正しい原チャリの盗み方・前編 3/12

 一日だけさかのぼる。二学期に入って最初の土曜日。



 半日で授業は終わり、昼飯はこうばい部のおにぎりで済ませ、浅羽なおゆきは新聞部の部室で西部劇のガンマンよろしくハサミをくるくる回していた。そこらのハサミとは違う。父が店で使い古した、それでもまだまだ立派に切れる用のハサミだ。すいぜんは浅羽に背を向けてに座り、身体からだにすっぽりと毛よけの布をかけている。この布、正式名称を『カッティングクロス』、和名を『刈り布』という。


 浅羽はいつも、一応は尋ねる。


「どうします?」


「今より長くしてくれ」


「無理です」


「では、いつもの通りに頼む」


 水前寺は、その必要がある場合にはいくらでもめかし込むが、そうでなければ髪の毛になど何の注意も払わない男である。その水前寺の言う「いつもの通り」というのは、全体を短くして裾をそろえる程度の、浅羽にとっては何でもない仕事だ。「了解」とつぶやいて浅羽はハサミを動かし始める。なかなかに手慣れている。


 一回百円である。


 はじめのうちは、運動部員のイガグリ頭製造機だった。


 しかし、なんといっても一回百円なのである。ということは客にしてみれば、親からせしめた散髪代マイナス百円を自分の好きなことに使えるわけである。近ごろではイガグリ頭以外のお得意もずいぶん増えた。浅羽としては、自分の技術にはそれなりに自信もあるし、料金が仕事の内容に関わらず一律百円というのはいかにも安いと思う。が、もううんぬんよりも、人の頭を刈るという行為は実に楽しいのだった。


「最近どうかね景気は」


「まあまあですね」


 会話の内容までじじむさい床屋話である。


「ああでも、これからちょっと忙しくなるかも。ほら、九月は運動部の大会も重なるから」


「しかしあさ特派員、君の家も理容店を営んでいるわけだろう。君が学校で、しかもダンピング料金で同級生の頭を刈るというのは、店の客を奪っていることにはならんのかね」


「いいんです、同級生はどのみち店にはあんまりこないから」


「なぜ?」


「たぶん、『あいつん家に行ってあいつのオヤジに頭を刈ってもらう』ってのがテレくさいからじゃないですか。家が近所だったりぼくと顔見知りだったりすればなおさら。気持ちわかりますよ、ぼくだって友達んの店で買い物する気になんかあんまりなれないもの」


 そういうもんか、とすいぜんはつぶやく。浅羽はすきバサミを手にとり、水前寺の黒々とした髪をざっきざっきと落としていく。髪の状態の良さに関しては、自分の客の中でも水前寺がピカ一だと浅羽は思う。普段から整髪料やドライヤーを使わないせいだろう。それによく食うしストレスなんてなさそうだし。


「──それにしてもさっきの話だが、どうにかならんもんかな」


 浅羽はとばけた。


「さっきの話って?」


特派員の話だ。ああもケチくさい女生徒だとは思わなんだ」


「──別に、伊里野はケチで言ってるんじゃないと思いますけど。部外者は絶対に立ち入り禁止っていう規則か何かあるんでしょきっと。なにしろそのはら基地だし、この御時勢だし」


「しかしだな、そういう規則には抜け道がつき物だろう。そのへんをだな、友達のよしみでどうにかこう、」


「友達って。まだ知り合ったばっかりじゃないですか」


「しかしだな、あそこまでにべもなく断らんでもいいだろう。だめだとは思うが一応はだれかに尋ねてみてやっぱりだめだった、というならともかく。即座に拒否されたぞ即座に」


 だめ、と伊里野は言った。


 水前寺が伊里野かくとくに動いたそもそもの理由は、伊里野が園原基地に住んでおり、ひょっとすると基地の中を見せてもらえるかもしれないという期待があったからである。そして水前寺の思惑通り、伊里野は新聞部への入部を承諾した。伊里野が初めて部室に顔を見せたのは二日前の木曜日のことで、水前寺はその場でさっそく頼み込んだ。伊里野特派員、聞けば君は園原基地の居住区に住んでいるそうではないか、今度ぜひ


 だめ。


「うん、やはりあれはケチで言ってるな。浅羽特派員、彼女は普段からああなのかね? 転校生のくせにあんな調子では、クラスでも友達おらんだろう?」


 まあ確かに、同じ断るにしたってもう少し愛想のある断り方をすればいいのに、とはあさも思う。しかし浅羽には、それが無理な注文であることもよくわかっている。なにしろは普段から「ああ」なのだ。


 だから友達もいない。


 べんしたくなった。


だれかにあらかじめクギ刺されてたんじゃないですか、友達を連れてくるなって」


 そのとき、ふと浅羽の手が止まる。


 思う。伊里野が──おそらくはそうなるだろうが──この先もずっと、すいぜんの要求を拒み続けたらどうなるか。水前寺は「女っ気は多い方がいい」などとは絶対に考えない。脈なしと見たしゆんかんに、水前寺は伊里野に「クビ」を通告するかもしれない。


 よけいな頭数は要らない、とばかりに。


「──まあでも、貴重な人材ではありますよね」


 再び手を動かしながら、浅羽はそう言った。


「もうちょっとうちとけてから頼めば、伊里野だって何とかしてみようって思うかもしれないし。それに部長、伊里野に基地のことばっかり言うの失礼ですよ。はいちょっと下向いて」


「なんで」


「だって、新聞部に誘われて、よろこんで行ってみたら基地に連れてけ連れてけってそればっかりで。それじゃまるで伊里野には基地に住んでることしか取り柄がなくて、ほかにはなんにも期待されてないみたいじゃないですか。そんな言い方されたら誰だって面白くないですよ」


 むう、と水前寺はうなった。


「なるほど。一理あるな」


「でしょ? だからですね、ここはひとつ長い目で」


「つまり、伊里野特派員の機嫌を損ねないようにしつつ、うまく頼み込む方法があればいいわけだ。我々を基地に入れるにはどうしたらいいか、伊里野特派員が自分から頭をひねるように仕向けることができればベストだな」


「部長、もしもし? あのですね、ぼくが言ってるのはそういうことじゃ、」


 水前寺は待ちの戦法がキライである。浅羽の手の中で、水前寺の頭がむりむりと思考をし始める。


 浅羽はため息をついた。


 部長が事をく気持ちも、わからないではないのだ。


 そのはら基地は大規模で、米空と空自の両方がいて、こうげき的な性格の強い、だから機密性も高い基地である。だから周辺にスパイも出没するし、だから「UFOを飛ばしている」などといううわさが立つのかもしれない。一般のマスコミの取材が許可されることもあまりないと聞く。


 だから、UFOのざんがいや宇宙人の死体のあるなしを別にしても、園原基地の内部に入ってその様子をレポートできれば、それだけで学校新聞としては破格のスクープには違いない。そのチャンスがという形で目の前に現れたのだから、すいぜんが浮き足立つのも当然のことなのかもしれない。


「──!」


 そのとき、「ぴんぽーん」という音が聞こえたようにすら思う。


 水前寺が何か思いついた。そのことを、あさは指先ではっきりと感じ取った。


「うむ、かくなる上はだな」


 浅羽は身構える。どうせロクでもないことを思いついたに違いない。『かくなる上は』という前置きがついた場合は特にそうだ。



「浅羽特派員、部長命令だ。伊里野特派員とデートをしたまえ」


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