第118話 やっぱりここも狂ってた


「いまなんていった」

「だから、ここは廃墟だって。え? 知らなかったのかい? べいべー」

 知るわけがないだろう。

 そもそも、事前情報がない中、いかにもな建物を見つけたらそれをそうだと思うもんだろ。語彙力がなさ過ぎて上手く説明が出来ないが。

 そういえば、駅に地図っぽい物がなかったっけな。え~と。

 あ、ラビが確認しに行った。

 数秒後に走って戻ってくる。

「……やはり、そこが本部塔らしいです」

「駅の地図が間違ってることにも気付かないん? おばかさん!」

 お前に言われたくは無いわ。

「あれは二ヶ月前の奴で移設工事とやらが先月だったから、結局間違ってるんだわwww クッソウケルwww」

 煽るな。というかなんで地図を更新しないんだ鉄道会社。

「じゃあ、ホンモノの本部塔があるのはどこだ」

 俺は問い詰めた。だがルミナはふざけきった態度で

「しーらんぺったんゴーリラ!」

 うぜえええええええええ!

「あたしがしっとんのはここ一体が廃墟ってことだけ! 誰も来ないからじゅぎょー休んでもばれないのん!」

 それが目的だったのかよ。というか、この建物だけじゃなかったのか、廃墟。

 つまり、ここは一ヶ月前から廃墟街ゴーストタウンになってしまっていたというわけか。

「というわけで後は自分で探してね。わたしはしらないよ。なにもしらないよ」

「その棒読み具合が怪しいとこだがとりあえずどこで授業してるのかとか教えてくれるか?」

 俺は聞いた。

「めんどくさーい。あとわざわざ授業に出たくなーい」

 わかってた。そういわれるのはわかってた。

 さて、どう説得したものか、と考えていると、後ろから足音が聞こえた。

「おっ、奇遇だなルミナ」

「そ、その声はデストロイヤーT!? 何でここに先生が!?」

「貴様を連れ戻すためだ。何故わからん」

 それはいかにも厳しそうな女声。

 なんかよくわからないが、いまは救いの手が差し伸べられた気分だった。

「ん? そこにいるのは……」

「なんかさー、転入生らしーよ?」

「ほう……」

 俺たちを値踏みするかのように睨みつけるその女性教師。特に、ラビとユウに対してはとてもじっくりと……

「あ、趣味のイケメンウォッチングモードに入った! ヨォ磯野! いまのうちに逃げようぜ!」

「磯野じゃねーし! 何で逃げるんだよ!」

「28歳独身処女は好みのイケメンを見つけると目つきが変わりじっくりと舐め回す癖があるのだ」

「舐め!?」

“嘗め回すような目線で見る”じゃないのか! もうそれただのやべーやつじゃねーか!

 「ほら、舌を出し始めた」

 いやぁぁぁぁぁ! ほんとに舐めようとしてるぅぅぅぅぅ!

「やばい! みんな! 逃げるぞ!」

「言われなくても! わかって……ぎゃあぁぁぁぁぁ!」

 ラビが殺られた! いや、まだぎりぎりのところで耐えてる!

 ユウもつかまってるけど……完璧な笑顔で人形と化している! あきらめたようだ!

「ラビ! ユウ! 逃げろ! 逃げるんだ!」

 俺は必死に叫んだ。

「うぐぐぐぐ、この女の人、思いのほか力が……」

 ラビは俺よりも筋力が高いはずだ。いつも重い盾と槍を持ち、さらに金属鎧を着込んでいるだけある。そのラビが力で負けてしまっているということは、つまり俺が挑んでも負ける可能性が高いということだ。

 魔法を使うことも出来なくはないが、誤射してしまうと間違ってラビだけを止めてしまうことになりかねない。そうなれば、二人とも女性教師の唾液まみれルートまっしぐらだ。

 つまり、この状況では俺はお荷物ということだ。

 この中で一番筋力が高いのは……ラビ? いや、違う。リリスだ。その次にユウ、そして越えられない人外の壁を隔てて、ラビ、俺、ノア……と続くはずだ。

 いまユウは動けないから、リリスに頼もう!

