第16話・無理だった

 長谷寺の姿を確認する間もなく、フェンスがにぶい音を立てて大きく揺れる。[ズドドドドドッ]と鳴り続ける音は、逃げる高山のあとを追うように走り続けていた。物凄い勢いで近づいてくる余裕がなさそうな高山と、そのうしろから迫ってくる土煙つちけむりを見て、D組の生徒たちだけではなく、他のクラスの生徒たちや教師たちも何事かとその様子を見守っていた。


 校舎の壁を駆け抜けていきながら、高山がほんの一瞬、背後を振り返ったその動作に合わせて放たれた何かがドスドスと音を立て、彼の動きを完全にふうじた。目で追うことも困難こんなんな[鬼ごっこ]が終わったのだと、何となくそう感じた3Dメンバー、あのすさまじい音を立てていた物は一体何だったのかと、二人が破壊しながら通って来ただろう道すじを辿たどってみた。


「やったーっ!勝ったーっ!」


「いやいやいや、真面目に追いかけて来ないでよー、そりゃ負けるってー」


 鉄筋コンクリートで出来ている校舎の壁に、大量の小枝こえだが突き刺さっていた。よく見ると高山のジャージの襟元えりもとにも、数本の小枝が突き刺さっており、それが彼の身体を壁に張りつけている。一連の動きのどこに[鬼ごっこ]の要素があったのかと、D組の少年たちは思った。強いて上げるならば、追う者と追われる者に分かれていた事だけだろう。


 二人の故郷では、鬼人きじん魔人まじん妖魔ようまたちを相手にうたげ余興よきょうとして行われるもので、不死種族以外にとっては命懸いのちがけの遊びだが、面白がって参加する者はあとを絶たない。降りるために小枝を抜きながらこぼされた高山の泣き言を聞いて、スッカリいつもの調子で追いかけてしまっていた事に気づいた長谷寺は、コレが生徒たちに教えるための練習だったことを思い出した。


「はいっ!コレが鬼ごっこのやり方だよー」


「や、無理だわセンセー」


「やった瞬間に死にそーな気がしてきたわ」


 ニッコリと笑みを浮かべて生徒たちのほうを向いて言ってみたが、どうにも腰が引け気味の生徒たちを見て、彼は千歳と石川を見ながら首をかしげる。すぐとなりに、小枝を抜き終えて着地した高山は苦笑していた。その笑い声を耳にしてムッと不満そうな顔をした長谷寺は、彼を見上げながら何がいけなかったのか分かっていない様子でいる。高山は、長谷寺の耳へ手を添えると、少し腰をかがめて耳打ちをした。


 ─彼等ふたりは我等と違うから─


 それを聞いて、そういえばそうだったと納得顔でうなずく。そして、彼は生徒たちにペコりと頭を下げると、申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「なんか武術ムリっぽい!がくえんちょーに言ってみるねー」


 どうやら、自分が受け持つ生徒たちを相手に身体を動かす授業をすれば、先輩教師である吉川が教えてくれた[守るべき存在生徒]を殺してしまいそうだと悟ったらしい。ここは、今回自分をこの世界ページに放り込んだ彼に、チャッチャと設定をいじってもらおうと決めた。学園長に物申すなど、面倒極まりない。


「そうしてくれ…」


「命がいくつあっても足んねぇってー」


 初出勤の今日、彼はこのあとの全ての授業で、図書室で見つけたお気に入りの本をながめ続けていた。時々生徒が、菓子かしを持ってきては長谷寺に与える。そのさまは、まるで小動物などを餌付えづけをしているようにも見えた。生徒たちが教室でタバコを吸おうが、酒を飲んでいようが、長谷寺は全く気にしていなかった。基本的に[彼らがやりたくてやっている事には何も言わない]と、そう決めていた長谷寺は、妙にオヤツが増えてきていると感じながらも、他の授業の担当教師が来ている時も変わらなかった。そんな中、不意ふいに何かを思い出した彼は、ポケットから携帯端末を取り出し、ある人物を選んでダイヤルボタンを押した。今朝赴任してきたばかりの教師・長谷寺はせでら 紫陽花あじさい、その姿に、不思議そうな眼差しをむけている。


「もしもーしっ!僕、美術のセンセーならできるんだ!お絵描き好きだし!…うん!じゃあお願いしまーすっ」


 電話向こうの人物が誰なのかはサッパリ分からなかった生徒たちだったが、武術の教師が突然、美術担当の教師へと変わった事には驚きをあらわにしたのだった。





.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます