第44話・学園都市と暗黒街

 自分たちが経験したこと、知っている事の全てを互いに語り合い、九埜が持っていない身分証や戸籍をセラフィーノが用意して、治安は悪いが、この一帯では比較的安全とされる学校内にいられる様に、資格を偽装して彼女は嵐堂学園の教師となった。これが、彼女が此処ここにいるにいたった経緯だ。手に持つティーカップから、最後の一口を喉へ流し込むと、マイ電気ポットの下にカップを持っていき紅茶をそそぐ。


 そこへ、いったん職員室へ連れて行かれていた長谷寺がやって来た。爽やかな笑みを浮かべている彼の後ろには、監視役の幸嶋と、息が荒い疲れた様子のアシスト役、吉川の姿があった。物凄く嫌な予感がしてきた九埜とセラフィーノが、ゆっくりと長谷寺から視線をはずす。彼と関わる事で、自分たちに火の粉が飛んでくるなどという状況を作ってしまうのは、でも避けたかった。セラも九埜も、面倒事に巻き込まないでくれと言わんばかりの、あからさまな態度であるのに、長谷寺には全く通じない。幸嶋は片手で顔をおおい、吉川は両膝りょうひざに手を置いて床を見詰めている。


「真日留ちゃん!セラくん!きょう一緒に帰ろっ!おいしいお酒があるよっ」


「…え」


「じゃっ!約束ねっ!ガッコー終わったら迎えにくるっ」


「えっ、ちょっ…─」


 視線をしっかりと外している相手に対して、言葉を交わすことなく勝手に約束を取りつけた長谷寺は、颯爽さっそうと3Cの教室を後にした。九埜も他人の事を言えた義理ではないが、それでも長谷寺が初日に壇上へ上がった時に[おかしなヤツが来た]くらいには思っていた。呆然ぼうぜんとしている二人に、幸嶋が申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「すみません、九埜先生。あとで一応説得はしてみます…たぶん無理だと思いますけど」


「俺からも言ってみますんで、まぁ…うん」


「あぁ…一応、お願いするッス」


 おそらく、彼は終業時間を過ぎればすぐに迎えに来るだろう事を悟った九埜は、面倒極まりないが仕方なしといった様子で溜息を吐き、そそいだばかりの紅茶を再びすすり始める。幸嶋は、3Cの教室を後にして吉川と別れると、先ほどの女性教師について考えていた。実は九埜、幸嶋や吉川が嵐堂学園にやって来る前から、この学園の教職にいていたのだ。


 .[BillyBlack]ほどに多大な影響力を持ち、情報収集や戦闘行為にも長けた組織でも、極稀ごくまれに一切正体が掴めない存在がいる。その中に、九埜 真日留とセラフィーノも含まれていた。彼等は、情報を掴まれそうになると、その瞬間にフッと消えてしまう。そして、何事も無かったかのように戻って来るのだ。もしかすると、これは良い機会なのではないか、そう思った幸嶋が忍に連絡を入れてみると、彼からGOサインが出た。


(さて…彼等の敵意を買わないように気をつけないといけませんね…)


 暗黒街は長谷寺の正体を、学園都市は長谷寺が関心を示している九埜の正体を、それぞれ追う事になった。ちょうど同じ頃、別の世界ページで丸いテーブルを囲み、水晶に映し出される他の世界ページの風景を話題にして会話に花を咲かせ、茶会を開いていた黒魔女アデライン・ブラッドローと、彼女が育て上げ独立した魔法使いたちが、一斉に茶をいたり、喉に引っ掛けて咳き込んだりするという珍しい光景が広がっていた。


「師匠、ちょっ…あれ、あの今映ってたの」


「あんなの…ありですか?」


「落ち着け、とにかく落ち着け…」


(全く…あんな化け物がいつの間に…なぜ誰も気づかなかったんだ)


 彼女達が見たのは、幸嶋が去ったあとの3Cの教室。疲れた表情で初夏の風に金色の髪をなびかせ、チビチビとカップの中の紅茶を飲む九埜と、彼女の肩でくつろぐセラフィーノだった。黒魔女アデラインたちが驚いたのは、かすかに見えた二人がまとうオーラだ。九埜とセラフィーノ、黄金と漆黒、神がまとう色の中でも最も恐ろしいとされる色と、誰よりも何よりも罪深い者が纏う色がセットで目に飛び込んできたのだ、黒魔女アデラインたちは深呼吸をして、見てしまったこの件についてどう対処するか話し合いを始めた。





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