第79話 削除してしまった閑話③

 それから……たくさんの時が流れた。

 長いようで短い、思い返せばそんな不思議な時間。


 時には人に迷惑をかけ、時には壁が立ちはだかり、時にはすれ違いが生じたり。

 しかし、そんな問題があっても二人が折れることはなかった。


 支え合い、助け合い、協力し合い。……手を取り合って少しづつ歩みを進めた。



 そして数年の時が経ち……。真白のお腹の中に新しい命が宿った。



「お……。凄ッ! 今ボコってなったぞ!?」

「ふふっ、蓮くんは少し落ち着いてください?」


 学園を卒業し、数年間アイドルとして働いた真白だったが、もうその世界に『真白』の名前はない。

 蓮と籍を入れる直前に、アイドルを電撃引退したのだ。

 次の日の新聞には、真白引退の記事が一面を飾り、テレビのニュースにもなったほどである。


「あー、早く産まれないかな……。抱っこしたい……」

「蓮くんは気が早すぎますよー。でも、この子のお顔が早く見たいですね……」


 真白は自分の膨らんだお腹をさすりながら、優しげな笑みを見せている。それはもうお母さんの表情でもあった。


「蓮くん。一つだけ言いたいことがあります……」

「なんだ?」


 お腹をゆっくりとさすりながら、真白は少し鋭くなった視線を蓮に向ける。


「この子だけを可愛がったら……わたし、拗ねますから。だ、だから……わたしにも構ってくると嬉しいです……」

「おいおい、我が子にまで嫉妬するのか?」


「それは嫉妬じゃないです……。ヤキモチです……」

「一緒の意味だろ」

「ウエイトの重みが違います……!」


 真白がお母さんの表情を浮かべる中で、こういった根本的なところは何も変わってはいない。


「はぁ。そーんなお母さんじゃ俺達の子どもが困惑するぞ?」

「う……。そこでこの子を出すのは卑怯ですよぅ。そ、そんなズルいこと言うと、もうご飯を作ってあげないんですから!」

「逆にそうしてくれ」

「な、なんでですかっ!?」


 予想外の切り返しを見せる蓮に、真白はわなわなと口を震わせながら問う。


「最近、真白が動いたりする際に痛みを堪えてるのは分かってる。そんな状態の真白に無理をさせるわけにはいかないだろ」

「し、知ってたんですか……」


「当然だ。そういう時に無理をしようものなら、俺は真白を意地でも安静にさせる」

 真白の表情の変化は誰が見ても簡単に分かるもの。それに、真白は隠し事が出来ない性格だ。

 こんなダブルパンチを見逃さないわけがない。


「で、でも、そんなに甘えるわけには……。ほ、他の方はこんな状態でもちゃんと家事をしてるんですよ……?」

よそよそ、ウチはウチだ」


「それでは納得が出来ませんっ。だ、だって、それだと蓮くんばっかりに苦労を掛けさせるじゃないですか……!」

「毎日毎日、甘えがレベルアップする真白には苦労させられっぱなしなんだが?」


「そ、それはぁ、蓮くんが暇そうにしてるのが悪いんです……」

「へえ……。この前なんか、俺が料理してる時に邪魔しに来たもんなぁ?」


「邪魔しに来たわけじゃないですよっ! 甘えにきたんですよっ!!」

「俺がフライパンを返そうとした時に脇腹をさすったり、包丁を持ってる時に、包丁を持ってない方の手をいきなり握って来たりするのは、邪魔したうちに入らないと?」


 数日前の出来事を思い出し、瞳を細めて真白に詰め寄る蓮。


「包丁を扱う時に両手を使うのは真白も知ってるはずだ。それが分かってんだから、完全に邪魔しにきてるとしか思えないんだが」

「そ、それなら……蓮くんの意識が料理に向いたからいけないんです……」


「……今度は料理にまでヤキモチかよ」

「それは嫉妬です。わたしを嫉妬させる蓮くんには罰を与えないといけません」

「え?」


 物騒な言葉を漏らす真白だが、その行動はとても可愛いもので、『はいっ!』と、なにかを催促するかのように両手を蓮に向けて広げてきたのだ。


「どうした? 両手を広げて」

「んー」

「ん?」

「んーっ!」

 両手を広げたまま、なにかを必死に訴える真白。だがしかし、この行動は初めてではない。だからこそ、なにをしてほしいのかは分かっている。


「……ったく、ほら。これで良いんだろ」

 蓮はゆっくりと真白に近付き、膨らんだお腹に気を遣いながら優しく抱擁する。

 そんな真白の華奢な身体は蓮の腕にすっぽりとハマり、『はぁぁ〜』と、幸せそうな吐息を漏らしている。


「蓮くん、蓮くん……」

「どうした?」

「わたし、とってもとっても幸せです……」


 ーー真白は蓮の耳元でそっと呟く。


「まさか、それを言うためだけに俺にこうさせたのか?」

「えへへ……」

 何かを答えるわけでもなく、照れ笑いを見せる真白に疑問が正解であることを察する蓮は、お返しと言わんばかりに声をかける。


「真白、一つだけいいか?」

「なんですか?」

「俺はもっと真白を幸せにしてみせる。だから……覚悟しとけ?」

「……ぅうぅ、それはズルイよ……っ」


 それは、真白の耳元で呟いた絶対の言葉。


 この先、どんな障壁が生まれようとも蓮は諦めない。必ず乗り越えてみせる。

 隣にいる最愛の存在。そして、新しく生まれてくるであろう我が子に誓って……。



 ========


最終話まで読んでいただき本当にありがとうございますっ!

番外編も投稿しておりますので、気になった方は是非そちらに飛んで頂ければ……と思います!


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VRMMOで鈍感な主人公に恋するむっつりスケベな彼女は現役JKアイドルだった!? 〜現実世界(リアル)で再会していることに気付いた日〜 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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