第74話・新米魔物の質疑

「あー…─」


 ビシビシと飛んでくる[ナニ笑ってやがんだテメェ]と言わんばかりの鋭くも恥ずかしそうな視線の数々、高山はそろりと視界を横へ流しながらほほを軽く搔く。少しして、投げ付けられる視線の鋭さの割りには、自分を責めるような言葉が一つも飛んでこない事に気づいた高山が、[はて?]と首を傾げた。彼等はまさに目の前で爆走教師・長谷寺が放った、あの尋常じんじょうではない破壊力を持つ蹴りを、見事に受け止めて背後の不良生徒たちの身を守った彼の姿を見ていたのだ。そして忍や黒腕を含む数名を除いたクラスメイトたちは、高山と長谷寺は親密過ぎると感じていた、ただの生徒と教師では決して無いと、着任してから長谷寺は毎回問題を起こしている、高山は都度、彼とその他の存在との間に入ってきた。


 校舎やグラウンドをクレーターだらけにした3Dでの[鬼ごっこ事件]、美術のデッサンで実弾入りの銃を持ち出した1Dでの[ライフル銃発砲事件]、そらを描こうと行った先の屋上で鉢合わせたイジメに対して注意をしたいと何故か蹴りを放ち、校舎の一部を切り落とした今回の2Dでの[校舎崩落こうしゃほうらく事件]、他にも彼の余罪よざいを挙げればよくもこれ程と思わずにいられない位には色々やらかしているが、それにしても短期間のうちにD組の生徒たちですらドン引きする程の状況を作り出した。もしこの学園に高山が居なければ、事はもっと深刻な状態になっていただろう、誰に問うまでもなく学園内で死人が出ていたと容易に推察できる。学園内での事件に関しては、すんでのところでいつも高山が防いでいるのだ、まるで一分一秒も惜しまず彼から目を離していないとも取れるほどに。


「晃ちゃん!絵の具と紙ーっ!」


「ありがと、紫陽花」


 長谷寺が絵の具と画用紙を持って笑顔で高山のもとに走り寄っていく、微笑みながら道具を受け取る彼の表情に、クラスメイトたちは一瞬ゾッとした。長谷寺の視線が青空に向かった刹那、高山の視線が彼等をとらえたのだ。形の良い灰色の眼の奥から、そよ風になびく薄い薄い…しかし研ぎ澄まされた刃物のようなころもに包まれた感覚に陥った。[誰一人、逃げるな]彼の唇は確かにそう動いた、長谷寺の居場所を守るための脅しだ、そしてソレは強烈なメッセージとしてクラスメイトたちの脳に焼き付けられた。今日、忍を含む[BillyBlack]のメンバーはこの日に此処ここへ来て良かったと心底感じていた、でなければ、実際に長谷寺の力を見ることも無く、学園内での高山が彼の安全装置として動いているのを知ることも無かった。全員が、その身を硬直させている中で神様一年生の忍が口を開いた。


「センセー、あー…高山とは何時いつからの付き合いなんだ?」


「んっ?えっとねぇ…コレくらいの時からっ」


 長谷寺は自身のひざ関節の辺りで、手のひらを床に対して水平にして見せた。生徒たちは皆驚いた顔をしている、時期外れの転校生と個性的すぎる教師が幼馴染みだとは思ってもいなかったのと、こうなると二人は一体なんの為に嵐堂学園へやって来たのか、そう考えられずには居なかった、忍や、その側近達以外は…。忍たちは創造主から聞かされていた情報で、彼等が何故この世界ページにいるのかは知っている、ただ二人が共有してきた時間や記憶、想いや覚悟、そういった深層部分に関しては全く知らされていなかったのだ。彼等は神域級の魔物で、片方はせかいの創造主でさえ手を焼くほどの大物の邪神である、さらに片方は他の神々に勝るとも劣らない力を持ち邪神を制御する役割を果たしている。忍は、創造主からそういった彼等の特徴を少しだけ教えてもらっていた、身体の成長がいちじるしく遅いことも。長谷寺や高山がそうである様に、不老不死の魔物の中には頭脳は別として、ある一定の年齢までは身体が成長し続けるしゅもいる、成人の姿になる迄の、その歳月たるや、想像も及ばぬ程の長さであろうと彼は見当けんとうを付けた。





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