第73話こうなったらクズヒロイン目指してやる

「もう、5時か」


もうすっかり夕暮れ時だ。白い雲は灰色に変わり、地平からオレンジ色の光が交じっている。

私はジャケットの両ポケットに手をつっこみ、劇場の外で壁にもたれながらリーゼロッテを待っていた。


しばらくして、劇場内から急ぎ足が聞こえた。


「あれ、レイ。待っててくれたの?てっきり帰ったと思ったのに」


リーゼロッテはウィルを抱きかかえたまま、意外そうな顔を向けてくる。


「帰ろうと思ったんだけど」


実は本当に帰ろうとした。リーゼロッテを待つつもりはまったくなく、振り返えらず帰路に付こうとした。


しかし、空中に浮かんでいるうさぎが「待つべき!」とうるさく騒ぎ続けるため、結局はその場で待つことにした(もちろん、回してぶん投げた)

私にしか見えないことが本気でむかつく。なんで何回も投げたり、小突いたりしているのにうるさく私のやることなすこと口を挟むんだよこのブさぎが。


私はぶん回されたせいで顔を青くしているうさぎをちらりと横目で見る。


「もう、いいや、帰るよ。どうせ途中までは一緒だろ?」


「ええ」


もう今日は帰ろう。うさぎと言い合いをして一気に疲れてしまった。



☆★☆★☆★



家に着いた頃には灰色が混ざった空は闇夜に変わり、星が散りばめられていた。


「あ~、マジ疲れたわ」


家について早々、すぐにベッドに身を沈ませた。

このまま寝たい。


ぐぅぅ。


でも、お腹は空いた。この前、パンを買いだめしておいてよかった。もう料理する気力がない。パンを軽く食べたら寝よう。


「お疲れさま、今日もたいへんだったね」


枕に突っ伏していると頭上からうさぎが話しかけてきた。


「この世界に来てちょうど一週間だね」


一週間?


その言葉に反応してがばっと顔を上げた。


「一週間!?」


「そ、そうだよ。一週間だよ」


顔を勢いよく上げたのでうさぎはビクッとしたらしい。


「………一週間か」


この世界に来てまだ一週間。怒涛の毎日を過ごしているためなのかひと月はたったような気になっていた。


「はぁ」


急に顔を上げたせいかそれともこれから必ず起こるだろうやっかい事に悲観しているのか、頭がくらくらする。おそらく、両方だろ。

今日で5人目か。いつのまにか5人も攻略キャラクターと関わってしまった。出会いたくないと思っているのに出会ってしまう。だから嫌なんだ主人公なんて。


これまで出会ったのはエヴァンス、アルフォード、シオン、コンラッド、そしてバスティアンの5人。

このゲームの攻略キャラクターは6人。あともう一人いる。


「うさぎ」


体の向けを変え、うさぎに話しかけた。


「もう一人のキャラクターっていつ出会うの?どこでとかもわかる」


「珍しいね。怜が自分から攻略キャラクターのことを聞きたがるなんて」


私が主人公である限り、攻略キャラクターと関わりは避けようがない。この一週間で学んでしまった。主人公である限り、フラグを折ることが出来ない。それなら、もういっそのこと開き直って、出会いに備えたほうが気持ち的に楽だ。


「詳しくは言えないけど、最後の一人はもう少し先になるよ」


「先?ていうか私、あの金髪碧眼が最初に出会うと思っていた」


まだ出てきていない6人目は『きみせか』に出てきたヤンデレ生徒会長に似ているキャラクター。乙女ゲーム雑誌を見たとき、メインらしく真ん中に配置されており、キャラデザでも一番目に紹介されていた。いかにもメインヒーローのような扱い方だった。


「もしかして隠しキャラなのか」


隠しキャラとは所定条件を満たさなければ攻略できないキャラクターだ。それなら最後の一人は出会う可能性は低いので隠しキャラならこちらとしてはありがたい。でも、メインが隠しキャラってあるか?いや、メインと見せかけている可能性もあるか?

また、確証が持てない。


「なぁ、うさぎ。一回確認させて。私をこの世界に連れてきた目的はヒロインである私が攻略キャラクターたちと関わり、見たことないようなロマンティックで刺激的なイベントを攻略キャラクター全員と繰り広げ、あんたの主である神にそのイベント模様を堪能させるのが目的なんだよね」


「まぁ、ざっくり言うとね」


「これだけ聞くと最終的にビッチを目指せって言われているような気がするんだけど」


「いやいや、大団円を目指しくれればいいから」


イケメン達全員と友情以上の関係を築くということは、八方美人になるということだ。

まぁ、逆ハーレムってある意味八方美人なのだが。


「でも、避けようがないんだよな。もう一週間で嫌というほどわかった」


私が主人公である以上、フラグはなかなか折ることはできない。回避しようとしても別のフラグが出現する。当初はニート生活、改め早く元の世界に戻るために攻略キャラクターたちとできるだけ関わらずにいようと思っていた。しかし、無理だった。

