第6話
ゲェ、ゲェと血反吐を吐き散らし、
人間の歩行音が聞こえた。即座にキティーナは脇腹を押さえながら、飛び出す骨と内臓の流出を防ぎつつ、聞き憶えのある音のする方を見やった。
コノ音……コノ歩キ方……ヤッパリダ……。
強烈な痛みによって――キティーナは正気とは言えずとも、辛うじて思考力の一部を取り戻した。
果たしてキティーナの推測は的中した。広がる惨状に似付かわしくない笑みを湛え――「阿桑田ユリカ」が現れた。
「困ったワンちゃんですねぇ、貴女という女は……」
ユリカはロケットランチャーの次弾装填を終えており、いつでも止めを刺せるよう、引き金に指を掛けていた。
「めでたく……貴女は孝行を殺めようとした『腐れ女』へと成り果てました。想い人の言葉を聞かず、馬鹿のように嫉妬して……私であれば、キチンと話を聴くのですがね。まぁ……二度と他の女に付け入られるような隙は生みませんが……」
ゴホッ、とキティーナは大量の吐血をして――それが切っ掛けとなったのか、巨大な獣の身体は萎んでいき……。
可憐な獣人の姿へと戻ったのである。
「あら、戻れたのですか? まだまだ私も勉強不足な事ばかり……この世界で生きて行く上で、また一つ知識を得られました。感謝致します」
深々と一礼したユリカは、そのままキティーナの方へと歩み寄り、青白い肌を拳銃で突いた。
「開放骨折……という状況ではありませんね。判別すら出来ない、肉の塊になった内臓? も飛び出して……賞賛したいぐらいです。最早生物に向ける程ではない火力にしたのに……」
貴女は何処まで憎くて、強い女でしょうか!
ユリカは赤く染まっていく地面を見つめ、キティーナの垂れ耳をソッと撫でた。
「良かったではありませんか。貴女はこの世界で生き、死ねたのです。流れた血は土に染み、やがては養分となるでしょう。肉は動物が食べ、骨は好事家が拾うかも……。おめでとうございます、川瀬さん。貴女が生きた証は、確かにこの世界に遺ります!」
パチパチと拍手を贈るユリカは、実に嬉しげな表情で瀕死のキティーナを見下ろす。
「いえ、遠慮なさらず誇ってくださいね、川瀬さん? 正直な話……私は貴女を恨んでおりましたが、今はどういう訳でしょう、貴女の事をとても尊敬しているのですよ? きっと、貴女は予測していたでしょう、無様に亡くなるこの時を……。それでも旦那様の世話を引き受けてくださって……博愛精神と言いますか、奉仕精神と言いますか、とにかく貴女は素晴らしい女性です。一言、お礼を言わせてください――」
無駄で無意味な人生を、私達の為に……役立ててくれてありがとうございます。
キティーナは怒る事も無く、泣く事も無く――ボンヤリと手の平に伝わる、臓器の温みを感じていた。
「さて、この後は孝行を引き受け、何処か遠い国で暮らしますが……どうでしょう、川瀬さん。その時は、私達の家に是非お越しくださいね? 一杯料理を作ってお待ちします。可愛い我が子を抱いてください、その後は皆でお喋りを――」
次々と明るい未来を語り出すユリカは、最早キティーナの瞳孔が開き切っているのにも構わず、笑いながら彼女の頬を銃口で突いた。
「あぁ、何と素晴らしい人生でしょうか川瀬さん! あれ? 聴いています? 川瀬さん?」
キティーナの口元に耳を寄せ、ユリカはコツコツと彼女の頭を叩いた。
小さな、呼吸よりも小さな声で……キティーナは言った。
「…………悪魔」
ユリカは溜息を吐き、そのまま銃口をキティーナのこめかみに当てたが……。果たして引き金を引く事は無かった。数分の内に死亡すると分かり切っていた。
「私、ハッキリ喋らない人は嫌いなんです。次からは、キチンと、ハキハキとお話してくださいな……」
では、ご機嫌よう――ユリカはゆっくりと立ち上がり……気絶している孝行を抱えると、その場を足早に立ち去った。纏っている外套は身体能力の向上をもたらす、大人一人ぐらいなら、息をそれ程切らす事無く、長距離を移動出来た。
「まずは病院ですね……孝行、もうちょっとの辛抱ですから……」
当ては無かった。それでもユリカは悲嘆せず、むしろその道程を楽しんでいた。如何に孝行を説得し、「獣人の毒牙」を抜き取るか。如何に愛していたかを伝え、孝行から抱擁と接吻を頂戴するか。それのみが彼女を支配している。
阿桑田ユリカは幸福だった。
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