ラブレター 19/19

 もう一度、最後までちゃんと目を通してみればいいのに。



 目下、脳死状態にある浅羽が手にしているそれは、見てくれは確かにチャチなコピー一枚である。が、それは議論の余地なく「入部届」であり、ここ最近、この学校では『』という名前で知られている女の子が、部活動への参加の意志を表明するための正式な書類である。


 とはいえ、新聞部はいまだ学校から正式に認められてはいないゲリラ集団であり、校則上での扱いはそのへんの仲良しグループとまったく一緒であって、本来ならばそんなものへの参加に入部届もへったくれもないのだった。このあたりは浅羽とすいぜんの説明不足だ。伊里野はおそらく、教師のだれかに「部活動に参加するにはどうすればいいのか」と質問をしたのだろう。そしてこの入部届を手渡され、必要事項を記入したというわけだ。


 どこまでも正直に。


 浅羽も目にした通り、用紙の頭にはます「入部届」とあり、その下の氏名のらんには『伊里野加奈』、その下の「に入部を希望します」の頭には『新聞部』というきれいな文字が書き込まれている。さらにその下には小さな四角がふたつ並んでいるが、これは部のもんとクラス担任がなついんするための欄である。ところが伊里野の入部届を見ると、部の顧問のはんがないのはゲリラ部だからまあ当然として、担任の欄になぜか『椎名』という印が押されている。


 黒幕の名前である。


 そして、一番下に「入部を希望した理由」という大きな欄がある。どうせ誰もに読む気もないくせに、いちいちこういうことを書かせるというのがいかにも学校らしい。この種の欄にはたいてい決まり文句があるものだ。心と身を鍛えうんぬんとか、何とかの世界を通して心の豊かさをどうこうするとか。要は何か書いてあればいいのであって、くだけた先生だったらこんなところは空欄のままでもたいていは判子をくれる。


 が。


 目に見えるようだ、担任の欄に勝手に判をついた保健室のあの女は、伊里野の肩ごしに身を乗り出し、「入部を希望した理由」の欄まできてぴくりとも動かなくなってしまったペン先を見つめてニタリと笑ったはずである。


 ──だめよ、ちゃんと正直に書かなきゃ。


 絶対だ。何をけてもいい。そんなことを伊里野の耳元でささやいたのだ。いざ言葉にしてしまえばただひと言の「入部を希望した理由」を、は一体どれだけの時間をかけて書いたのだろうか。いつまでもぐずぐずしていたのかもしれないし、正直にと言われて案外さらっと書いてしまったのかもしれない。


 屋根の上でいつまでもひっくり返っている場合ではないのだ。


 あさがいま手にしている、伊里野の入部届の「入部を希望した理由」のらんにはただひと言、こう書かれているのだ。



 浅羽がいるから



 なのに。


 UFOの夏の空の下で、腰抜けの浅羽はひっくり返ったまま身動きもしない。一体いつまでそうしているつもりなのだろう。風がぎ、かわらはいつまでも背中に熱く、音楽室でブラスバンドが退屈なメロディを適当にかなで、グランドでは金属バットがボールをたたいた。


 しかし、今の浅羽の耳に聞こえているのは、セミの声だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます