第41話何やってんだ私
曲がり角を曲がったすぐ近くに二人分隠れるのにちょうど良い物置の隙間があったのでそこに入り一時的に身を隠した。しばらすると後ろに付いてきていた人物も追いついてきたと足音でわかった。
「!?」
私たちが突然いなくなったので驚いたらしく、何度もその場で足踏みしている。
全速力で走った直後なので息が漏れる。このままだとこの隙間に気づかれてしまうだろう。
そうだ。
私はノアを使って小石を向こう側の暗がりに投げた。カツンカツンと音がした。
「!」
その人物も音に気が付いたらしくそれをを辿るように向こう側に走っていった。私はウィルを助けたときと同じやり方でその場をしのぐことができた。
「行ったみたいですね」
手を引かれながら物置から出た。
「お怪我はありませんか?」
「……手」
「はい?」
「痛い。手を離せ」
「あ、はい。すみません」
固く握り締められていたため手が痛い。離された手を軽く振る。
「お怪我はありませんか?」
「……ない」
改めて目の前の人物をじっと見る。暗がりだが目を惹く部分があった。
髪の色だ。街灯に照らされるとよりはっきりする。白銀で光に反射されると輝いて見える。上品に着こなしていた服は走ったため少し乱れていた。その人物は昨日言葉を交わしたばかりの青年、エヴァンスだった。
「無事でよかったです」
肩を上下に揺らしながら笑いかけてきた。華奢でひ弱そうな体つきなのに、握られた手はとても力強かった。
「誰に追われていたのですか?あなたが走っているのを偶然見かけて追ってきたんです」
「わからない。いつのまに誰かに付けられていて。というかなんであんたはここにいるの?」
息を少し整えながら聞いた。
「ずっと探していたんです」
「なにを?」
「レイさんが働いているお店を」
「は?」
「この街のカフェをあらかた覗いていたのですがやっぱり店名がわからないと難しくて」
「店名言ってなかったっけ?というかいままで私が働いている店探していたの?」
「はい。レイさんが働いている場所も住んでいるところもわからないので」
ずっと私が働いていた店を探していたのか。こんな時間まで。
「…………………………こわ」
「え?」
「なんでもない」
「あのときに店名をきちんと聞いておけばと思っていました」
エヴァンスは己の不甲斐なさに顔を伏せてしまった。そこまで落ち込むことか?
私はエヴァンスをじっと見つめた。
「店名は“パンダ カフェ”だ」
「え?」
「p・a・n・d・a、パンダだ。メインストリート辺りの青いドアが目印のカフェ。というか私、今日は休みで出勤してなかったからいくら探しても無駄だったと思うよ」
「そう、なんですか」
エヴァンスの声から力が抜けた。
「無駄なことしたね」
「それなら、今―」
「?」
「今、こうして会えることが出来て嬉しいです」
「!」
エヴァンスは顔を上げて距離を詰めてきた。いきなり距離を詰めんな。びっくりするだろ。
私は思わず半歩下がる。
「家から距離あるな」
私は思わず顔を背け周りを見ながら話題を変えた。曲がり角を曲がりに曲がったため普段通っていた道から離れてしまった。でも点在している街灯のおかげでなんとか場所は把握できる。
「レイさんの家はどこですか?まだこの辺りをうろついているかもしれません。あなたを送らせてください」
エヴァンスが微笑みながら言ってきた。
いらない、と言いたい。でもエヴァンスの言うことも最もだ。まさか後ろから誰かに付けられることがあんなに怖いものだったとは知らなかった。
もしかしてこれもフラグか?伏線か?勘弁してくれ。
個人的には少しでも親愛度が上がるイベントは避けたいがもしここでエヴァンスからの誘いを断ったらそれこそ本当のバッドエンドを迎えてしまうかもしれない。
「ここからだとだいたい40分くらい」
私はポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。
「私を送り届けたらそっちは家に帰る時間が9時過ぎるかもしれないけど、いいの?」
「はい。あなたを送らせてください」
迷いのない紅い瞳が私に向けられた。
街灯に照らされながら私たちは並んで歩いている。一人分だった足音が二人分になり、夜の街に響き渡る。あんな目に遭ったばかりなためか二人分の足音に妙な安心感があった。
「さむ」
日中はあんなに暖かかったのに、今は気温が急降下している。今日は日中に合わせて着込まなかったため空気の冷たさを直に感じていた。
「一気に冷え込みましたね」
「え?」
独り言のつもりだったが、話しかけていると思われたのか?
