第8話
菓子や香草茶を提供する軽食屋には、全く不釣り合いな男女だった。男は小山のように鍛え上げられた筋肉を纏っており、女――と呼ぶには幼かった――は奇妙にも複数の上着を腰に巻いている、そのどれもが酷く解れていた。
「さぁ、食べなよお嬢ちゃん」
「……ツキーニって名前があるわ」
「……すまねぇ、ツキーニちゃん――」
ちゃん、も要らない! おかしな服装の少女――ツキーニは男に言い放った。眼前に置かれた甘味類を睨め付ける彼女は、男の注文した食べ物の幼さに憤慨しているのだった。
「大体、どうしてあんた達は私をユリィから離したのよ!」
気まずそうに頭を掻きながら、小山の男―ゴーディスといった――は賑やかな商人隊の一行を見やった。
「ツキーニは子供だからだよ」
「理由になっていないわ!」
「いやぁ、充分なっているさ」
ゴーディスは苦笑いを浮かべる。
「子供だから、こうして俺が付いているんじゃないか」
プイッと彼から視線を外したツキーニは、渋々といった様子で甘味類を頬張った。
「そんなに背伸びする事は無いぞ、もっと子供の特権を使えよ。……あの姉さんと一緒に旅をしているみたいだが、訳を聞いても良いかい?」
「言えないし、言う必要も無いもの」
「ちょっとした時間潰しだよ。アイツらが戻って来るまで時間が掛かるだろうし、何しろ俺達は山に籠もりっきりだ、たまには新鮮な話を聞きたいんだよ」
半分程を食べ終えてから、ツキーニは「偶然出会っただけよ」と苦々しい声調で言った。
「偶然? へぇ、面白いんだなぁ旅は。そんな簡単に寝食を共にする相棒を見付けるなんてよ」
仲良くなれそうって直感したのよ――ツキーニは言い掛け、理由の幼稚さを恥じた為に口を閉じてしまった。ゴーディスはそれを認めたらしく、微笑みながら大通りを見やった。
「この通りを歩く奴らも、そんな風に相棒と出会ったのかなぁ」
ツキーニは横目で人々を観察した。
楽しげに歩く者もいれば、思い詰めたように腕を組んで足早に行く者もいる。父親に肩車をされて喜ぶ少女もいた。
「俺も、あんな感じで歩けたのかねぇ」
ゴーディスは肩車の父娘を顎で指した。
「……貴方にも、子供がいるの?」
ううむ、とゴーディスは唸り、答えた。
「いた、というのが正しいな」
ツキーニは初めてゴーディスと視線を合わせた。
「……今は?」
「獣に襲われて死んじまった。嫁さんと一緒にな」
ゴーディスは店員を呼び付け、苦味のある煎茶を注文した。
「生きていれば、今頃は丁度……ツキーニと同じくらいだな」
ニッコリと笑い、茶を啜る彼を……ツキーニは黙したまま見つめている。
「察しは付くだろうが、獣猟師をやっている理由がそれなんだ。世の中には危ない猛獣がウヨウヨいるんだが、もう娘や嫁さんのような人を増やしたくないんだよ」
格好良いだろう? 白い歯を見せるゴーディスに、ツキーニは俯きながら謝罪した。
「……ごめんなさい」
「謝る事は無ぇよ。ただ、子供は子供らしく誰かに護られていないと嫌なんだよ、俺。……ツキーニにどんな事情があるかは聞かない、でもな、これだけは言っておくぜ」
ギシリと椅子を軋ませ、ゴーディスは力強く言った。
「真っ直ぐに生きろよ。昔、人の親だった男のありがたい言葉だ」
もう一つ食うか? ゴーディスは殆ど空になった皿を見やる。
彼は確かに――ツキーニと亡き娘を重ねているようだった。
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