正しい原チャリの盗み方・前編 11/12

 兄がしやべっている。


 ──ひょっとしてバイトでもしてるの? それで夜遅くなるとか。あ、いや、別にいいんだけど。うちの学校バイト禁止だけどさ、知り合いにもやってるやついっぱいいるから。


 前の席の背もたれにあごを乗せ、兄の頭をじっと見つめながら、夕子はヘッドホンから聞こえてくる兄の声をぼんやりと聞いている。そこに水前寺がトイレから戻ってきた。夕子の身体からだが座席の前の通路をふさいでいる。「通してくれ」と頼むまでどいてやるもんかと思っていたら、水前寺はそのまま夕子の左隣の席に腰を下ろした。



 榎本はすぐさま決断した。


「出るぞ。水前寺に気づかれた」


「え? あ、ちょっと、」


 イヤホンを耳から引っこ抜き、急いでノート型のコンピュータをたたもうとする榎本を椎名真由美がじやした。


「待ってよ、どうしたの?」


すいぜんが座る場所を変えた。あさの妹の右どなりに座っていた水前寺が、トイレに行って戻ってきたら今度は左隣に座った」


「──だから?」


「おかしい。普通はそういうことはしない。おれはそういうのは気に入らない」



「浅羽くん、そっちの席に置いてあるバッグを取ってくれ」


 ゆうは無視した。


「浅羽くん、」


「自分でとれば」


「いいから早く。できるだけさりげない動作で」


 夕子はげんな顔をして、面倒くさそうに身体からだを伸ばして水前寺のバッグのストラップをつかむ。が、片手では持ち上がらないくらいに重かった。両足の浮いた無理な体勢で、さりげないとは言い難い動作で水前寺にバッグを手渡す。


「なに入ってんのこれ」


「無線機と無線機の予備とパームトップ型のコンピュータとCCDカメラとメモリー式のボイスレコーダーとブースターマイクと、暗視ゴーグルと赤外線投光器と改造したはん用リチウムバッテリーが七本と、あと何だったかな」


 水前寺はに深く座り直した。ゆっくりと手を動かす。バッグからコンピュータを取り出し、ケーブルを介して無線機と接続する。



「考えすぎよ。だいたい理由になってないじゃない、座る位置がさっきと違うとどうして気づかれたってことになるわけ?」


「なにかやるつもりなのかもしれん。左側の席に移れば浅羽の妹がじやになって、水前寺の動きがおれたちには多少なりとも見えにくくなる」


「で、夕子ちゃんの陰に隠れて何するって言うのよ」


「知るか。わかったときにはもうおくれになってたらどうする。たとえ気づかれていなかったにせよ、もう長居しすぎた。しおどきだ」


「ちょっと待ってよあと五分、五分だけ。せっかくちゃんが起きてふたりがおはなしし始めたんだから。こういうの聞いておくのだって仕事のうちでしょ?」



「ゆうべから様子がおかしかった」


 パームトップのコンピュータをひざの上に隠すように置いて、水前寺はでかい手を小さなキーボードに走らせる。


「このかいわいに妙な暗号通信が飛び交ってた。強力なスクランブルがかかってて、発信源は複数で移動していて、出力はそれほど大きくなかった。最初からひんぱんに通信が交わされているという感じじゃなかったが、午前七時くらいに一度ぱったりと止んで、九時くらいからまたぽつぽつと再開されて、十時を境に通信量が激増した。十時といえば、あさ両特派員の待ち合わせ時間だ」


 ゆうまゆをひそめ、


「──だから?」


「両特派員をかんしているのは、我々だけではないのかもしれん」


「けど、」


 そんなのは偶然かもしれない。暗号無線で遊んでいた無関係のマニアがたまたま十時ごろから盛んに話をし始めた、というだけではないのか。


「もうひとつある。夏休みに浅羽特派員と一緒にそのはら基地の裏山にいたころ、あれとよく似た暗号波を何度も傍受したことがあるんだ。おそらく我々を監視するチームがいたのさ。それと同じような装備を持った似たような連中が、今度は浅羽・伊里野両特派員をつけ回している」


 なんだそれ。自分たち以外に一体どこの世界にそんな物好きが、


「──あ、」


 怪しい二人組。


 いい大人のくせにこんな映画を見にきて、しかもすみっこの席に座ったあのカップル。


「そ、そういえばあそこの、」


「見るな」


 思わず四時方向を振り返ろうとした夕子だったが、すいぜんの小さく鋭いささやきに止められた。水前寺は手を止め、夕子を横目でちらりと見てにたりと笑った。


「──気づいていたか。なかなかどうして見所があるではないか浅羽夕子くん。今度ぜひうちの部に、あ、でもそうなると『浅羽特派員』が二人になってしまうな。どうしよう」


「どうするの」


「(かつこあに)に(かつこいもうと)というのも味気ないしな、なおなおとゆーゆーというのはどうだ。パンダみたいでわいかろう」


「ちがうのっ。そうじゃなくてっ。あの二人がもし」


 そうだとしたら、一体どうするつもりなのか。


 水前寺はひと言で答えた。


ばくする」


 冗談に聞こえなかった。


「あの二人の正体がこちらの想像通りであるとするなら、我々の存在にも、我々が浅羽特派員に盗聴器を仕込んでいることにも気づいていると見ていい。さっきトレイに行くフリをしてちらり様子をうかがったんだが、かばんから何やら引っぱり出してごそごそやっている感じだった。おそらく自前の無線機で、我々の盗聴器が出す電波を傍受しているんだろう。傍受するだけなら目立たんし、奴らとしてもせっかくの盗み聞きのチャンスを無駄にする手はなかろうしな。そこでだ」


 すいぜんはバッグに手を突っ込み、盗聴用に使っていた無線機の電源を切った。夕子のヘッドホンが「ぴ」という電子音とともにちんもくする。


「これから、盗聴器と同じチャンネルに大出力の電波をねじ込んでやつらのレシーバーを焼き切る。耳元でものすごいノイズが聞こえるはずだし、回路から火花のひとつも上がるかもしれん。あのふたりが飛び上がっておどろいたら『大当たり』ってわけさ。いいかねゆーゆー、君の任務は、場内全体にくまなく目を光らせておくことだ。あの二人以外に飛び上がった奴がいたかどうかを確認してほしい。それとてつしゆうの支援。事が始まったら何もかもバッグに突っ込んでそこのドアから飛び出したまえ。通りの向かいにコーヒー屋があったな、あそこで合流しよう。三十分待ってもおれが現れなかったら、あさ特派員に『いつもの場所に手紙を隠した』と言ってくれ。何か質問は?」


「──ゆーゆーって呼ぶのやめて」


「了解した」


おおさわぎになったらお兄ちゃんたちに気づかれちゃうと思う」


「そうなるだろうな。ただし、騒ぎ自体は気づかれても構わんが、そこにいるのが我々だと気づかれるのはまずい。そのように行動してくれ」


「わたしばっか色々やらなきゃいけないみたいでずるい。そっちは何するの」


「知れたことよ」


 映画館のくらやみの中で、水前寺は不敵に笑う。フラッシュとオートフォーカスのついた小型のカメラをバッグから取り出す。バッテリーが切れていないか、フィルムをそうてんし忘れていないかを確認する。


 そして、『そのはら電波新聞』と書かれた腕章に腕を通す。

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