ラブレター 11/19

 朝から無茶苦茶なことになってしまった。


 一限目を生き延びた浅羽は、とにかく伊里野に説明をしなければならないと思った。新聞部の活動内容や部長の人となりについての説明をして、それでも入部したいということであれば歓迎するし、もしだめだったら──


 そのときは、自分がもう一度誘ってみよう。


 大胆極まりない水前寺の行動を目にしたえいきようか、わりとすぐに覚悟は決まった。浅羽は席を立ち、背後を振り返り、


 いない。


 教室の一番後ろの、廊下側から三番目の席にがいない。ヒマワリの花束が「2─4」と書かれたバケツに入って伊里野の机の横に置かれているだけ。あさはあわてて周囲を見回した。教室から出ていこうとしている伊里野の背中を危うく見逃すところだった。


 どこへ行くのだろう。


 浅羽はその背中を追いかけ、すぐに追いついてしまいそうになって歩調をゆるめ、少し距離を置いて伊里野の後をついていった。きんちようする。まずは何と声をかければいいのか、どこから説明するべきか。そんなことをぐずぐずと考えているうちに、一階の正面入り口まで来ていた。来客用のほこりっぽいばこと、古ぼけたスノコの上にばらかれたスリッパと、万年カーテンが引かれたままの受付窓口と、その横に並んでいる三台の公衆電話。


 伊里野は右端の公衆電話に歩み寄って、財布からグレーのカードを取り出した。


 どきりとした。


 間違いなかった。形も手触りもテレホンカードのような、正体不明のあのカードだ。


 伊里野は受話器を上げて、そのカードをスリットに挿し込んだ。


 浅羽は目をらす。伊里野の指の動きを凝視する。


 #、0、6、2、4。


 そうナンバーして、伊里野は受話器に耳を押し当てたままだまっている。相手が電話に出ないのか、それとも何かの情報サービスを聞いているのか、伊里野はまるまる一分近くそうしていた。やがて受話器が置かれ、伊里野は電話機から吐き出されたカードを抜き取って、浅羽が予想していなかったタイミングで振り返った。


 ばったりと目が合ってしまった。


 凍りついたように伊里野の動きが止まる。浅羽はとっさに何食わぬ表情を取りつくろって、


「──電話してたから、声かけづらくて」


 伊里野は押し黙っている。まばたきもしない。


「あ、あのさ、今朝はごめん、びっくりしただろ? いきなり花持ってきたあの人、うちの部長なんだ。きのう伊里野のこと話したらさ、ぜひ入部してほしいって言い出して。たまに突拍子もないことするけど、別に悪い人じゃないから」


 無言。


「だからその、ぼくも新聞部なんだ。どうあき、ってわかるかな、あいつもそう。今のところ部員は部長と晶穂とぼくの三人なんだけど、」


 そこで浅羽はひとつ息を吸い込み、腹の底で度胸と混ぜて燃やし、言葉にして吐き出した。


「──つまり、えっと、伊里野がもし入部してくれたら、四人になる」


 当たり前である。


 とはいえ、とんちんかんなその物言いが、今の浅羽にとっては精一杯の勧誘の言葉だった。


 言うだけは言って、あさは自分のつま先に視線を落とした。ちんもくが続き、その沈黙に耐えきれなくなって、


「あ、あの、決めるのは今すぐでなくていいんだ、ゆっくり考えて、」


「いそがしいから」


 いきなり、はそう言った。


 伊里野はそう言うなりきびすを返し、浅羽が何を言う間も与えずに、浅羽を振り切るように走り去ってしまった。


 伊里野の口にしたひと言が、浅羽の頭の中でわんわんとはんきようする。


 いそがしいから。


 独特の、不器用な感じのする口調。


 どういう意味なのだろう。「今は忙しいから詳しい話を聞いていられない」という意味なのか、それとも「色々と忙しいから部活動にはつき合えない」という意味なのか。


 しかし、やるだけはやったのだ、と思う。


 きんちようの反動で気が抜けた。教室に戻ろうと思い、足を力なく踏み出しかけ、


 ──グレーのカード。


 立ち止まる。


 周囲を見回す。だれもいない。


 このあたりは教室からも遠く、普段から人通りも少なく、校舎のけんそうも遠い残響のようにしか聞こえない。浅羽は息をひそめ、さっきまで伊里野が使っていた右端の公衆電話の前に立つ。受話器を取り上げる。


 昨日、伊里野のかばんから抜き取ったグレーのカードを財布から取り出す。


 受話器に耳をすまし、カードをスリットに挿し込む。


 ノイズ、続いてなじみのある発信音。


 ゆっくりとボタンを押す。


 ナンバーは、#、0、6、2、4。


 呼び出し音すらも聞こえず、回線がいきなりどこかにつながった。


 女性の声を模した合成音声がしやべり始めた。



『こちらは、アドバンスト=JSTARSデータリンクです。端末、S、S、0、9、8、1、1、3、よりピクチャーコールが申請されました。現在時刻は、1、0、0、4、作戦行動中のAWACSは、ナヴァホ02、シールド01、シールド02、ゴーリキー05、以上の、4、機です。状況を報告します。ナヴァホ02、ピクチャークリア。シールド01、ピクチャークリア。シールド02、ピクチャークリア。ゴーリキー05、ピクチャークリア。り返します。ナヴァホ02、ピクチャークリア。シールド01、』


 どこかすぐ近くで、セミが鳴いている。


 たたきつけるように受話器を置いた。


 吐き出されたカードを引ったくり、あさはその場から逃げ出した。


 セミのいないところ、人のいるところに行きたかった。


 二階に駆け上がり、廊下の人通りに身を紛れ込ませてようやく少しだけ安心した。廊下の水道で吐きそうになるまで水を飲んだ。腕で口をぬぐい、


 そのしゆんかん、やっと思い至った。


 #0624。


 六月二十四日は、全世界的に、UFOの日だ。

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