第4話

 盗賊を志した理由を、俺は時々問われる事がある。そんな時は、こう返すって決めているんだ。「お前は盗賊に向いていないな」ってさ。


                     ――ケリオラ・ジュー(盗賊)――




「いやぁ、俺もこの辺りは頻繁に通るんだけどね? 若い夫婦なんてのは見た事が無いよ」


 日課の山菜採りに勤しんでいた男カリダルは、道端で出会った女――香菜代に申し訳無さそうに答えた。日光に刃向かわんばかりの黒衣を纏った香菜代は、不満げに溜息を吐いた。


「そうでしたか……この山では山菜が沢山採れるのですか?」


 香菜代はカリダルの背負う籠から飛び出す、大量の山菜やキノコを見やり言った。


「あぁ、ちょっとした穴場を知っていてね。悪いけど、これは一家に伝わる秘密の場所なんだ、教えられない」


「いえいえ、偶然通り掛かっただけですから。……分かりました、この近くに人家は無いんですね?」


 カリダルは重たそうに籠を背負い直した。


「そうさ。……あんた、宿でも探しているのか?」


 訝しむカリダルに、香菜代はかぶりを振ってその場を後にした。


「どうもありがとうございます。気を付けてくださいね」


「おぉ、あんたもな」


 別れた香菜代は足早に山中へと入って行く。


 絶対、――彼女は確信していた。


 香菜代は「機構」の依頼を受け、冷徹な正義の執行者として働くにつれ、「察知」とも言える思考力を会得していた。




 今回の標的は「若く戦闘に長け、逃走を続ける夫婦」。彼らの体力も精神力も人並みと考えちゃ駄目。なるべく人目に触れず、それでいて自給自足に向いた環境に身を置くはず。


 そんな環境……例えば、自然の中が最適。戦闘が得意な彼らにとって、多少の野獣や盗賊なんて問題じゃない。それよりも人の目が行き届き、矢継ぎ早に敵が現れる方が厄介。


 きっと……彼らはその環境を急速に理解、適応して「徹底抗戦」の構えを取りたがる。異世界に介入する時、私達は標的が暮らす場所から程近い距離に転移される。この点は正確なのを、私は経験から学んでいる。


 二人の武装は刀剣、そして「拳銃」。……最悪を考えなきゃ。最悪なのは拳銃に種類がある事、もしくは――何らかの形で変化する事。


 確か、あの時もそうだったっけ。場合に応じて武器の形を変える転生者がいて、攻防どちらも非常に厄介だった。


 ましてや……敵は真の手練れ。真正面から行くのが私の流儀だけど……。


 たまには、もしなくちゃね。




 思考を巡らせている香菜代は、刹那――その場で足を止めた。


 爪先に触れそうな程の位置に、地面から不自然に浮いた蔦を見付けたのである。細い山道の両端に渡されたそれを目で追うと、近くの樹木の上から垂れており……何処か遠い場所へ延々と伸びていた。


 香菜代はゆっくりと屈み、周囲を丹念に見渡した。


「……攻撃用、じゃない」


 だったら――大きく深呼吸をした香菜代は……。


 思い切りに蔦を踏み付けた。プツンと頼り無く切れた蔦は、唯地面に蛇行して横たわるだけだった。


「……よいしょ、っと」


 香菜代は特段慌てる訳でも無く、傍の転石に腰を掛けた。それからカリダルに分けて貰った果実を外套のポケットから取り出すと――。


「おぉっ、何だか苺みたいだなぁ」


 その甘味に舌鼓を打ったのである。


 油断した故の行為――では無く、全ては彼女の「作戦」だった。




 そして……暴挙とも言える香菜代の行動に、首を捻る男が一キロメートル先にいた。


「どうかしましたか」


 娘の口に着いた食べ滓を拭き取りながら、男の妻が軽やかに問うた。


「いや……」


 夫の異変を悟った妻は、「まだ食べたい」と愚図る娘をあやした。


「あぁ……そういう事、ですね」


 キユリ、お母さんのところに来てください――妻は娘を抱き上げ、「おやつが欲しいでしょう? 後であげますからねぇ」と背中を叩いた。


 腰に提げた刀を抜き、男は遙か遠方に認めた「害敵」を睨め付ける。


「ユリカ。分かっていると思うが――」


 一〇分間だぞ。


 妻は夫の言葉に頷き、娘の手を取って彼に「バイバイ」をさせた。


「お父さん、お仕事に行くんですよ。ほら、バイバイってしましょうね」


 愚図るように娘が手を伸ばした。男は小さな手を握り――。


 行って来ます、と微笑んだ。

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