正しい原チャリの盗み方・前編 5/12

 時間を戻す。二学期に入って最初の日曜日、デートの日の朝。



 そのはら市の住人が「街へ行く」とか「街に出る」と言った場合の「街」とは、園原市の中心部の、市役所をはじめとする公共施設群を含む一帯のことを指している。


 確かに「街」という感じのする場所である。真新しくて清潔でしやている。道路は広いし街路樹はあふれているし、歩道のそこかしこに前衛的なオブジェがあったりする。


 が、周辺部の田舎いなかっぷりを考え合わせれば、これはこれで「ゆがみ」の一種なのだった。


 なぜこうなのか。その理由は実にはっきりしている。


 園原駅南口バスターミナルの路肩に止めた軽のワゴンの助手席で、えのもとはその理由をひと言で説明した。


「うちのせいさ」


 ハンドルの上で腕を組み、その上にあごを乗っけているしいが、


「うち──ってそれ、園原基地のせいってこと?」


「そう」


 榎本はシートを半分ほどリクライニングさせ、背もたれに力いっぱいふんぞり返って大あくびをした。


「大きな基地があって、職員や兵隊がいっぱいいて、その連中がお金を落とすから街がうるおう。そう?」


「それも多少はあるだろうが、もっと太い金の流れが別にある。このへんの様子をよく見てみりゃわかるだろ。金を持ってるのは住人じゃなくて自治体だ」


「なにそれ」


 背もたれにふんぞり返ったまま、榎本は鼻から細いため息をつく。


「つまりさ、『あんなデカくてヤバくてクソやかましい基地を押しつけちゃってすいません』っていう迷惑料をお上がどっさりくれるもんだから、園原市は身分不相応な金持ちなんだよ。この街の公共設備なんて充実し過ぎてて鹿鹿しいくらいだ。お前知ってるか、園原市に図書館がいくつあるか」


 えのもとはすぐに正解を口にする、


「なんと四つだ。もちろん連日かんどりが鳴いてる。そこの通りをちょっと下ったところにはな、それはそれはどでかい市民ホールがあるんだ。それこそ、超一流のオーケストラを呼んでも恥ずかしくないような設備も万端そろってる。ところが、そんな大それたイベントやってたのははじめのうちだけで、今じゃだだっ広い駐車場を盆踊りの会場に使うくらいが関の山さ」


 榎本は腕時計にちらりと目をやって、しいはバスターミナルの時計に視線を向けて、ふたり同時に時間を確認した。午前九時五十五分。


「このあたりだってな、昼間のうちこそにぎやかだが、どこでも店じまいが早いし、夜なんか大通りでも真っ暗になっちまう。だれも歩いちゃいない。街路樹がざわざわ鳴って、変な彫刻が物陰からこっち見てて、街頭だけは点々とともってて。異次元にでも迷い込んだのかと思うぞ。暗くなりゃガラの悪いやつらも集まってくるしな。ひったくりとか痴漢とか、よそから来た暴走族とか」


 あごをで、無精ひげの伸び具合を確かめ、


「──三課の誰かに聞いたんだが、そのはら市は、UFOを見たとかゆうれいが出るとか怪人が出没するとか、その手のうわさの発生率がほかの街と比べても飛び抜けて高いんだそうだ。そういう噂の温床になってんのは、ひょっとしたら、この街並みなのかもな」


 と、そこで榎本は再び大あくびをして、


「眠い」


「──ちょっと。寝たらひっぱたくからね」


「そぉんなこと言うけどなめ、たぁいへんだったんだかんなー。立ち回り先やコース予想してぇ、その周りぜぇんぶ『ドブさらい』してぇ。ったくあさの奴、きのうの今日じゃおれらが死ぬるっつの」


「あんたはそれが仕事でしょ。なんでわたしまで引っぱり出されなきゃなんないのよ。せっかくの休みだってのに、今日こそおせんたくしようと思ってたのに」


 そして、椎名真由美はいきなり、重要なことを思い出したかのように背筋を伸ばした。


「──ちょっと、」


「ぁあ」


「確か、ゆうべも発令されたわよね、第三次待機」


「あぁ」


「解除されたのはいつ?」


「あーっと、俺が連絡受けたのは、五時くらいかな、朝の」


「それじゃちゃん一体いつ寝たのよ!? だって、だって朝の六時からあそこでずっと待ってるんでしょ!?」


「いや、夜中にいっぺん四次にまで落ちたことあったからな。たぶんそん時に仮眠くらいはとったはずだ。二時間くらいか」


「あんたねぇ、どうして止めなかったの!? 長時間待機で結局しゆつげきなし、こないだのシェルターのときとまるっきり同じじゃない!! わたし説明したはずよね、あれは待機中に投与され続けた薬物が消費されずにそのまま体内に残ったせいで、」


 両腕で顔をおおったままのえのもとが、疲れきった声でぽつりとつぶやいた。


「だからお前を引っぱり出したんだよ」


 ちんもく


「いいよ行けよ。本気で無理だと思うんなら、行って止めてこいよ。あさが来るまでにはもうちょいかかる。まだ間に合うぞ」


 沈黙。


「今日のことだってあいつ、おれらにゃバレてないつもりでいるんだ。それをお前、待ち合わせは十時なんだから少し寝てけなんて言えるか」


 沈黙。


「おれだって無理は承知だ。あいつもそうさ。腹ぁくくるしかねえだろ、何事も起こらなかったら全員で万歳すりゃいいし、途中でがまた白目むいたら全員で飛びかかるさ。そんときや頼むぞ」


