第97話なんでこんなときにいないんだよ、うさぎ

なんだ、このパリピ男子。

『パリピ』

目の前の男はまさにその言葉が似つかわしい派手な外見をしていた。

ゆるめのパーマがかかった染色したと思うほど個性が突出した、ピンク色の髪に濃い紫を帯びた瑠璃色の瞳。両耳にはいろんな形のピアスをあちこちに付けているのが見える。アクセサリーはピアスだけではない、大ぶりの銀の首飾りや腕輪、指輪をじゃらじゃらつけていた。

男は白のヒョウ柄のロングコートの右肩を落とし、着崩している。コートの下に着用しているのがタンクトップなのか、男の右肩がむき出しになっていた。下は両膝部分が大きく破れたネイビーのズボンを履いている。


この世界のおしゃれ事情に詳しくない私でもこの男の装いが派手で際立っているとわかる。そして、こういうパリピは私とは相いれず、現実世界では絶対自分からは近寄ることはない人種であることもわかった。


「レイ、どうしたの?変だよ」


男が困惑した表情でふらりと近寄ってくると、私はビクリと体を強張らせた。

まだ、心臓の鼓動が速い。いや、むしろ速くなってる。


「ああ、心臓痛い。そしてめまいがする」


大声と興奮のせいだ。

私は目元を抑え、テーブルに片手を置く。


本来なら、こういうタイプは関わり合いになることも視界に入れることすら嫌なのだがそうもいかない。


突然の抱擁、名前呼び、困惑の表情で察してしまった。この男は「レイ・ミラー」の知り合いだということを。ていうか、知り合いだからって出合い頭に普通、抱きつくか?


レイ・ミラー、なんでこんなのと知り合いなんだよ。なんで、このタイミングで店に来るんだよ。

ここはコンラッドが来るはずだろう。なんで、来ないんだよコンラッド。


「レイ、大丈夫?」


テーブルに手置き、立っているのがやっとな私にリーゼロッテは傍に近寄り、肩に手を置いてきた。


「お、おい。なんなんだ。今の声は」


私の怒鳴り声に驚き、アルフォードは厨房から狼狽した様子で厨房から出てきた。

アルフォードだけではない、客である他の3人も私に駆け寄ってきた。


ああ、頭痛い。


私は軽く、髪をかき上げた。


「大丈夫ですか、レイさ―」


「うさぎ!この男って一体何者だ!」


私は周囲の目があるにも関わらず、空中に向けて声を張り上げた。


「………っていないんだった」


そしてすぐ項垂れた。


なんで私がこんなノリツッコミみたいなことしなくちゃいけないんだ。

なんで、よりにもよってこんなときにうさぎがいないんだよ。こんな時ぐらいしか役に立たないくせに。例の説明書とやらにどうせこの男が誰か書いているはずだろ。


「え、うさぎってなんです?」


エヴァンスや他の4人はぽかんとしている。

そりゃそういう反応になるよな。


「なんでもないわ。眩暈がしたときうさぎが見えたんだ」


なんてあほくさい言い訳だ。この言い訳にさっきの憤慨。

私は思いのほか、かなり動揺しているらしい。


「レイ、彼は誰?知り合いなの?」


リーゼロッテはゆっくりと視線を男に向ける。私は動揺も相まって何も答えることができなかった。


「おい、なんなんだお前は。うちの従業員にいきなり抱きついて」


アルフォードは私を庇うように男の前に立ち塞がった。アルフォードだけではない、他の男3人も同じように静かに睨みをきかしている。私の態度と男の態度の温度差がありすぎるため、警戒心を露わにしていた。

男は皆の睨みに意に返すことなく、視線を私からずっと外さなかった。

まるで私以外、目に入っていないみたいに。


「レイ、久しぶりに会ったから従兄の顔忘れちゃた?ピアスも最後に会ったときより増えたし」


男は戸惑い気味に苦笑いを浮かべた。


(は?従兄?)


「従兄?」


私の代わりに隣にいるリーゼロッテの呟く声が耳に入った。

そして、皆一斉に私のほうに振り向く。


おいこら、オマエらこっちを見るな。聞きたいのは私だっての。


一呼吸置いた後、私は改めて男をまじまじと見つめる。

私が見ていた乙女ゲームの新雑誌にはいなかったな、こいつ。

まぁ、だいたいの乙女ゲームは第一段のPVや公式情報にはメインキャラがほとんどでサブキャラは大々的には前に出ないからな。


それにしてもサブキャラにしてはこの男派手すぎないか。地毛なのか染めているのかわからない見事なピンク色の髪、この時期に露出の高い服、耳にあちこちついた数種類のピアス。

正直、目のやり場に困る。


本当に「レイ・ミラー」の従兄なのか?サブキャラが主人公の身内という設定はよくある話だが、いまいち信用しきれない。


「ねぇ、従兄って本当?」


バスティアンが声を潜ませながら耳打ちしてくる。従兄だと名乗っても皆、不審な目を向けるのをやめなかった。


そりゃそうだ。出会い頭にいきなり女に抱きつき、しかも誰もが振り向いてしまうほど人目を引く装いをしている。誰だって不審者だと思うだろう。

私だって従兄だなんて信じられないって思っている。しかし、これほど派手な見た目でサブキャラはありえないとも思っていた。この男がはっきりと従兄だと公言しているのだから従兄なのだろう。


「はぁ、まぁ」


私は濁った言い方しかできなかった。

私はレイ・ミラーの身体に入った三波怜だ。この男の人間性もレイとの関係性も何も知らないしわからない。「レイ」の日常習慣の癖がこの体に沁み込んでいても、過去の思い出や記憶は一切「私」の頭の中に流れることはなかった。だから、レイがこの男に対してどういう感情を持っていたのか何もわからない。しかし、レイがどう思っているのかはわからないがこの男のレイに対しての感情は好意的だとわかる。なにせ、出合い頭に声いきなり抱きつくぐらいだから。


「名前とかはなんていうの?」


「は?名前」


知るわけないだろ、そんなの。


再び集まる皆の視線。


「………っ」


だからこっちを見るなって。


「レイ?」


なかなか答えようとしない私にリーゼロッテ達だけではなくピンク頭でさえ首をひねりはじめた。


あんたまでそんな目で見るな。


なんでこんなときにいないんだよ、うさぎ。うさぎがいれば一発でわかるのに。


私は心の中で舌打ちを打った。

そもそもなんだよ、従兄って。

こんな濃いキャラの従兄なんて創るなよ、開発スタッフ。


ん?従兄?


私はハッとした。


そうだ、こいつはレイの従兄。つまりレイの両親どちらかの兄弟の子供。私が知っているレイの親戚夫婦は1組しか知らない。

私がこの世界にやってきた初日に会った牧場の夫婦。


そういえば、息子が出稼ぎに出ているって言ってたな。


もしかして、その息子か?

でも、あんな野暮ったい夫婦の息子がこんなパリピ系男子?

派手な格好は元から?

それとも牧場を出てからか?もしそうなら、地方に下ったからってハジけるにもほどがあるだろ。


様々な疑問が頭の中に巡りつつ、必死で牧場での叔母との会話を必死に思い出す。


確か年齢はレイよりも3つ上で名前は王様っぽい名前の―。


「………アーサー」


私はたどたどしく呟いた。私の呟きを聞いた途端、男は満面の笑みを見せた。

どうやら、当たったらしい。呼び捨てになっちゃったけど、それでよかったみたい。

私よりも年上のはずの男の笑みは、まるで私のよりも年下の無邪気な子供のようだった。

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