ていうか、もう自覚せずにはいられない。関わりたくないと思えば思うほど引き寄せられるように関わりを持ってしまう。

それなら、もういっそのこと。



「もう、いっそのこと」


「いっそのこと?もしかして、前向きに考えてくれて」


「全部リーゼロッテに押し付ける」


「………え?」


決意を新たにぐっと拳を握り締める。ニート生活はもうできない。悔しいが涙を飲んで諦めよう。

でも私はまだ一つ諦めていないことがある。

元の世界に早く帰ることだ。ニート生活を送れないならこんなところにもう用はない。攻略キャラクターたちとの関わりが避けようがないならフラグ、伏線をもう一人の主人公のリーゼロッテに回収してもらう。


「つまり、私の相手である3人分の攻略キャラクターの相手をあの子にしてもらうということ。伏線回収もイベント回収も全部あの子にやってもらう」


この一週間の出来事を振り返ってみる。伏線がたくさんある。それを私ではなくリーゼロッテにすべてまかせる。


うさぎは口をあんぐりとさせていた。

何を呆けているんだ。私がこんなこということぐらい予想はつくだろうが。


「そ、そんなこと」


「できる。やってみせる。私は早く元の世界に帰りたい。うさぎ言ってただろ。伏線回収できなかったり信頼関係築けなかったら早く帰れるって」


「まぁ、乙女ゲームとしてまったく成り立たなかったら神様が飽きて強制的に契約を解除する可能性があるけど」


「だから、その攻略キャラクター6人の信頼を築くのをすべてあの子にやってもらう。関わりが避けられないならもうそれしかないからな。私はとにかくできるだけあいつらに嫌われる。ていうか嫌われたい」


こうなったらクズヒロイン目指してやる。


「え~」


まぁ、よくよく考えたらそんなことしなくても大丈夫だと思う。


「うさぎ、正直に言ってほしい」


私は真顔でずいっとうさぎに身を乗り出した。


「あんた私をどう思う?」


「どうって?」


「一週間、私を見てきて私をどういう人間だと思っている?」


「………」


おい、そこで目を逸らすな。


「掴まないし投げないから正直に言って」


うさぎは疑いの眼差しを向けてくる。

絶対こいつ投げるなって。

うさぎは黙ったまま天井まで飛んだ。その距離は私がジャンプしても届かない距離だった。


「どう見える?」


私はじっとうさぎの言葉を待った。


「正直に言うよ。はっきり言っていろいろと拗れているよね。性格とか思考とか。口が悪いって言うよりも汚いし、ものぐさなのにわずかなことですぐキレる。色々やっかいな子だなぁって思う」


「………」


「投げないって言ったよね?」


「ていうかこの距離じゃ投げられないし」


「降りてきたら投げてやるって顔してる」


「………思ってないけど」


「思ってるでしょ。その間が証拠」


「ちっ」


無駄に察しが良くなりやがって。


「自分でも性格が悪いって一応自覚はしてる。こんな私が男子に好かれると思う?信頼なんて築けないだろ」


意識して好感度が下がるような言動はしなくてもいいだろう。

なにせ、素がこんな性格なのだから。その点、リーゼロッテは私とは真逆なタイプの女子だ。素直で優しくて雰囲気も表情も明るい。男子に好かれやすいオーラを無意識に放っている。

二人一緒に並んだら、絶対男子はあの子に目移りするはずだ。


「うさぎだってそう思うだろ。どう考えても私は好かれる要素が一個もない女だ」


うさぎは何も言わず口ごもった。てっきり私の言葉に肯定すると思っていたのに。


「性格が良くないって点は頷くけど、好かれる要素がないって言う部分は頷けない」


「はぁ?」


何言ってんだこのうさぎ。

天上まで浮かんでいたうさぎがゆっくりと降りてきた。うさぎは私の目を見ながら近寄り、逸らそうとしない。


「人に好かれないって本気で思ってる?」


「はっ」


私はふいっとうさぎから視線をはずし、鼻で笑い飛ばした。

そういえば、ここはフィクションの世界なんだった。こんな私が好かれてしまう可能性がある、ご都合主義の世界。


だとしたらもう笑うしかない。

可笑しすぎて。惨め過ぎて。


私はベッドに仰向けに寝っころがった。天窓から夜空に散らばった星が目につく。その輝きをぼんやりと見つめた。


「夕食食べないの?」


「食べる」


ごちゃごちゃ考えていてもやっぱりお腹は空く。

早く食べて早く寝よう。

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