理解に苦しむ楠木
「マジで好き合ってんの? ははっ、ウケる。気持ち悪っ。そんで助け出すために頑張ってんすかー。ほんとにそんなことでウチらに楯突いてるとはね、くっだらない」
「三十六号って……もしかして依子さんのこと!?」
俺は慌てて楠木の前まで駆け寄った。それ以外の台詞なんて耳から通り抜けている。
「依子さんを知ってるんだな! 会ったのか!」
「はぁ? 何でそんなこと教えなきゃいけないんです。それに知ったところで、あんたは辿り着く前に殺されるんですよぉ」
楠木が愉快そうに笑う。中途半端に敬語混じりなのも見下されている感じがした。
でも俺は、自然に笑みが浮かんでくる。
「……無事なら、それでいいんだ」
辿り着く前に、と言うくらいだから、依子さんがどこかに捕らわれているのは確かなのだろう。物言えぬ状態なら、助け出すのは無意味とでも言う。
俺の反応が気に食わなかったのか楠木は露骨に顔をしかめた。
「ほんと最悪。アヤカシの血が混じった男を好きになる滅怪士も、その女を助けるために滅怪士全部殺そうとする男も、死ぬほど身勝手で胸糞悪い。同じ空気吸ってるだけで吐き気がする」
嫌悪感の塊のような言葉に、引っかかる部分があった。
「滅怪士を、全部殺す?」
「なにとぼけてんの? ウチの部屋を漁ったのは三十六号の位置を特定するためでしょ? で、そこにアヤカシを送り込んで皆殺しにして、囚われの姫を救い出してハッピーエンド。感動しますぅ~」
おどけた楠木の台詞に、俺はすぐ返事をできなかった。
答えに窮していると少女が眉をひそめる。
「なんとか言いなさいよ」
「俺は、一人で行くつもりだよ」
そう答えると、楠木は表情をなくした。次にカッと目を剥く。
「馬鹿にすんな半妖!」
「嘘じゃない。元々、俺は誰かと一緒に助けに行くつもりはないから」
「ならあの雷獣は? あんたの味方じゃない」
「彼女には手伝ってもらってるだけで、俺と行くわけじゃない」
はっきりと断言する。棗さん本人はジャンクパーツを漁りに外出中でこの場にはいないが、居合わせても同じ返答をしただろう。
「協力関係も、本部の場所を割り出すところまでだから。作業が終わったら姿を消すって言ってる」
俺と棗さんの関係は、アヤカシ喰いの本部を探し出す、という一点のみで成り立っている。
俺は依子さんの居場所を突き止めるため。
棗さんは、アヤカシ喰いの本拠地を割り出して常に監視するために。
自由気ままに生きる棗さんにとって、問答無用で襲いかかってくるアヤカシ喰いは本当の意味で天敵だった。
かといってアヤカシ喰いを殺し尽くすことはできないし、戦うのも億劫という面倒くさがりな性格の棗さんは、身を隠すという方法を選んで生きてきた。
それでもずっと隠れ潜んでいられるわけじゃない。棗さんは住処を追われる経験を何度もしてきた。
だからこそ彼女は、組織の動向をつぶさに確認したがっている。アヤカシ喰いの作戦や自分の住処に近づく気配を察知できれば労せず逃げられるし、何なら完璧な隠れ家を作れるかもしれないから。
俺は本拠地の中に侵入する必要があるけれど、棗さんは居場所さえわかればそれでいい。つまり彼女との契約も、本部の位置を割り出したところで終わる。
「じゃあなに? 一人でって、本気で言ってんです?」
「うん」
「頭イカれてんの?」
楠木は未知の生物に対面しているかのように、俺を気味悪げに凝視していた。
「本部がわかったんならアヤカシたくさん呼んで総攻撃すればいいし、囚われの女だって助けやすくなるって普通思わない? バカなの死ぬの?」
「まぁそうなんだろうけど……俺、棗さん以外にアヤカシの知り合いがいないから」
「ボッチの言い訳か!」
一人突っ込みした楠木は、まだ胡乱げな目つきをしていた。
「もしかして一人の方が侵入しやすいとか思ってんです? だったら舐めすぎ。いくら妖力遮断の力があっても、そんな脆弱な組織じゃない」
「大変なのはわかってる。それでも俺は一人で行くから」
「……なんで」
「だって、依子さんの友達もいるかもしれない」
楠木は虚を突かれたようにポカンとした。そんなに変なことを言っただろうか。
「アヤカシ喰い達は許せないし、憎いよ。でも依子さんにとっては仲間だから。無差別に殺したら依子さんはきっと、悲しむ」
もちろん誰も殺さないと決めたわけじゃない。邪魔をする人間に対しては殺す覚悟を持っている。依子さんを悲しませる事になっても、その怒りと憎しみが俺に向かうならまだ本望だ。
彼女の愛情と優しさはもちろん負の感情も、自分以外の人間やアヤカシに向けてほしくない。
依子さんの全ては俺が独り占めにしたかった。
「三十六号のご機嫌を取るため? たったそれだけ?」
聞き返すように言った楠木はそこで目を伏せて口を引き結ぶ。
ややあって彼女は――
「ふっ、ふふ、はっ、はははっははははは!」
けたたましく笑い始めた。
「なんなのこれ!? 糖分高めの恋愛小説!? ウチらほんと何に付き合ってんのわけわかんない!」
足をばたつかせ暴れる楠木は、喘息を起こしたように肩を揺らす。
俺が唖然としていると嘲笑を向けてきた。
「やっぱりね! 両方狂ってるから滅怪士と半妖の恋愛なんか起きるんだ! あんたたち普通じゃない。ふっふふ、お似合いのカップルじゃないですか。女に好かれたくて自殺を選んでくれるならこっちは大助かりですぅ」
「……別にわかってもらおうとは思ってないけどさ」
どれだけ笑われても俺は選択を変えるつもりはない。狂っていると蔑まれても構わない。
でも、楠木にだって好きなものがあるはずだ。大切にしたい気持ちは同じなんじゃないかと思う。
そのときふと、忘れていたことを思い出した。
「そういえば、楠木の部屋から持ち帰ったものがあったんだ」
話題を変えると楠木の笑いがぴたりと止まった。俺は部屋の隅に向かい、置いてあるバックの中からカードファイルを取り出して少女の前に戻る。
楠木の目の色が変わった。
「う、ウチのカード! てめぇ!」
鎖が擦れる耳障りな音と共に楠木が突進してきた。
衝突の寸前、杭と繋がる鎖がビンと伸び切って、動きを止められた楠木が床に転んだ。俺は驚いてカードファイルを落としてしまう。彼女の目の先にカードファイルと、シートから飛び出たカード達が散らばる。
「返せウチのカード! 触ったらぶっ殺すからな!」
後ろ手に鎖で縛られた楠木が芋虫のような状態でジタバタしていた。当然カードは触れない。
「でも触らないと拾えないよ」
「あー! あー! 汚れた手で触るなバケモノ! ウチの宝物!」
宝物。楠木はそう言い切った。演技でも何でもなく、彼女の大切なものということだ。
他人の好きなものは馬鹿にして自分の場合は許せないとか、どっちが身勝手なんだか。
嘆息しつつ、俺はカードの一枚を拾う。ホログラム加工された綺麗なカードだった。それをシートの中にしまいこんでいく。
楠木は額を床に擦り付けてふーふーと荒い息を吐いていた。身体も小刻みに震えている。
持ち帰ったのは気まぐれで他意はなかったけれど、俺はほんの少しだけ胸がすく思いだった。
こっちだって依子さんという大事なものを奪われて、荒んだ感情を抱え続けてるんだ。
「全部しまったよ楠木。もう触らな――」
言葉の途中で、俺は異変に気づいた。
暴れていた楠木が金縛りにあったかように身体を強張らせている。怒りで震えているというより痙攣しているみたいだ。
床に突っ伏しているその顔には、玉のような汗が浮かんでいた。
「――っ……ぐ、うう……!」
楠木が小さく呻いた。我慢できず不本意に漏れ出てしまったような、苦痛を堪える声だった。
アヤカシ喰いの少女が急変している。
脳裏に過ぎる単語があった。
――生態、浸食。
楠木は、あのときの依子さんと同じように苦しんでいた。
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