第123話 噂と喧嘩は学生の楽しみ

「そういえば、指名手配されていたテロリストが死んだらしいね」

 学生生活二日目、朝食の席で、アリスがそんなことを口にする。

「へぇ……。ちなみに、なんで知ってるんだ?」

「玄関にこれが挟まっててね」

 アリスが差し出したその紙には、大見出しで「速報! 伝説級テロリスト、ゴクアク・ニーン、死す!」と書かれていた。

 何でも、昨晩、王都の大通りの端で倒れていたのを発見されたのだという。

 死因は毒殺、首筋に小さな傷口があり、恐らくそこから毒物を注入されたのではないか、とのことである。

「最近はこういう暗殺事件も多発してるらしいですし……。この前だってとある町を治めていた貴族が暗殺されていたらしいですし」

「殺伐とした世の中だよね~」

 ラビとチェシャがそれぞれ言う。

 ああ、全くだ。恐ろしいったらありゃしない。

 まあ、俺たちは一介の冒険者だから、心配せずとも狙われることはないだろうけれども。

「……許せませんよね。悪人だからって、そんな簡単に殺していいわけ……ない」

 ……ああ、全くだ。

 ラビの言葉に、俺は頷いた。


 **********

 

 そんなこんなで孤独な学校生活の始まりだ。

 授業をどうにかこなし、昼休み。

 誰にも話しかけられる事がないので、いつしか他人の話に聞き耳を立てていた。

「ねぇ、あの黒髪の暗殺者の噂って知ってる?」

「ああ、悪人を殺して回ってるっていう……」

「あれってもしかして……昨日入ってきた……」

「あの影の薄くてオーラがやばい奴ね……まさかねぇ」

 なにやらこちらに熱い視線が。

「……あれ、何人か人殺してそうな目してるし……」

「わかるわその気持ち」

 なんと失礼な。俺は人を殺したことなんて一度も……ああ、一度だけ、魔道兵器に乗っていた人を殺したんだっけ。

 あの件はいまだにトラウマなんだ。

 ましてやそれをいくつもなんて……とても考えられない。

 だが、見つめられることには慣れていない。どこかに移動……

「よく見るとやっぱヤバい顔してね?」

「わかりみ」

 俺は走って教室から出て行った。

 女子高生からそんなこと言われるのが辛かったからじゃないからな!

 

 屋内演習場……体育館的なところ。その裏の狭いスペース。

 ここには誰もいないはずだ。

 よくよく考えると、俺になかなか友達が出来ないのって、自分から人間を避けてるからなのかもしれない。いや、自分が避けられてるってこともあるんだろうけど。

「はぁ……」

 俺は大きなため息をついて――――――刹那、気配――殺気のようなものを感じる。

「おう、なんだてめぇ。見ねぇ顔だなぁ」

 後ろを振り返ると、そこには三人の男が立っていた。

 一人は筋肉達磨の巨漢、一人は細身で筋肉の見られない中背の男。もう一人はとても小柄でずる賢そうな顔をしている。

 個性的な着崩し方をした制服が特徴的な三人は、典型的な不良の雰囲気をかもし出している。それも、だいぶ下っ端の、だ。

「ちょうどいいぜ。おい、ちょっとそこの無謀な馬鹿。金貸せよ」

 何かと思えば、金か。

 だが、あいにく金は持っていないんだ。

 この手の輩には下手に出ると舐められる。

 とりあえず台詞が思いつかないので睨み付けることにする。

「おい、何ガンつけてんだよ。早く金を出せ!」

 ……あいにくお前らに出せる金はないと何度言えば……あ、言ってなかった。

「もうやっちまいましょうぜぇ。俺、拳が疼いてやまねぇっすよ」

「ああ、金は殺った後でも奪える。むしろ抵抗されずに済むな」

 なんだ、クズか。それなら……。

「じゃあ――やれ」

 小柄な男の合図で、筋肉達磨が動き出す。

 俺の横っ面を狙う男――その位置なら、かわせる。

 右頬を狙ったその拳をまずは受けた振りをする。

 受けたようで――――首を捻れば、ダメージはほとんど受けない。

 俺は右に回転しながら後ろに下がり――

「顔面への攻撃は、こうやるんだよッ!」

 バランスを崩したその巨漢の頬の下――顎骨に掌底打ちを食らわす。

 そうすると、衝撃と振動が骨を伝って脳に伝わり、効果的にダメージを与えられるのだ。

 結果、巨漢は倒れる。

 驚いた小柄とやせっぽちは一歩下がり、聞いた。

「お、お前は何者だッ!」

 このくらいなら答えてもいいか。


「俺は岩谷 純也。高等部、二年二組。冒険者にして、転入生だ」


 睨みつけながら、決め台詞風に、低い声で言ってやった。

「ひ、ひえぇ! お、覚えてろ!」

「おい逃げるなぁ! ……チクショウ!」

 やせっぽちの男が走って逃げていく。

 小柄な男は悪態をついた後、ナイフを引き抜き――そこでチャイムが鳴る。

「クソッ! 関係ねぇ! 俺だけでも……い、いない、だと!?」

 ああ、俺も逃げさせてもらった。このままだと授業に遅れてしまう。授業はしっかり出るのだ。というか、出ないといけないものだろう。

 その後は何事もなく一日を終えたのだった。いや、この時点で何事もあったような気もするけれども。


 **********


「って、そんな事があったんすよ!」

「ほう、それはそれは……。許せないねぇ……」

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