忌能開花法

第1話

 実地訓練をしましょうか――ユリカは口数の減ったツキーニを連れ、よく整地された街道を進んでいた。


「流石に無実の人を殺めるのは気が引けますから、何か悪行に手を染めている人を捜しましょう」


 歩き出してから三〇分程が経った。ようやく二人の捜し求めている「悪人」らしき集団が、街道の中心にいた。下品な笑い声を上げている彼らは、二人の前に徐に立ちはだかる。


 お手本を見せますからね……ユリカは素早くツキーニに囁いた。


「ちょっと良いかい、お二人さん」


 鍛え込まれた筋肉の目立つ男が、にやけた顔で言った。


「俺達はこの先のラネイラって町の衛兵団なんだ、最近決まった事なんだが……このラネイラ街道を通る奴から、ちょっとばかしの交通料を徴収しなくちゃならねぇ」


「それはそれは、お仕事ご苦労様です。幾ら程ですか?」


 警戒の色を強めるツキーニを一瞥し、男は「なぁに」と気持ち良さげに目を閉じた。


「五〇〇〇ガリーだ」


 五〇〇〇ガリー、日雇い労働者が二日間、寝ずに働きようやく貰える金額だった。ツキーニは文句を言おうとしたが、すぐにユリカは制止した。


「何だ、文句があるのかなお嬢ちゃんは」


「いえいえ、全く御座いません。五〇〇〇ガリーですね?」


 早く払えよ――他の男達が笑いながら急かした。


「えーっと……これで良いのかな」


 ユリカはオーフェン村の住民からした金貨を――。


「お納めください」


 男の足下にばらまいた。


 刹那――男は顔を真っ赤に染めてユリカの襟元を掴んだ。その一秒後である。


 乾いた音が響いた後、形良く割れていた男の腹筋に……赤黒い大穴が空いた。


「……うぷっ」


 嘔吐いたのはツキーニだった。構わずユリカは硝煙の揺らめく拳銃を「見物」していた男達に向けると、全部で五回――引き金を引いた。


 頭、胸部、腹部……どれか一箇所を破裂させて斃れていくだったが、ただ一人だけ、肩を撃ち抜かれた為に「絶命出来なかった」者がいた。


「痛い、痛いぃ……!」


 ユリカはツキーニの手を引き、泣き喚く男の前まで連れて行った。


「ツキーニさん、武器はあります?」


「……えっ」


 嘔吐反射によって涙を流すツキーニ、しかしユリカは彼女の腰部を見つめて言った。


「刃物……ですかね? それを出してください」


 震える手で短刀を取り出す少女に、男は「止めろ」と何度も叫ぶ。ユリカは面倒そうな表情を浮かべ、威力の低い銃弾に換装すると――男の声帯を横から撃ち抜いた。


「良し、これで声は出ませんね。……さぁ、どうぞツキーニさん。出血が多いですから、早くしないと貴女の練習になりませんよ」


「わっ……私……その……やり方……」


 使い方ですか……ユリカは小首を傾げた。


「刃物はあんまり得意じゃないのですが……早期決着を狙うのであれば、首に走る血管、胸部とかかなぁ……」


 ヒューヒューと奇妙な音を立てる男の傍にしゃがみ、ユリカは「ここ、ここ」と急所を指差していく。


 ツキーニは歯を鳴らして震えるだけだった。


「今回は胸部にしましょうか。……はい、柄をしっかり握って、刃は横に倒すんですよ、肋骨に防がれては面倒ですから」


 男は涙と血で濡れた顔を――ツキーニに向けた。


 お願いだ、止めてくれ。


 思念のような懇願が、「才能の開花」を求める少女を懊悩させた。


「ツキーニさん、大丈夫。最初は皆そうです、息苦しいでしょう、緊張するでしょう。終われば意外と――」


 何とも無いですから……ユリカは微笑んだ。


「手を掛けた人間は、必ず仕留める――才能を持つ者にとっての不文律です。いえ……ある意味、礼儀作法と言っても過言ではありません。ツキーニさん、貴女はそこまで――」


 無作法者ですか。


 ツキーニはユリカの言葉を聞き届けた瞬間、荒い息で短刀を腰の辺りで構えると……。


 切っ先を急所に向けて走り出した――。


 彼女は二秒後、全霊を以て礼儀作法に準じたのである。

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