「昼間とは大違いですね」
「マジこんなに冷え込むなんて。上着持ってくればよかった」
でも、ここから嫌でも30分以上歩くことになるから嫌でも体温が上がるだろう。
それまで我慢するか。
「どうぞ」
「は?」
いつのまにエヴァンスは鶯色のコートを脱ぎ私の肩にかけてきた。その自然な動きに違和感がまったくなかった。
「え、なに」
「このままだと風邪を引きますよ?」
たしか端からみたら私が今着ている生地の薄い服は見ているだけで寒々しいかもしれない。
でも、別にオマエのコートはいらない。
「いらない」
「どうぞ」
「だからいらないって―」
その時、まるでタイミングを見計らったかのように冷風が強く吹き込んできた。
「さっむい……あ」
寒さのあまり肩にかけられたコートに腕を通してしまった。
何やってんだ私。
「さぁ、行きましょう」
「風邪引いても私のせいにするなよ」
上品に笑う目の前の青年に根気負けし、軽く悪態をついた。
もう、いいや。寒いしいちいち脱いでつき返すのもめんどくさい。
それにしてもベタだ。家まで送ってもらうこといい、このコートといいどこかで見たようなシチュエーションだ。どれも女子が好きそうだ。イケメンに限るだろうけど。
腕を通したコートの襟を引っ張り袖を伸ばした。やっぱり私が着るには大きめでゆったりしている。
寒いとはいえ、男のコートを羽織るなんて。周りに人が居なくてよかった。
★☆★☆★☆★
街はずれの辺りまで来ると街路樹が増え街灯の数が少ない。中心街に比べ建物と建物の間が等間隔に離れており、見通しも良い。私の家はその点在する建物の1つである。
「じゃあ、ここだから」
結局家まで送ってくれた。私はコートを脱ぎエヴァンスに渡した。エヴァンスにコートを渡すとき一瞬手に触れた。
つめたっ。
手を掴まれたときより確実に冷えていた。私はチラっとエヴァンスの顔を見た。
「どうしました?」
目の前の男は道中一言も寒いとか風が冷たいとかは言わなかった。一見平然としているが、顔には出さないだけで寒々しく感じていたはずだ。私もコートを羽織り幾分ましになっていたが風が服の隙間から入り込んだため鳥肌が何回も立った。徒歩で体温が上がるまでずいぶんかかった気がする。
もしこいつが風邪をひいたとしても私のせいじゃない。私はコートを貸してほしいなんて一言も言ってないし、送ってほしいとも言っていない。それなのに。
「あぁ、くそっ!」
私は髪が乱れるほど乱暴に帽子を脱いだ。
「ちょっと、持ってて」
ぐいっとエヴァンスに渡した。
「え?」
「いいから」
「は、はい」
「ちょっと待ってて」
私は急いで部屋の中に入りあるものを取りに行った。
3分後。ドアを勢いよく開け、あるものを右手に握り締めながらエヴァンスの前に立った。
「帽子返して」
まずは何も持っていない左手を出し、帽子を受け取った。
「これ」
私は強く握り締めていたものを出した。
「これは?」
「カイロだよ。手作りの」
それは布に香辛料か何かを敷き詰めたものだ。形状は掌サイズの長四角で厚みがあり、手で揉んだり振ったりすればじんわりと暖かくなる。エヴァンスはそっと私から受け取った。
「暖かい」
「それあげる。ないよりましだと思う」
「いいんですか?」
「……なんである微妙な罪悪感をなんとかしたい」
最初にこの世界にやってきたとき部屋を物色中に見つけたものだ。これと同じものが何個も作られていた。おそらく『レイ』が作ったものだろう。
「返さなくていいから」
「ありがどうございます」
エヴァンスは嬉しそうににっこりと笑った。街灯のぼんやりとした光が照らされ端整な顔立ちがよりはっきり見えた。
「じゃあね」
私は帽子を握り締め、ぷいと顔を背けた。
「はい。最近冷え込んできているので体に気をつけて」
エヴァンスは軽く会釈をして受け取ったコートを羽織り、受け取ったカイロをポケットにしまった。
「レイさん」
家の中に入ろうとする私をエヴァンスは優しく呼び止めた。
「明日レイさんが働いているお店に行ってもいいですか?」
「明日?」
「もちろん僕はお客して赴きます」
「いちいち私に確認しなくても客として来るんだったら断る理由なんてなんてない」
客なら普通に応対する。それだけだ。
私はエヴァンスの反応をなるべく見ないように家の中に入った。
今日は休みだったはず。一日中寝て過ごそうと思っていた。
それなのに一体誰のせいだ。クズ男に会ったり変な奴に追い掛け回されたり女顔の男にまた会う羽目になったのは。
リーゼロッテだ。リーゼロッテのせいだ。あの子が鏡を家に落としたせいだ。そのせいで今日外に出る羽目になったんだ。でも、元を辿れば働く条件として洗濯をさせるために家に来させたのは私だ。
やめよう。考えたらキリがない。
私はドアを少し開け、外を覗いた。
エヴァンスはいなかった。
私はほっとため息をついた。
思わずエヴァンスに掴まれていた左手を見た。華奢な外見に反して握られえた手は強く大きかった。
「ちっ」
寝よう。寝て忘れよう。
「はぁ」
思わず寝巻きに着替える手が重くなる。こんな面倒事はもうごめんだ。ごめんこうむるのに今日のような出来事はこれからも続くのだろう。乙女ゲームではまだまだ序盤のはずだ。序盤でこれだ。
終盤まで私の身は持つのだろか。
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