月は少しずつ遠ざかっている

 私たちの世代では懐かしいCMの一つに、爺さんが「一日一善」と叫ぶCMがありました。出演していたのは日本船舶振興会(現・日本財団)の故笹川良一会長です。子供心にうさんくささを感じていました。「でもうけた金じゃないか」って。それはさておき、笹川会長は「一日一善」のほかにもCMなどでいくつかのスローガンを叫んでいたのですが、その中に「人類みな兄弟」というものがありました。まぁ、兄弟は言い過ぎでも、親戚ぐらいではありますね、遺伝子的には。


 その日本船舶振興会が母体となって運営しているのが、“船の科学館”です。都内の学校に行っていれば、一回くらいは行ったことあるんじゃないでしょうか。私も子供の頃に行ったのですが、そこで見たスローガンに噴き出してしまいました。曰く、「月は兄弟、火星も遠い親戚」。誰が考えたんだ、これ。


 実を言えば、月が地球の兄弟であるとする説はあります。共成長説とも呼ばれる仮説で、約46億年前に地球が誕生する際、同じガス塊から同時期に月が誕生したとするものです。しかし、この説では地球と月の角運動量を説明できません。兄弟説の他に、他人説もあります。これは、地球の傍を通過する天体を地球の重力が捕らえて衛星にしたというものですが、月の組成が地球のものと似ている説明がつきません。

 現在、月が誕生した原因として有力な説は、ジャイアント・インパクト説ですね。地球が作られる途中、ドロドロの塊だった頃に火星くらいの天体(原始惑星)がぶつかって砕けた残骸と地球から飛び出した物質で月ができたとするものです。

 そしてもう一つ、分裂説という仮説もあります。これは地球の自転によって月が飛び出したとする、いわば地球と月は親子じゃないの? という説なのです。月が飛び出すくらい、地球の自転が速かったのかと言えば、そんなには速くありませんが、結構速い時点だったようです。生まれたばかりの地球の一日は、五~六時間程度だったと言われています。では、いつのまに一日が二十四時間に、つまり自転速度が落ちたのかといえば、これも月の影響なのです。


 月の影響として(精神的なものや狼男への変身は除いて)ぱっと思い浮かぶのは、“潮の満ち引き”です。海面の高さが時間によって低くなったり(干潮)高くなったり(満潮)しますが、あれは海の水が月に引っ張られていることで起きる現象なんです。このような潮の満ち引きを引き起こす力を「潮汐力ちょうせきりょく」と言います。地球には太陽の引力による影響もありますが、月の潮汐力に比べると小さいので無視してもいいでしょう。


 月はおよそ27日で地球の周りを一周します。一方、地球の自転は一日で一回転(というか、地球の一回転が一日ですね)します。自転の速度に比べると、月の公転速度は遅く、月の引力は地球の自転を遅くする方向に作用します。地球が月という結構重い重しをぶら下げて自転していると言い換えてもいいでしょう。地球の自転は、月に引っ張られて少しずつ遅くなってきたのです。

 ここで、もう一つ考えなければならないことがあります。「角運動量保存の法則(角運動量保存則)」です。とても簡略化して言えば、「回転の勢いを表すベクトル量」です。ベクトルについては、以前の投稿「ベクトルとモーメント」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054885557884/episodes/1177354054885742055)に書いていますが、方向と大きさを表す量です。

 身近な例で言えば、フィギュアスケートのスピンです。スケーターが手を伸ばして回転している時回転速度はゆっくりですが、腕を畳んで身体に近づけると回転速度は速くなります。手を伸ばしている時も腕を畳んでいる時も、角運動量は一定なのです。


 地球の自転速度が遅くなったということは、スケーターの腕に相当する地球と月の距離は遠くなります。現在でも、月は地球から年間30ミリ程度遠ざかりつつあるのです。



 余談ですが、月から地球に潮汐力が働いているのと同じように、月に対しても地球の潮汐力が働いています。地球の潮汐力によって、月の自転と公転が同期し、月が常に同じ面を地球に向けるようになったのです。こうした同期自転は、比較的よく見られる現象です。


 前回、地球と月の関係について書いたので、「月」について書いてみました。スペースコロニーに関しては、いろいろなところで語られていますしねぇ。

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