第22話嫌な予感がする
「あの子を助けていただきありがとうございました」
「……」
ぺこりと目の前の娘は頭を下げた。私はテーブル越しに頬杖をしながらじっと見た。
見れば見るほど乙女ゲームの主人公然としたキャラクターだ。明るくて優しい性格が顔立ちや雰囲気からにじみ出ている。『レイ』とも『「私』とも正反対だとすぐわかる。
あの後どうしてもきちんとしたお礼が言いたいと懇願されたが、私はその申し出を何回も断りさっさと立ち去ろうとした。彼女だけだったらまだ対処のしようもあるが、いつのまにか男の子も私の手を引くような仕草をし始めた。何も言わずじっと私を見上げる視線に私は最終的に負けてしまい今、ここにいる。
ここは男の子が指を指していた場所。見えていなかった看板には『cake café panda』と書かれていた。
pandaってパンダのこと?パンダから取ったのか?そもそもパンダなんているのかこの世界?
疑問を感じつつも店内に案内された。
店内は北欧デザイン風のゆったりとした空間だった。茶色と白を基調としたテーブルとカフェチェアが点在し、カウンターにも客と向かい合わせになるよう置かれている。キッチンカウンターの雑貨棚にはティーセットと調味料が置かれているのが見える。私と彼女しかいないので店内を一層広々と感じる。
私はドアに近い窓際のカフェチェアに彼女に向かい合うようにして座り、膝の上に帽子を置いている。
「ウィルくんから話を聞きました。あの子一人だったらどうなっていたか。お礼を言いたくても私はあなたの顔はわからないので」
「あんた歳いくつ?」
「え?」
「私、一応18。あんたも同じじゃない?」
「あ、はい」
「じゃあ、敬語いらない」
「えっ?わ、わかりました」
「……」
「わ、わかった。ありがとう」
「あの子、あんたの弟?ぜんぜん似てないね」
私は目線を動かした。窓からウィルと呼ばれた男の子が一人遊びしているのが見える。
「ううん、あの子は私の幼なじみの弟。幼なじみはこの店の店主なの」
「礼なら普通その兄貴じゃないの?どこにいるの?」
「ウィルくんがいなくなる少し前に材料の買出しに行っているから今日のことはまだ知らないし、言ってない」
リーゼロッテはその幼なじみのことに悪い印象を抱かれないように必死で説明する。
「もうそろそろ帰ってくると思うけど……あ、まだあなたの名前を――」
その時タイミングを見計らうようにドアが開いた。
「リロ帰ったぞ!ギリギリまで値下げしてもらったから遅くなった」
片手で果物が一杯に入った袋を抱えながら青年が入ってきた。青年は弟と同じ赤毛で、無造作に少し長い髪を1つに束ねている。瞳の色も青みを帯びた綺麗な紫色だ。明るい声色と顔立ちは青年の快活さをより醸し出していた。ウィルの十年後の姿がまさにそこにあった。
「ん?誰だ?」
青年は私の存在にすぐ気づいた。
「客?でも今日は定休日のはずだけど」
「実はね……」
リーゼロッテは立ち上がり経由を説明し始めた。その隙に私は斜め上にいるうさぎにこそっと話しかける。
「うさぎ、あいつって」
「うん、彼だね」
あの顔は見たことあった。
彼は乙女ゲーム雑誌で見た『翻弄するノア』の攻略キャラクターの一人だ。
「たしか名前って」
「アルフォードだよ」
最初に弟のウィルの顔を見たとき感じた既視感の正体がわかった。道理で見たことがあると思ったし、モブキャラにしてはもったいない顔立ちだとも思った。ウィルはモブキャラではなくサブキャラだったんだ。
「ほ、ほんとかそれ?」
驚愕したアルフォードは抱えていた袋を落とした。落ちた拍子に果物がコロコロと散らばる。
「ええ、ごめんなさい。私があの子をちゃんと見ていなかったから」
「いや、もっとあいつに言って聞かせるべきだったんだ。最近、真昼間でも物騒になってるから絶対一人で遠くに行くなって」
アルフォードは落ちた果物をテーブルに上に置いた
「彼女がウィルくんを助けてくれたの」
リーゼロッテが右手を開き私を見ながら示した。
「ありがとなっ。弟を助けてくれて」
アルフォードは二ッと笑った。その白い歯に八重歯が一瞬見えた。
「あの、なにかお礼をしたいのですが」
リーゼロッテは私の目を真っ直ぐ見ながら言った。私も彼女の目を見ながら右手を差し出した。
「?」
きょとんとしながら私の右手を見る。
「金」
「……え?」
「銀貨2枚」
「………」
「………か、金取んのかよ」
二人は呆然としている。アルフォードはすぐに私の予想外の言葉に突っ込んだ。まさか弟を救ってくれた恩人が金を要求するとは思っていなかったのだろう。
「あげたケーキの材料費と私の労力合わせて銀貨2枚」
「高いって」
「礼がしたいんでしょう?二度と会えなかったかもしれない弟の命を助けたんだよ。私の命だって危なかったんだから。むしろ、銀貨2枚じゃ安すぎると思うけど。私があんたらに要求するものは『お金』」
頬杖をしながら二人を見据える。
「そう……だね」
リーゼロッテは言われるがまま銀貨を私の右手の上に置いた。どこか落胆したような表情だが、私の知ったことではない。
「じゃあ、私は帰るよ」
礼も言われたしお金ももらえたことだし長居は無用だ。これ以上関わって変なフラグを立たせたくない立ち上がろうとイスを引いた。
「待って!」
「!?」
「リロ?」
リーゼロッテは意を決したかのように身を乗り出した。その勢いにアルフォードも面食らったようだ。
「お願い、私の話を聞いてほしい。力を貸してほしいの」
「何?」
嫌な予感がする。
「何言っているんだ?リロ」
アルフォードも訳が分らず彼女のほうを見る。
「ちょっと待ってて」
そう言ってリーゼロッテはカウンターに置いてあったあるものを持ってきた。そのあるものとは私がウィルにあげたケーキだった。手提げ袋から取り出され皿の上に乗っている。よく見たら切ったケーキの一切れがなくなっている。
「なんだこのケーキ?」
「彼女がウィルくんにあげたケーキらしいの。一口食べてみて」
アルフォードは渡されたフォークでケーキを口に入れた。
本人の目の前で食べるのか。自分が作ったものを初対面の人間が目の前で食べているのを見るのは落ち着かない。
「これってかぼちゃか?」
「ええ、とてもおいしいケーキよ。だから」
リーゼロッテはアルフォードの目をじっと見つめ意思教示している。アルフォードは彼女が何を考えているのかすぐに理解したようだ。アルフォードはもう一口、口に入れながら考えているような仕草を見せる。結局そのまま一切れすべて平らげるようだ。そして最後の一口を飲み込み、リーゼロッテのほうを向きゆっくりと傾いた。
かなり嫌な予感がする。私は本気で帰ろうと思い、立ち上がった。
「えっ、ちょっと?」
「何で目の前でケーキを食っているのを黙って見続けなきゃいけないんだよ。しかも自分が作ったものを。用がないなら帰る」
「ごめんなさい。どうしても店主であるアルにまず食べてもらわないといけないと思って。お願い私の、私たちの話を聞いてほしいの」
それさっきも聞いた。
「ああ、俺からも頼む」
リーゼロッテだけではなくアルフォードまでが私に懇願し始めた。
二人のその目は真剣そのものだ。
「手短に」
私はしぶしぶ椅子に座った。しかし私は話なんて聞かずにさっさと帰ればよかったと後に思うようになることをまだ知らなかった。
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