ラブレター 9/19

 水前寺がめんをたぐる手を止めて、ふと思い出したように、


「よお、そういやどう特派員は?」


「──え、ああ。晶穂なら防空委員で遅くなるから今日は帰るって言ってましたけど」


 水前寺は舌打ちをして、


「そうか、あしたヒナン訓練か」


「防空訓練、でしょ」


「ばぁか、あれのどこが『防空』だ。サイレン鳴ったら廊下に並んで頭抱えてカメんなったりシェルターの前までよちよち歩いて整列して人数かぞえたり。あんなヌルい訓練でくうばくから生き残れるんならだれも苦労しねえだろ。どうひいき目に見たってな、しんカミナリ火事オヤジにも役に立ちゃしないよ」


 すいぜんにふんぞり返って天井を仰ぎ、


「ったく、んな委員会サボれっつの。あいつが来なきゃ次の号の割り付けもできん」


「そうそう、次の号の特集どうするんです? 山ごもりはまるっきりのスカだったし、あんなの記事にしたってしょうがないでしょ」


 むふう、と水前寺は考え込んで、


「──あさ特派員。次の土日は空いているか」


「はあ、今のところは」


 椅子をきしませて水前寺は身を乗り出し、


「浅羽特派員、かくなる上はだな、カメラ片手にそのはら基地の立ち入り禁止区画に片っ端からもぐり込んで、UFOのざんがいでも宇宙人の死体でも撮り放題というのはどうだ」


 浅羽はきっぱりと答える、


「100パーセント捕まります。やるなら部長ひとりでやってください」


「写真さえ撮れれば捕まったってかまわんだろ」


「フィルム没収されたら撮れなかったのと同じじゃないですか。言っときますけど、米空のしきないで逮捕されたら日本の少年法なんてのツッパリにもなりませんからね。きっとじようかけられて取調室に放り込まれて、部長お得意のケツの穴まで調べられますよ」


 ケツの穴について補足しておこう。しんれい現象が水前寺ブームであった今年の春、水前寺と浅羽は幽霊が出るといううわさのある駅の女子トイレを夜中にせんにゆう取材して110番されたことがある。


 五月号の記事には書かれていないのだが、まずいことにこのとき水前寺と浅羽はなんと女装をしていた。もちろん水前寺の発案で、その理由は女子トイレへの潜入取材だからというよりもむしろ、噂によればくだんの幽霊は「恋に破れて首り自殺を遂げたOLの幽霊」で、「自分よりれいな女性がトイレに入ってくると後ろから首を絞める」と言われていたからだった。妹の制服を持ち出して着ていた浅羽はそれでも意外と見られる感じだったのだが、身の丈六尺近い水前寺がおかんの買い物ルックに身を固めた様はただのホラーだった。近所の人に気づかれて110番され、パトカー姿を目にした浅羽はパニックに陥ってとにかく夢中で逃げてしまったのだが、水前寺はその場を一歩も引かずに自ら生徒手帳をけいかんに提出し、「自分は取材活動中のジャーナリストである」と主張してゆずらなかったらしい。水前寺はそのはら署に連行されてげんじゆう注意を受け、翌日の放課後になって晴れがましい笑顔で部室にがいせんし、ポケットからフィルムを取り出して浅羽に投げてよこしたのだ。


『こ、これ! これもしかしてゆうべのフィルムですか!? よく没収されませんでしたね!?どこに隠してたんです!?』


 これぞジャーナリズムの勝利であると言わんばかりの笑顔を浮かべ、すいぜんは部室長屋を揺るがすほどの大声で答えるのだった。


『ケツの穴だっ!!』


 結局、そのフィルムは記事には使われずじまいとなった。怒り狂ったあきが軍手をはいた手で焼却炉にぶち捨ててしまったからである。しかし、あさは今でもそのことを残念に思っている。紙面には出さないまでも、せめてフィルムを現像してみたかった。


