒読みしているような調子の女の子の声が幾重にもだまを返した。もう七時になったから車に気をつけて家に帰れ、家に帰ったら宿題をして家の手伝いをしてに入って歯を磨いて早く寝ろ。


 ──よけいなお世話よ。


 カーテンのかかっていないガラス戸をいっぱいに開けて、裸足はだしのままベランダに出た。


 いつの間にこれほど日が長くなったんだろう、と思う。ふくはらそう202号室のベランダからは、色の深い夕暮れの空が見えた。ずいぶん古くからある感じの家並みも見渡せたし、なんじよ指定もされていないちっぽけな公園も見下ろせた。風が吹き、白いタンクトップが汗ばんだ身体からだにはりついた。


 プルトップを開ける。


 思わず苦笑がもれた。引越してきたばかりの六畳間と荷解きも済ませていないダンボール箱とベランダと夏の夕暮れ。まるで花札の役みたいだ。なんだか頭の悪いビールのCMみたいなシチュエーションだ。


 ひと口すする。


 そのはら中学校に保健教諭としてにんするのは六月の末日、すなわち三日後である。


 本来ならばもっと早く「現場」に入っておくべきだったのだが、いつまでも煮え切らない米空の上層部や自衛軍からの横ヤリのおかげで予定は遅れに遅れた。赴任後は現場のより詳細な情報収集を行うことになっているが、すぐに夏休みになってしまうからあまり時間はない。夏休みが明けて「アリス」が現場入りしたら、そのバックアップ任務に移る。


 ビールをもうひと口すすったとき、思い出した。


 基地に電話を入れるのを忘れていた。


 セーフハウスに入ったことを知らせておかなければ。


 ビールをさらにもうひと口すすり、ガラス戸を開け放したまま部屋に戻った。


 畳にあぐらをかいて電話機を引き寄せた。


 その途端にベルが鳴った。


 やばい。いつまでも連絡がないことに気をもんだだれかが、お説教の電話をかけてきたのかもしれない。あわてて受話器を取り、


 もしもし、というヒマもなかった。


『おいテレビつけろテレビ!』


 えのもとだった。


「な、なによいきなり。あのね、さきさかそこにいる?」


『んなこたいーから早くテレビつけろって! めちゃくちゃおもしれー番組やってるぞ!』


 椎名真由美が引越し先に着いてまず最初にコンセントを挿し込む電気製品は、冷蔵庫と電話とテレビである。17インチのテレビはすぐそばのダンボール箱の上に載せてあり、リモコンはまだ荷物のどこかにまぎれていた。


 身を乗り出して、電源ボタンを押した。


「チャンネルは?」


 榎本は『26!』と怒鳴っていきなりわはははははははははははと大笑いした。


 そんなに面白い番組なのだろうか。


 チャンネルの切り替えボタンを何度も押した。


 そして、画面の右上の表示が「26」になった途端、げつこうするヒゲ面坊主頭の中年男がどアップで熱弁をふるいはじめた。


『そんなことだから! そんなことだから! そんなことだからあなたたちには何も見えないんだ! あなたたちは常識という色メガネに心の目をくもらされているんだ! いいですか、あれだけのもくげき者がいるんですよ!? 目撃者の中には小学生やお寺のお坊さんや、果てはけいさつの方までいる! 小学生が大人の科学者やジャーナリストを相手にうそをつき通せると思いますか!? お坊さんや警察官が自らの社会的立場を危機にさらしてまでデタラメを言うメリットが一体どこにあるんです!? 答えはひとつだ! 彼らの言っていることはすべて本当なんですよ!!』


 受話器の中でえのもとが『そんなことだから! そんなことだから!』と声を合わせて大笑いしていた。


 見たことのある顔だった。


 そんなことだから、の連発もおみだった。


 正確な名前は思い出せない。あおいなんとか。違うかもしれない。とにかく、自意識過剰の中学生がどこかに詩を投稿するときのペンネームみたいな名前だったと思う。超常現象全般を手広く扱う研究家で、その手のメディアの常連のひとりだった。


 画面のアングルが切り替わり、おばさんが反撃する。


『あんたねえ、そういう言い方は小学生に失礼だよ。小学生をバカにしちゃいけないよ。バカな大人をだませるくらいの嘘つく小学生なんていっぱいいるよ。だいたいあんたみたいな人が相手だったらねえ、そこらへんのガキが「地球は四角い」って嘘ついても通用しちゃうよ。だってあんたはなっから信じたがってるんだもん、「地球は四角い」って。坊さんやお巡りさんだって一緒だよ。あんたみたいなある意味ものすごく純真な人にこんなこと言うと傷ついちゃうかもしれないけどね、いい? 言うよ? あのね、それで少しでも他人の注目を集められると思ったら、どんなバカな嘘でもつくしどんなバカなことでもやるっていう人は、いるの。悲しいけどいーっぱい。だれかに認められるためなら死をも辞さないの。そういう悲しい悲しい生き物なの人間って』


 ローマ兵のかぶとみたいなヘアスタイル、あごの先にチョコチップをくっつけたような大きなホクロ。これもよく見る顔だった。やはり名前は思い出せないが、やはりこの手の番組には必ず登場する常連だ。肩書きは科学ジャーナリストで、いくつものお堅い雑誌に連載記事を書いていた。と思う。


 受話器がものすごく楽しそうに『いやーむかつくなーこいつ。髪形がむかつく』と言った。


 U字型のテーブルには両陣営の論客がそれぞれ三人ずつ座っており、その背後にはパチンコ屋のようにきらびやかなセットが組まれて、アダムスキー型のUFOのハリボテが滝のようなスモークに洗われていた。


 つまりは、UFO特番なのだった。


 少しがっかりした。えのもとがあれだけ勢い込んでテレビをつけろと言うからには、さぞかし面白い番組なのだろうと思っていたのに。UFO特番など珍しくもないし、普段から見る気もしない。


 ところが。


『さあ、スタジオでは熱戦が展開されておりますが、ここでそのはら基地を呼んでみたいと思います。おおいたばしさーん? そちらの実験はどうなっていますでしょうかー?』


 ──!!


 画面が切り替わった。そこに映し出された光景を、しいは一発で特定することができた。園原基地第二エプロン。さすがにしきないではなかった。不安定なカメラが殴りつけるように向きを変え、周囲に集まったオール民間人のうまどもの姿をなめる。


『はーい、園原基地の大板橋です、現在わたしの時計で午後七時十六分、テレパシーによるUFO召喚実験が始まって十分あまりが経過しています、今のところ、上空には特に目立った変化は見られません、それにしてもごらんくださいこの場に集まった人々の数、さすがは基地の町UFOの町エリア・ソノハラといったところでしょうか、住民の方々の関心の高さを』


 だまっちゃいられなかった。


「こ、これ生なの!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます