第99話ここは図太く行こう

私はアーサーを押しのけるのと同時に顔を下に向け、目をぐっと瞑る。

目を瞑っていてもわかる。


またしても、私に視線が一点集中していることを。

アーサー含め待っているんだ。なぜ、こうもアーサーのレイに対する印象がエヴァンスたちと違うのか。人が変わったというよりもまったくの別人だと思われているのだろう。


違和感を感じざるを得ないほど。だから皆、違和感の答えを知りたがっているはずだ。


私はこの状況を上手く切り抜ける方法を考える。


口下手な子がいきなり口達者になった理由。

笑顔の似合う子が笑顔をまったく見せなかった理由。

従兄をまるで初めて見たかのような対応をした理由。

内気な子が人を睨んだり殴ったりするというやさぐれ気味になった理由。


父親が死んだから、という理由では駄目だろう。アーサーが強引に事を進めかねない。

私の意志無視して。


考える。

考える。

考える。

考える。



考えた。



「私………実は………」


そう言いながら顔をばっと上げる。

目を微妙に逸らして。


「あんたらと会うちょっと前に強く頭ぶつけてね」


私が意を決したかのように答えると店の中に何とも言えない微妙な空気が流れる。

私はそれでも続ける。


「一番上の段の本棚にしまっている大きな本を取ろうとしたとき、手を滑られて頭のてっぺんに当てちゃってさ、しかも角に。頭の中の何かがすっぽんと抜けちゃったんじゃないかってぐらい衝撃的な痛さで今でも覚えているくらい。人が変わったかのように見えるのはそのせいじゃないかな、なんて………」


私は顔を引きつらせながら、語尾を小さくさせていった。


自分でも思う。なんて苦しくてベタで漫画みたいな言い訳だろうと。

なんだよ、性格が色々変わった理由が頭ぶつけたからって。

色々考えた結果がこれかよ、私。こんな言い訳、小学生レベルだ。


でもしたかがないよな、これしか思いつかなかったんだから。

逆に聞きたいわ、他の言い訳を。


正直、この話はこれっきりにしたい。頭ぶつけたなんて突拍子もない話だが、これ以上話を盛り過ぎたらフラグという面倒なものが立つ恐れがある。

だから、無理矢理にでも納得してもらう。


「頭………ぶつけた?」


最初に耳に届いたのがアーサーの声だった。一番納得させなければいない従兄。

私は目を逸らしているためアーサーが今、どんな顔をしているのかわからない。

ぼそりと漏らした声だけでは判断できなかった。


アーサーがレイを溺愛していることがこの数分、話していて痛いほどわかった。鳥肌が立つほどに。

一方的過ぎてレイ自身がアーサーの重いともいえる愛情をどう受け止めていたのかはまだ、わからない。でも、私が思うに恥ずかしがり屋な性格だったとしたら、アーサーの愛情を鬱陶しいと思っていてもうまく口に出せなかったのではないか。

いや、絶対に口に出せなかったろう。


見た感じ、思い込みが激しいっぽいし。

強い口調で言い返さないと私でさえ押し負けそうなくらい圧が強いから。


そんなアーサーが内気な性格だったレイが180度まるで人が変わってしまった理由が頭をぶつけたから、なんて完全に納得させるのは難しいかもしれない。


でも、そんなの知るか。納得しようがしなかろうがそれでごまかすともう、決めたんだ。

私はレイみたく言いたいことが言えないような、なよなよとした神経は持ち合わせていない。ここは図太くいこう。


色々聞かれたとしても「頭ぶつけたから」で押し通すことにする。

なにより、これ以上は面倒くさい。


「そう、頭ぶつけたんだ、だから………」


これ以上何も聞かないでほしい、と続けようとする。

その時だった。


「レイ、もう大丈夫なの?傷とか残ってる?」


「………え?」


私のすぐ隣にいたリーゼロッテは心配そうに私の顔を覗いてきた。

そして、自然な手つきで私の頭をさする。


「も、もう平気。その時はでっかいたんこぶができたけど今はもう落ち着いている」


私はリーゼロッテのその行動にビクリと肩を小さく震わせて、指先で静かに払った。


てっきり、誰かが開口一番に「何を言っているんだ」という顔をしながら、別の答えを追求されると思っていた。その時は何が何でも頭をぶつけたから、で通そうと心に決めていた。だからこそ、心配そうに私に手を伸ばしてきたリーゼロッテには正直意表を突かれた。


まさか、マジで信じたのか?自分でも違和感ありまくりのこの言い訳を。

鈍感なのか?それとも天然か?


