第44話 アモルの贈り物
アモルは眉一つ動かさず、スペースを見下ろした。
「二人を説得する自信、あるのか?」
スペースはアモルから乱暴に手を放した。
「手強そうだけどさ――でも、なんか方法あるだろ。くそっ」
項垂れるスペースの頭に、アモルが大きな手をポンと乗せたかと思うと、今度はジーンと百合子に近づいた。ジーンの前で静かに立ち止まり、今まで見せたことのない微笑を見せる。
「――リアンノン。お前は、それでいいんだな?」
「はい」
「そうか。では、その時まで健やかに暮らせ」
そこで、スペースが滑り込むように、長兄と末っ子の間に割り込んできた。
ジーンの悟りきったような笑みを睨んだ後、アモルに顔を向けると、スペースには珍しく怒鳴り声を上げた。
「何、勝手に終わらせてんだよ!」
スペースの半目が、いつも以上に細くなっている。あまり負の感情を表に出す方ではないが、なんとも複雑な表情で黙り込んだ。
アモルとジーンは風貌こそ違うが、スペースに比べると共通点が多い。何かとスマートだし、二人の落ち着いた物腰や言動は、死神としての尊厳を守っている。
次男の言葉を借りれば、陰気な二人ということになるが、真ん中に陽気なスペースがいることで、三兄弟はいい具合に調和できていた。
いつの間にか、損な道化の役を演じることも含めて、スペースは自分のポジションを理解している。が、それが寂しくなる時もある。
「アモル、それにスペース……ありがとう」
ジーンは心の底から喜んでいるのが分かるから、スペースは余計に悲しくなる。開き直ったというか、腹を括ったというか。そんな顔をされたら、トーンダウンせざる終えない。
「いやいや、そうじゃなくてさ……」
終始、黙って兄弟の話を聞いていた百合子は、ジーンの背後で、スペース同様に複雑な心境に陥っていた。
知ってか知らずか、ジーンが口を開いた。
「良かったら、式に来てくれないかな? 空から見ているだけでいい。場所と日時は、古くからこの地にいる精霊にお願いしてある。パラディも、その方に預けてきたところなんだ」
アモルはただ頷き、帰り支度を始めた。白い手袋を両手にはめながら、「そうか。考えておこう」と思ったより笑顔で答えた。
反対に、アモルを睨むスペースの顔は、ずいぶんと人相が悪い。
「俺は、嫌だね」
支度を終えたアモルは、「心配するな。少し拗ねているだけだ」と言って、ジーンを
スペースは背中を向けたまま、振り返ろうともしない。
アモルはスペースの肩を叩き「仕事だ。戻るぞ」と声を掛けた。そして、ジーンの横を通り過ぎ、深刻な顔で黙り込んでいた百合子に近づいた。
至近距離に来たアモルに、百合子は驚きと何かしら不安を感じた。
アモルは燕尾服のポケットに手を入れると、手品でも見せるように、明らかにポケットより大きな木箱を取り出した。
「私からの祝いの品だ」
そう言って、百合子に差し出した。
両手に乗るくらいの大きさで、見た目からして高価なものには見えない。アンティークだと言われれば、趣を感じない訳でもないが、アモルからだと思えば、ただのプレゼントでもなさそうだ。
だが、思いがけずアモルから受け取った贈り物に、百合子は先ほどまでの憂鬱が嘘のように晴れていくのを感じ、口元に笑みが戻った。
アモルは紳士らしく、優雅に会釈すると、スッと百合子の耳元に唇を寄せた。
「一人の時に開けるように」
百合子は嬉しさに震えながら「分かりました」とアモルに言った。
「では、また近いうちに」
アモルはハットのつばを優雅に持ち上げ、会釈した後、駄駄を捏ねるスペースの肩を掴んで、指先を鳴らしかと思うと、あっという間に姿を消した。
箱を開けたそうに喜ぶ百合子を見ながら、ジーンは眉を寄せた。
確固たる自信も理由もないのだが、アモルの残した木箱を見て、無性に胸が騒つくのだった。
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