ラブレター 8/19

 まさに水と油、顔を合わせればいつも言い争いばかりのすいぜんくにひろどう晶穂であるが、この両者に共通する特徴がふたつある。


 ひとつ。ジャンケンに強い。


 ひとつ。よく食う。


 すいぜんは腹に虫でもいるのではないかと思うくらいに食うし、あきは腹にガキでもいるのではないかと思うくらいに食う。そのはら中学校のすぐ近くにある定食屋『しみず』は新聞部の第二の部室のようなところだが、ひとりだけライスが普通盛りでお代わりもしないあさはいつもおばちゃんにからかわれる。男でしかも身体からだのでかい水前寺がどかメシを食らうのはまあ当然なのかもしれないが、晶穂がそれに負けないくらい食うというのはちょっとすごい。ふたりとも弁当箱は気が遠くなるくらいでかいし部室でもしょっちゅう何か食っているし、あれだけ食って少しも太らないのは傍目にも不思議と言えば不思議だったが、これはつまり「どのくらいのキアイで日々を生きているか」という問題なのではないかと浅羽は思っている。


 そして、水前寺は今日も食い物を手に部室にやって来た。アンパンとカツサンドをがつがつと平らげ、見るからに身体に悪そうな色のジュースを投げ込むように飲み干して、


あ?」


 一秒間だけ考えて、水前寺はこう言った。


「どこのAV女優だそりゃ。インディーズか?」


 自分だって演歌歌手みたいな名前のくせに、と浅羽は思った。


「やっぱいいです」


 浅羽はふてくされてそっぽを向いた。やはり部長に相談してみようというのがそもそも間違いだったと思う。水前寺は購買部の袋からさらにおにぎり三個を取り出してもりもりと食い始め、二個目を平らげたところで浅羽を横目でちらりと見て、


「あふあばほふふぁいん」


「は?」


 水前寺はぎろぎろしたのどぼとけをごっくりと動かし、一杯になっていた口の中を一発で空にして、


「浅羽特派員」


「なんですか」


「ココロの扉を開けて耳をすませてみるとだね、何事かを思い悩んでだれかに胸のうちを話したいと願う少年のため息がどこからともなく聞こえてくるのだが、やはりこれは気のせいなのだろうか」


「気のせいですね」


「ならいい」


 水前寺はあっさりと引いた。購買部の袋から今度はカップ焼きそばを取り出して、晶穂の私物の電気ポットからお湯を注ぎ始める。半ばあきれ顔でその様子をながめつつ、浅羽は教室から持ち越した考えごとのしつを頭の中で引きずる。


 とにかく、伊里野と話をする機会が欲しい。


 まずはあやまりたかったし、聞きたいことだって山のようにあるし、クラスの中で孤立しているのなら、せめて話し相手くらいにはなってやりたいとも思う。


 とは言うものの、と一緒に自分までのけ者にされてしまうのはやっぱり嫌だった。たとえあきに超腰抜けと言われようが、それはどうしようもないあさの本音だ。


 頭をひねる。せめて、何かそれらしい口実があればと思う。


 クラスの連中の前で伊里野と話をしても角が立たないような。


「──にしても今日はまた、一段と食いますね」


 焼きそばのお湯を窓の外に捨てていたすいぜんはくるりと振り返って、


「昼休みにいきなり呼び出されてな、メシ食うヒマがなかったんだ」


「呼び出されたって、だれからですか。先生ですか、それとも番長グループですか」


「一年生の女子だよ。えらくお上品な手作り弁当を一緒に食うハメになった」


 食ってんじゃん、と浅羽はつぶやく。


 そして、珍しいな今ごろ、と思う。春先に新入生女子の間で必ず発生する「水前寺モテモテ現象」は、一学期の中ごろになれば自然に落ち着く。そのころまでには水前寺の人となりが知れ渡るからだが、ひとりで思いつめて勘違いを持続させ、とんでもなく流行遅れのラブレターを寄越したりする手合いもたまにいるのだ。


「で、どうでした?」


「どうもこうも、あんなちまちました弁当食ったうちに入るか」


「いやだからそうじゃなくて、話してみた感じとか、」


「話にならん。ジェシー・マーセルの名前も出てこんようではしよせんおれの敵ではない」


 水前寺さん。女の子が一生けんめい作ったお弁当をふたりで一緒に食べているときに、あなたはなぜロズウェル事件の話をするのですか。


 浅羽は仏像のような気持ちで、名も顔も知らぬ一年生の女の子に思いをせた。強く生きていってほしいと思う。そして、やっぱり部長に伊里野のことを相談しても無駄だと改めて思う。仮にに話を聞いてくれたとしても、せいぜいこんなことを言われるのがオチだ。


 あやまりたいなら謝ればいい。


 聞きたいことがあるなら聞けばいい。


 話し相手になりたいのならなればいい。周囲の目など気にするな。


 それはそれでものすごく正しい意見であるような気もする。が、それができるくらいなら浅羽だって最初から悩んだりしない。

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