「おい、リリ……ス……」

 俺は絶句した。

 そばにいたはずの幼女に声をかけようとしたらもうそこにはいなかったのだ。

 代わりに、地面に、何かが超高速度で走り抜けたと思われる、大量の砂埃と割れたアスファルト舗装がずっと遠くまで続いていた。

「なに今の! 金髪の女の子が目にも留まらぬ速さで銀髪の女装少年を抱きかかえて目にも留まらぬ速さで逃げて行った! すっごーい!」

 ルミナがめっちゃ興奮しながらあからさまに説明くさい台詞を言い放つ。

 ちなみに、その銀髪女装少年ノアはれっきとした女の子だぞ。むしろ女装状態の彼女を初見で男の娘だと勘違いするほうがすごいぞ。確かにもともとの顔が可愛めの中性的な男の子寄りだってこともあるけど。

 そして、そのほかのメンバー……アリスはおろおろしている。残念ながら今使える魔法はないようだが。相手を怪我させるのは流石にいけないし。

 もう一人、チェシャはむしろこの状況を楽しんで静観している。何をしてるんだ。

 ちなみに、何回か前に登場した精霊少女、シルフは、今はノアの中で眠っているそうだ。

 ついでにずっと前に登場して以来ずっと無視され続けている中級悪魔死邪は……呼び出せないか?

「おい、ユウ! 死邪を呼び出してくれ!」

 へんじがない ただのしかばねのようだ(比喩)

 くっ、駄目か!

 手詰まりか……。

 そのとき、俺に悪魔的なアイデアが……!

「ルミナ、この女性教師、イケメンしか狙わないんだよな?」

「当たり前ね! ブスに人権なし!」

 心が深くえぐられた気がしたが――これが実行出来るのは俺しかいないという事がわかった。

 いろいろなものが犠牲になったとしても――救えるのは、俺だけなんだ!

 俺は駆け出した。今にもイケメンを喰らおうとする怪物に向かって。

 そのまま、彼女の口元に腕を突っ込む。腕を這う、気持ちの悪い感覚。

 瞬間、そのエロチックで鋭い眼光が魅力的だった美貌が激しく歪んだ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!! ブサイクのォォォォォ!!!! 腕ェェェェェェ!!!!! クッソ不味いィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!」

 叫んだその女教師は発狂し、白目を剥いて倒れた。

 ラビが女教師の腕から脱出する。

「ふう……。助かりました……」

 俺は安堵する。犠牲が俺の片腕だけで済んだ。

「ひゃあぁぁぁははははは~!」

 チェシャが珍しく大爆笑した。

「えっ……えっ?」

 理解していないアリス。首を傾げている。すっごく可愛い。

 リリスとノアはここにはいない。一体どこまで逃げたんだ。

 そしてユウは未だに屍のようになっている。起きろよ。

「あっ、もうお昼だ。教室にもーどろ」

 マイペースなルミナ。って、教室に行くのか。

「……そこの先生はどうするの?」

 アリスが質問する。

「ほっときな? 3分もすれば復活するよ。多分」

 ちょっと恐ろしいな。いろんな意味で。

 三秒後。目の前の巨大建造物玄関前に黒い穴が現れて、中からリリスとノアの二人が出現した。

「もう終わったか……?」

 珍しく顔を真っ青にしているリリス。ノアはそれにくっついて震えている。

「怖かったよぉ……お兄ちゃん……」

 よほど怖かったんだな。

 俺はノアに近づいて、その頭をそっと撫でた。

「女装男の娘銀髪ショートカットな可愛い妹(弟)とか……属性多すぎるだろーがyo!」

「僕は女の子だもん!」

 ルミナが声高く叫び、ノアが反論すると。

「……は?」

 ルミナは「信じられな~い」という様子で呆然とするのだった。

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