第8話
神、などという存在を信仰する全ての愚かなる君へ。遍く恩恵は神から与えられた、などの妄想は、酒席の肴にすらならぬ。
――アーケス二世(国王)――
「答えて……本当に、本当に心の底から、私が殺されて喜ぶ……と思っているの?」
「あ、あぁ……お前は狂っているからな、だからキティーナも――」
面倒そうに寝返りを打ち、床に座ったままの孝行を見つめるユリカ。はぁ……と呆れるような溜息を、わざとらしく吐いてみせると、更に孝行の顔に暗雲が立ち込めていく。
「いい加減にしてくださいね、孝行」
声に出さず、それでも孝行は「はっ?」と口をアングリと開けた。
「狂っている、とか……キティーナを殺したのはお前だ、とか……。いえ、確かに貴方は精神が衰弱していたかもしれません、私が至らぬところも多々あるでしょうが……」
出来の悪い息子を諭す時、きっとこのような表情になるのだろう――ユリカは思った。
「聴かせてください、孝行が自信を持つ、『猜疑心』とやらを……」
息を吸い込み、「あぁ、話してやるさ」と彼女を睨め付けた孝行は、しかしながら……顎髭の医者にも語った誤解譚を繰り返すだけだった。それでもユリカは否定せず、またその話かと欠伸もせず、黙して彼の訴えを聴き続けた。
「……分かったか。あの時はお前達に言いくるめられたが、やっぱり俺とキティーナの仲を……壊したのはお前だ、ユリカ。一緒に暮らしていただって? 家賃を払ったのは私だ? 婚姻届も書いたって? 全部デタラメだ、真っ赤な嘘をベラベラと真実のように語りやがって……!」
あの医者と結託して、俺を狂わせようとしたんだろう!
フゥフゥと息を切らし、思いの丈を叫び切った孝行。
一方の彼女は……「そう」と暗い声調で返し、仰向けとなって天井を見やる。
「言いにくいけど……孝行。キティーナさんは、貴方を完全に信頼していなかったのでは?」
怒りに我を忘れ、孝行が立ち上がろうとした瞬間――ユリカは「良いから聴きなさい」と一喝した。
まさかこの女が、俺を叱るなんて……予想外の展開に虚を突かれ、孝行は再び床に座った。
「よく、考えてください。キティーナさんと私、そして孝行……貴方を二人の女性が欲している。いわば女性同士の闘争……この時、キティーナさんの方は圧倒的に有利。どうしてか、分かります?」
「……キティーナは、俺の妻だ」
そうよ、孝行。それで良いのよ――歓喜したくなるのを必死に抑え、ユリカは「そうです」と無表情に頷くだけだった。
「そう、彼女は貴方の妻。……でしたら、二人の間には絶対的な信頼関係があった、という事です。夫は妻を労り、妻は夫を慕い……。と、なれば……ポンと現れた私の言葉など、耳を傾ける必要なんて無いですよね」
「……そこにお前が――」
「それですよ、孝行。……信頼関係は何処に行きました? 彼女は『嘘を吐くな』と私を殺せば良かった、なのに――」
どうして孝行を疑ったの?
ゆっくりと顔を傾け……ユリカは沈黙する孝行を見つめた。
「勿論、私はキティーナさんを憎いと思いました。だって孝行を独り占めしているんですもの……でも、森の中でお話した時、ハッキリと分かりました」
力強く……ユリカは言い切った。
「私の方が、孝行の伴侶に相応しい――って」
孝行は「何を言っていやがる」と、もしくは立ち上がるべきだった。
ユリカの声が、言葉が、全てが余りに真実味を帯びているような気さえしなければ。
「私の持って来た書類、あれは全てが本物です。……でも、キティーナさんはそれを破り捨てて『嘘を吐くな』って怒るべきだった! それが私には……恋情の上で敵同士とはいえ、余りに悲し過ぎます」
項垂れる孝行に追い打ちを掛けるように、ユリカは心を鬼にして続ける。
「……本当に相手を信じていれば、何も獣になる必要はありません。キティーナさんの愛情は嘘だなんて言いません、言いませんけど……」
あえてユリカは明言を避けた。言葉の続きを孝行に想像させる事で(無論、一つの答えへの誘導は完了している)、自覚という最良の薬を処方してやる為だった。
「この異世界を生き抜く上で、ましてやいつ何時も刺客に追われ続ける身で……キティーナさんの取った行動は、孝行ならどう思いますか」
孝行は答えない。少しでも発言すれば――全てユリカに歪曲されると恐れていた。そしてユリカは……彼の恐れを悟っていた。
「良い機会ですから、言いますが……私、孝行の事を愛しています、何でもしてあげたいくらい。でも……」
一拍、間を開けてユリカは言った。
「こういった場で、自分の意見を発信しないで、黙り込んでしまうところ……私は嫌いです」
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