第9話

 機体の状態はひどいものだった。

 護衛空母まで案内してくれたF4Fのパイロットが心配するのも当然だ。


 コックピットやエンジンを覆うカウリングにも何発か弾痕があったが、機体後部に比べればかすり傷程度だった。

 

 ナビゲーターが機体から運び出されて担架に載せられる。彼は肩と脇腹、足に二発弾を受けたようだが致命傷にならずに済んだようで、血まみれだが私を見つけると小さく笑ってみせてくれた。


 ナビゲーターが担架で艦内に運ばれるのを見送ったのち、甲板員たちが騒がしく取り囲む機体に向き直る。

 機体後部は言葉通りの穴あきチーズのようで弾痕同士が隣接して大きな穴を作っている場所すらあり、後部機銃はわずかな部品を残して消えていた。

 きっと、私より年下の機銃手は自信家で腕も良かったのだろう。彼がゼロの狙いを引き受けてくれたおかげで私は生きているのだ。そう思えるほど弾痕は後部機銃周辺を狙い撃ちにしており、相手の腕の良さも伺える。


 消化班の甲板員が機体を海に投棄することを伝える。この機体があっては私を案内してくれた戦闘機隊が着艦できないのだ。

 甲板員たちが傷だらけのTBDを押して海に落とす。

 落とされた機体が軽い機体後部を海面から出して浮かんでいるのを私はしばらく眺めたあと、医療班の兵士に促されて艦内に入る。その後ろにシーツで覆われた年下の機銃手の担架を運ぶ兵士たちが続く。


 艦内で治療を受け食事をしたのち、護衛空母の艦長に今回の出来事を簡単に説明する。その後ナビゲーターの様子を見にいくと血の気はなかったが命に別状はないらしく、余計なほど包帯を巻かれて動きにくいと嘆いていたのには安心すると同時に笑ってしまった。そんなことがあったからだろうか、飛行甲板の下にある格納庫に顔を出すと手の空いたパイロットや整備員たちにゼロを振り切った英雄として迎え入れられ、疲れているのを忘れて今日起きた出来事を私は話し始めたのだった。もちろん、全てを覚えているわけではないし何が起きたのか物事の順序がはっきりしない部分もあったが、その話を船員たちは帰還したばかりの冒険家から未開の地の話を聞くかのように耳を傾けてくれたのだった。

 また、彼らからも私へニュースがあった。護衛の戦闘機隊が半数近くの未帰還機を出しながらゼロを2機撃墜したこと、10機のTBDのうち他の2機が空母まで帰還して撃墜された機体からも数名が海上で救助されたとのことだった。


 格納庫をあとにすると急に疲れて身体が重く感じる。

 その後ベッドで何も考えずに眠ろうとしたときだ。

 

 ゼロが空を舞うカモメのように見えた瞬間が停止した空間として目の前に現れる。

 

 突然のことに驚いたが、その空間は記憶の中のものだと船室の天井を見つめる自分自身を確認して安堵する。あとはただ眠りにつくまでの間、記憶の中で1枚の写真として残る雲海のゼロを天井というスクリーンに映したまま見つめ続けるのだった。

 

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