 ため息、


「──わかった。最後にあとふたつ。最近また北の連中がうろうろしてるんでしょ? 本当に大丈夫? ちゃん武装してるの?」


「してる。9ミリとマガジンが二本なくなってた。てつの『ドブさらい』で何も出なかったしな、そっち関係はたぶん大丈夫だと思う」


「じゃあ最後。どうして加奈ちゃん制服着てるの?」


「それはおれも不思議だった。まさか聞けないし。けどたぶん、」


「なに」


「──いや、ひょっとしたら違うかもしれんが、」


「なによ」


「第何条だったかは忘れた。けどな、そのはら中学校の校則に、『外出する際には制服着用が望ましい』ってのがあるんだ。確か」


「うそ。だって、休みの日に制服で表歩いてる子なんて見たことないわよ」


「けどあるだろうそういうの。だれも守っちゃいないし、守らなくたって先生からもしかられないし、そもそもそんな決まりがあること自体だれもおぼえちゃいないんだが、生徒手帳をよく読んでみると確かに書いてあるっていう、そういう校則」


「──じゃあ、」


ほかの理由は思いつかん。そりゃあいつとしても悩んだ末だろうとは思うよ。けどやっぱり、不良だと思われたくなかったんじゃないのか」


 フロントガラスごしに、ふたりはバスターミナルの一角をじっと見つめる。


 そのはら交通のバスはいつだってがらがらに空いている。利用者などそれほどいるわけではないのに本数がやたらと多いからだ。それでも日曜日のこの時間ともなれば、行く先ごとに一番から八番まである乗り場には、それなりに乗り降りする乗客の姿が見られる。乗り場案内の標識によれば、園原基地方面から来るバスがまるのはロータリーの一番端にある八番乗り場であり、八番乗り場の時刻表によれば、ここに本日最初のバスがやって来たのは午前五時五十分だったはずである。


 そして、その八番乗り場に、五時五十分からずっと、身動きもせずにひたすら立ち尽くしているの姿があった。


 園原中学校の制服を着ている。


 ポケットのたくさんついた、黒くて四角いバッグを両手で下げている。


 すぐそばには冷房のきいたガラス張りの待合室があるのに、駅の方向をじっと見つめて身動きもしない。時計を見上げようとすらしない。その様ははたにも目立つのだろう、五時五十分から今までに、伊里野に話しかけてきた人物が三人いた。一人目は早朝ゲートボールに出かける初老の男性で、殿とのやまのスポーツ公園へ行くにはどの乗り場からバスに乗ればいいのかと伊里野に尋ねた。伊里野はこれをかんぺきに無視した。二人目は園原市民病院の整形外科へ通う老婆で、伊里野がどのバスに乗ったらいいのかわからずに困っているのだろうと考えて道案内を買って出た。おじようちゃん、どこへ行きたいの? 伊里野はまたこれを完璧に無視した。三人目が話しかけてきたのはつい三十分ほど前のことで、相手は園原基地の若いアメリカ兵だった。助けが必要であると勝手に判断して頼まれもしないのに手を出すのはアメリカ兵の性であり、彼は、日本語がまったくできないことなどお構いなしに、二人目の老婆とおおむね同じ主旨の行動に出た。ヘイそこのまいのガール、第四飛行隊でもいっとうクールなこのオレ様が来たからにはもう安心だ。どこまで行くんだい?


 伊里野はあか抜けた発音で、ただひと言だけ答えた。


 あっちいけ。


 そして、四人目が現れたのは、午前十時四分すぎのことである。


 駅の反対側にある駐輪場に自転車を止め、通り抜けのできる地下道の出口を駆け上がり、道行く人にぶつかってはぺこぺこ頭を下げながら転がるように走ってくる。伊里野はすぐにその姿に気づいて、


「あ、ちゃん鼻血出した」


 しいが思わず運転席から腰を浮かせた。えのもとが片手でそれを制して早口に、


「いいから大丈夫だってあさだってハンカチくらい持ってるさ」


 むくりと身を起こし、ダッシュボードの上に投げ出されていた小型の無線機をつかみ、


「野郎ども始めるぞ。手順は変更なしだがもう一度り返す、かきざきみやじまがフロント、ながぐちがバック、サイドはせきでスタートだ。ローテーションのタイミングは各個の判断に任せる。万が一見失ってもあさの虫に信号を飛ばすな。繰り返す、浅羽の虫をトレス目標として使用することは絶対に禁止する。に一発で気づかれるぞ。周辺の最終確認をする、駅ビルときゆうどう、状況送れ」


『地球堂』は、問題なしと答えた。


『駅ビル』が、ちょっとした問題を伝えてきた。


「──はあ?」


 車のエンジンをかけたしいが、


「どうしたの?」


『駅ビル』からの報告に聞き入っていたえのもとは、「二分で確認しろ」と命じて、わけがわからんという顔で、早口にこう言った。


あさに、尾行がついてるらしい」

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