私は改めてリーゼロッテの顔を見る。このハの字眉のあからさまな心配顔、私の言葉を真に受けているように見える。


リーゼロッテの一言がきっかけなのか店の中のピリついた空気がわずかながらも和き、私に向かっていた疑惑の視線がリーゼロッテにつられるかのように気遣いの色に変わりつつあった。


まさか、私のちょっとしたピンチを救ってくれるかもしれないのが攻略キャラクターじゃなくて乙女ゲームのヒロインとは。でも、よく考えれば乙女ゲームのヒロインって困っている人がいれば、心配又は助けずにはいられない特性を持っているんだった。それで攻略キャラクターの好感度がちょっと上がるところもよく見る。


画面越しでお節介が過ぎるヒロインだな、とかこれで好感度が上がるなんてチョロい男性たちだな、とよく思いながらプレイしていた。でも、今はそのバカだバカだと思っていたヒロインの特性がありがたい。キャラクター同士のいざこざでヒロインがしゃしゃり出るとなぜか、場か収められることがかなりの頻度であるから。


「レイ、レイから何か他に言いたいこととか伝えなくちゃいけないこととかある?」


「え?」


「ないなら、これ以上何も聞かないけど」


リーゼロッテは真剣な眼差しで私に目を合わせる。私の真意を推し量るように。


あれ?もしかして、やっぱり私が何か隠していると感づいたのか?

感づいたけどあえて深く聞かないでくれているのか?


「いや、ない」


「うん、わかった」


私がふるふると首を振ると、こくんと笑いながら頷いた。

そして、リーゼロッテはパンと手を叩く。


「もう、この話は終わりにしましょう。レイが困ってます。それに今が営業中です」


「営業?………………あ」


リーゼロッテに言われるまですっかり忘れていた。

今は営業中であり、いつ客が入って来てもおかしくないということを。


「うげっ、俺としたことが」


店主であるアルフォードはハッとした様子で狼狽えながら、ドアを凝視する。


「ほらほら、散れ散れ。客が入ってきたとき大勢が店の中心に集まってたら不自然だろ」


アルフォードは手で軽く払った後、厨房に入っていった。


「そういえば僕、紅茶を全部飲み干してなかったんだ。まぁ、すっかり冷めているだろうけど」


シオンは苦笑しながら席についた。


「すみません、レイさん」


「は?」


エヴァンズが私に向かって軽く頭を下げる。


「僕はここに食事をしに来たことを忘れてました」


エヴァンスもシオンと同じように席に座る。


よかった、リーゼロッテがきっかけなのかわからないがなんとかごまかせそう。

この調子だと明日から何事もなかったかのような日常に戻るはずだ。多少不自然でもゲームのご都合主義展開とはそういうものだから。


そう思いかけていたが、私はハッとする。


いや、待て待て。安心するのはまだ、早い。

一番厄介な人間がまだ、残ってる。


私はずっと向けないようにしていた視線をことさらゆっくりと目の前の人物に動かす。


「ぶつけた………頭を」


うげ、まだぶつぶつ言ってる。

アーサーは右手で顔を覆いながら、下を向いていた。そのため、どんな顔をしているのかわからない。いや、わからなくても私にとってロクなものじゃないことだけはわかる。


やっぱり、思い込みが激しいタイプには頭をぶつけたなんて言い訳通用しないか。

私はドキドキしながらアーサーの様子を窺う。


その時、ふうと息を吐く音が聞こえる。アーサーは片手をゆっくりと外し顔を上げた。


え、何?気持ち悪い。


その表情はずっと私に詰め寄ってきた鬼気迫る表情とは打って変わって穏やかなものになっていた。

その変わりように私はちょっとした恐怖を感じた。


「そっか、頭をぶつけたんだ。それはしょうがないね」


「………え」


しょうがない?なんだが、含みがあるように聞こえるのは私だけか?


「職場で騒がせてごめんね、すごく動揺しちゃってさ。会いに来たのも本当だけど、小腹が空いたからここに食事をしにも来たんだ。カフェだって聞いてちょうどいいと思って」


アーサーは私からリーゼロッテに視線を移動する。


「いいかな?僕がここで食事をするのは迷惑かな?」


は?ここで食べていくつもりか?今しがた騒いでいた男が?

どういう神経してんだ。普通に考えて迷惑だろ。

帰れ。


「あ、いいえ。どうぞ席についてください」


リーゼロッテは戸惑いながら空いている席に座るように促す


どうぞじゃないよ。迷惑だってはっきり言えよ。

やっぱり、嫌いだ。こういう王道ヒロインのお人よしなところが。


「ありがとう」


私が何か言う暇もなくアーサーは席につき、メニュー表を手に取る。


私はアーサーのその変わり身の早さに呆気に囚われた。

てっきり、もっと食い下がって来るかと思ったからだ。


あっさりしすぎて逆にもやもやする。


「………………………つかれた」


私は脱力し、ふらふらと2、3歩下がった。


「ねぇ、僕の話忘れてないよねぇ」


隣で誰かの耳障りで突っかかるような言葉が響いてくる。

でも、私はそれを完全無視した。

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