第73話・一年D組、影の支配者

 彼は今まで、波乱万丈な人生とはほぼ無縁な地域で暮らしてきた。金銭的に余裕のない今井家、両親は息子のために働きに出たのだ。ギリギリ進学出来たのが、不良の巣窟で暗黒街の者達の支配下にあると言っても差し支えない、亜型や魔物が闊歩かっぽする嵐堂学園だった。祥司からの余りの勢いに押されつつも、今井は何とか現状を身振り手振りで説明した。


「あ…えーと、僕の両親は…二人で赴任してて居なくて、中心部の下宿にお世話になってるんだ。だから…─」


「なるほどっ!じゃあ俺の家に下宿先を変えようっ!コレで一緒にいられるねっ」


 なんとポジティブなのか、押しが強いどころの話ではない。この物騒な地域で自分の力がどこ迄の影響力を持つかという事を、彼はシッカリと把握していた。祥司は[BillyBlack]の一員ではない、しかし相川組若頭の息子だ、当然、組の中には[BillyBlack]に所属している者もいる。例えば今井が彼の世話係となったとする、そうすれば何者かが今井を襲撃した途端に暗黒街で、情報が飛び交い、相川組傘下の黒柳組が動く、事と次第によっては圧倒的に敵側にとって不利な抗争が勃発ぼっぱつするのだ。捕まった襲撃犯や襲撃に関係した者たちは拷問を受け、完全に社会から抹消される。態々わざわざそんな面倒事を起こすような者は、もうこの暗黒街には存在しないだろう。暗黒街事情を全くと言っていいほど知らない今井は、別の事を心配していた。そっと視線を祥司に合わせて遠慮がちに、言葉をつむぐ。


「…でも…キミの家の人達に迷惑なんじゃ…」


「晃一さんからのお願いだしっ!今日からキミは今までのセカイには居られない─それに、俺がキミと居たいんだよ、一稀くんを守りたい」


 同い年で、身長は同じくらい、美しい少年と可愛らしい少年、育ちや心は瞳に宿やどる。祥司が言葉にしていない覚悟や意思も、今井が狼狽うろたえるほど真っ直ぐに伝わった。屋上からこの教室へ来るまでに高山からD組とは何であるのかを聞かされ、いくつかのルールも説明された。現時点でなんの力も持たない今井の場合なら、誰かの保護下に入ったほうがいと高山が考えたのも納得がいく。だが何故なぜそれが目の前の少年なのか、高山と親しいのは見ていて分かったが、まだ彼は今一つに落ちないでいた。


「えっと…あの…─」


「ああっ!名乗り忘れてた何てことだ!俺は桐沢 祥司!祥司くんって呼んで!!あ、ちょっと待っててね、うちの奴に一稀くんの荷物取りに行かせるから」


 よく人の言葉をさえぎる少年である、今井の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた[うちの奴]とは誰なのか、彼は学園都市に付随する暗黒面をあまり知らずに生きてきたのだ。祥司が極道の息子だとは思いもしない、彼の家が、どデカい平屋の屋敷で、血の繋がった家族以外の人物たちが常に数十名、住み込みでいる等とは。今井がA組からD組に移って一番に覚えたのは、ガッツリと自己主張をしてきた祥司の名前だった。携帯端末を手にして短い遣り取りを済ませた彼が、教室の後ろのほうに積み上げられている机の山の中から、比較的状態のい机と椅子を選んで床に置くと、クラスメイトの一人に[A組から一稀の荷物を]と指示して今井の荷物を取って来させた。ココ迄きてやっと、桐沢 祥司とは一体何者なのかと、ほとんどの生徒たちが思った。


 さて、ここで1Dの教室に漂う混沌とした空気は横へ置くとして、軽い足取りで校舎の屋上に戻ってきた高山は、ドアを開けて目の前に広がっている光景に対して笑いをこらえるので必死だった。口を両手でふさぎ、肩を震わせている姿は、長谷寺の[おかえり晃ちゃん]という言葉を受け、ひたすら空を見上げて青い絵の具で画用紙にペタペタと塗り続けていたクラスメイト達の視界に入ってしまった。





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