 あるいは、ひょっとしたら、何かが写っていたかもしれない。


 この世ならぬ、何者かの姿が。


「まだまだ甘いな浅羽特派員。ケツの谷間以外にも『穴』は色々とあるのだよ」焼きそばのカップを手に水前寺は不敵に笑う、「例えばだな、デジカメとノートパソコンと携帯を使って、撮ったはしからFTPで基地の外に飛ばしてしまえばいい。ノートパソコン側にログを残さなければ、我々が逮捕されても画像ファイルは守りきれる」


「──しまいにゃ拷問されますよ」


「浅羽特派員。君はフーファイターの真の姿をその目で確かめたくはないのか。ジャーナリストとして一度くらいは地面に突き転がされてミランダ警告を聞いてみたいとは思わんのか。いやあいいなあ、考えただけでぞくぞくするなあ」


 水前寺のこういう発言はどこまで本気かわからないところがこわい。真剣に引きとめておいた方がいいのだろうかと浅羽が思ったそのとき、


「あ」


 そのことに、やっと思い至った。


「──そうか。に頼めばいいかも」


 水前寺はげんな顔をして、


「浅羽特派員。何の話かね」


「ええっと、つまりですね、今日うちのクラスに転校生が来たんです。伊里野っていう女の子なんですけど、お兄さんが航空自衛軍の士官か何かで、今は園原基地の居住区に住んでるって話だからまあ、立ち入り禁止の区域はダメでしょうけど基地の中をちょっと見学するくらいだったらうまく頼めばもしかしたら」


「浅羽特派員っ!! なぜそれを早く言わんのかねっ!!」


 浅羽はから転げ落ちた。水前寺は食べかけのカップ焼きそばをぶん投げて立ち上がり、かべにかけられたコルクボードに駆け寄って、「よかった探し表」に「イリヤ」というらんを書き加えてシールをいきなり十枚もった。


「ついてこい浅羽特派員っ!!」


「は、はあ!?」


 すいぜんが部室から飛び出していく。わけがわからないままにあさはその後を追ったが、100メートルを十一秒で走る水前寺の全力疾走は浅羽ごときが追いつけるようなものではなかった。グランドを横切り昇降口に飛び込み、最初の角を曲がったあたりで浅羽は水前寺の背中を見失ってしまったが、水前寺の行く先々で「きゃー」とか「わー」とかいう叫び声が上がるので、その後を追いかけているうちに水前寺の行く先の見当はついた。


 浅羽が息を切らしてたどり着いた二年四組の教室は、窓から入る西日に染まっていた。


 教室に残っていた数人の生徒が、突然の水前寺の乱入にあつにとられている。


 水前寺は教室内をじろりと見回し、


「浅羽特派員。宇宙からやって来た転校生というのはどれだ」


 そんなことはひと言も言わなかったのに、水前寺の頭の中では早くもそういうことになってしまったらしい。


「、い、は、五限目に、ほう、放送で、呼び出されて、早退したって、」


「浅羽特派員。まだどこの部も転校生に目をつけてはおらんだろうな」


 浅羽はけんめいに息を整えながら首を振った。確かめたわけではないが、どこかの部が伊里野をスカウトする理由はないだろうと思うし、伊里野の方からどこかに入部したいと申し出ているようなこともないだろう。


「部長、もしかして、伊里野を、」


 水前寺はきっぱりと言い切る。


「おうよ。転校生はうちがいただく。他の部に出し抜かれるようなことがあってはならん。我らがそのはら電波新聞部は、優秀な人材を常に必要としているのだ」


 本人にその気がなかったらどうするのだ、と浅羽は思う。


 が、こうも思う。もし伊里野が新聞部へ入部すれば、それはつまり、「クラスの連中の前で伊里野と話をしても角が立たない口実」になるのではないか。


 そして、こう思った。もし伊里野が新聞部へ入部すれば、わからないこと尽くしの今の状況の「何か」がはっきりするかもしれない、と。それがどんなかまであれ、中に水前寺を放り込めば化学反応が劇的に進行して、何らかの結論が必ず出るのだ。


 真っ向西日を浴びて、水前寺はくくく、と不敵に笑う。


 二学期最初の一日がようやく終わる。


 ひぐらしが鳴いていた。

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