第38話・待ち人

 長谷寺の側頭部にそっと差し込まれた髪留めをいろどる宝石が、まばゆい光を放つ。すると彼の長く美しい闇色の髪が、ひとりでに三つ編みを結い始め、豊かな丸みを描いてしずくのような形へと纏められていく。その髪の動きの一部始終を見ていた高山は、仕上がり美しさに見惚みとれ、髪留めに込められている魔法陣の力に感嘆の溜息を一つ吐いた。


「さすが黒魔女様…凄く綺麗だよ、紫陽花。ほら、見てみなよー」


 そう言いながら長谷寺の両肩に手を置いて、姿見すがたみの前まで彼を移動させる。ダボダボのスウェット姿ではあるが、鏡に背を向けて一所懸命に振り返って髪を確認すると、自分の長い髪が美しい鈴生り状になっているのが見えた。彼は、またこの髪留めを付けられた事と、まとめ髪の姿になれたのが嬉しくて嬉しくて、とても柔らかな微笑びしょうを浮かべると、高山に礼の言葉を伝える。


「ありがとう、晃ちゃん。僕、凄くうれしい」


「どういたしまして」


 彼の笑みを見るのが、高山はとても好きだった。理屈抜きに深く可愛がる…そういった類いの鍾愛しょうあいの念を、長谷寺に対して持っている。その姿をしばらく見詰めていた高山が、ハッとして腕時計を確認すると、時刻はもう八時二十分を過ぎようとしていた。鏡の前からテーブルに置いてあった宝箱を手にニコニコしている長谷寺を余所よそに、高山は急いで彼の服が大量に入っているクローゼットへ向かう。


 せっかく久しぶりに、結紐ゆいひもではなく髪留めで纏められた美しい状態になっているのだから、服装も合わせようと、ふんだんにフリルがあしらわれた白いシャツ・幅広の深紅のリボンタイ・サスペンダー・焦茶色のスラックスを選び、長谷寺を呼び寄せた。故郷で彼に贈られた髪留めは、持ち主か、主人に触ることを許された者しか外せない。多少雑に扱ったところで、纏まった髪が乱れることも無い。


「はい紫陽花、服選んだからバンザイしてー」


 ゆえに、長谷寺にバンザイをさせてスウェットの上下をサッと脱がせ、高山は自分が選んだ服を彼に着せてゆく。長谷寺自身に着替えを任せても良かったのだが、時間が無いことを理解すると、彼は途端に慌てはじめ余分に時間をついやしてしまう。それを充分に理解しているからこそ、高山はされるがままの長谷寺に、こうして何かしらの準備をほどこしてやる事に慣れていた。あっという間に身支度を済ませると、今度は何か忘れ物はないかと確認していく。


(陽が昇る前に血は飲んだから、お腹は吸いてないでしょ、あとは箱とスウェットと─)


「紫陽花、宝箱どうする?」


「迅ちゃんトコ持ってくっ」


「はいよ。じゃー、人型になってねー」


「はぁい!」


 このマンションに、長谷寺が戻る頻度はあまり高くないだろうと予想しての質問に即答した彼は、高山の言う通り指をパチンッと鳴らして人間の姿になると、頷き合って二人でベランダのほうに歩いていった。人型になっても髪留めをしている限り、長谷寺の髪は魔物姿の時と同様の髪量のままなのだが、どうにかなるだろうと割合い雑な思考で済ませた高山は、口に風呂敷包みをくわえ、本来の姿に戻り、自身の背中に長谷寺が飛び乗ったのを感じてそらを駆けていく。


 BAR[REI]の上空に着いた高山は、咥えた風呂敷包みはそのままに、人型になると同時に長谷寺の身体を横抱きにして、ドスンッという重い音をたててドア前に降り立った。ほぼ同時に[REI]のドアが開き、長谷寺の帰りをだかだかと待っていた迅が顔を出す。彼は目の前にある様子に動きを止めた、風呂敷包みを咥える見知らぬ男…高山と、彼に横抱きにされ小ぶりな箱を大事そうにかかえている待ち人。これは一体どういう訳なのか、思考は空回りで高速回転をしていた。





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