効率的手法

第1話

 阿桑田ユリカが「孝行」という男を知ったのは、高校に入学して間も無い頃であった。


 多くのクラスメイトは自己紹介の時間で「仲良くしてくださいね」「ヨーロッパのサッカーチームが大好きです」などと、何かしら他人との取っ掛かりを求めた。


 しかしながら……ユリカは元来、他人との距離感が読めず、またそれが弊害となって引っ込み思案な性格だった。


「阿桑田ユリカです。……よろしくお願いします」


 他のクラスメイトの殆どが、他人の興味を惹くような台詞を採用していた為に、彼女の普遍さは異質に映ったらしい。


 何だか、つまらない人だね。


 近くの女子生徒達がクスクスと笑った。勿論、彼女達に悪気があった訳ではない、単なる素朴な感想であった。


 だが――ユリカは着席した後、「感想」が頭の中で何度も繰り返し再生される。


 つまらない人、つまらない人、つまらない人……価値の無い人……。


 元気良く話し掛けては疎まれ、孤独を演じてみれば疎まれ――。


 小学校、中学校と様々な「阿桑田ユリカ」を生んではみたものの、どれ一つとして他人に肯定される事は無かった。


 分かっている、自分が他人と関わるのが下手なのは分かっているから。


 溜息すらも吐かないユリカは、ある男子生徒の自己紹介を聞いた瞬間……言いようの無い抱擁感を覚えた。


「――です、よろしくお願いします」


 その男子生徒もまた、彼女と同じくを述べたのだった。


 男子って、もっとふざけたり変わった事を言うのでは……?


 先程の女子達がクスクスと笑い、「阿桑田さんって人と一緒だね」と言った時、ユリカの頭に立ち込める霧が晴れたようだった。


 もしかして、今の男子は――私を庇ってくれたの? 私と同じような事を言って、連帯感をわざと作ってくれたの……?


 自己紹介の時間が終わり、昼休みが来た。ユリカは一人で弁当の包みを開け、冷えた白飯に箸を差し込む。


 ふと、つまらない男子の方を見やる。


 彼もまた、一人で惣菜パンを齧っていた。周囲の目など気にせず、一種の厭世観すら持っているようだった。




 この人と話してみたい。この人なら――私を肯定してくれるかもしれない。




 ユリカは放課後を待ち、下校する男子を追った。煉瓦造りの建物が並ぶ通りを、彼は淡々と機械のように歩いていた。


 何か切っ掛けが、何でも良い、何とかして話す機会を――。


 懊悩するユリカに構わず、彼は細い道へと入った。見失わないよう、慌てて追い掛けると……。


「誰だ、お前」


 彼女を待ち受けるように、つまらない男子が立っていた。目を尖らせ、ばつの悪そうに頭をクシャクシャと掻いている。


「あ、あの……すいません」


「何か用があるんだろ……か?」


「えっ? その……同じクラスですけど……」


 そうか――男子は興味など微塵も無さそうな表情で、素気無く答えた。


 この人、他人に興味が無いの――?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る