第39話 side真白、2つのキモチ

 わたしは、せんぱいが席を外した後にスマホを開いていました。

 その画面に移し出されたものは、可憐から届いたメッセージと、わたしがした返信内容です。


『ましろん、放課後に蓮が図書室に行くらしいよー! これで、蓮と会えるねぇ』

『あ、ありがとう……』


『そのお礼は、蓮と会った時に伝えなさいよ? まぁ、蓮が協力してくれるんならもう大丈夫だね』


 この可憐からのメッセージを見て、今朝からの疑問が再び浮かび上がりました。


(可憐がせんぱいの評価を上げたのはなんでだろう……。もしかして、可憐はせんぱいのこと好きなのかな……?)

 ーーと、そんな思いが。


『蓮なら絶対守ってくれるから、ましろんも安心してね』

『……迷惑してないかな、せんぱい』


『迷惑してるはずないでしょ、蓮だし。そんな心配するぐらいなら、自分の心配をしときなさい』

『でも……』


 わたしはこのことが気になってしょうがなかった……。

 だって、今までこんな風に協力してくれたのは可憐以外にいなかったから……。せんぱいにどう思われているのか、やっぱり心配になってくるのだ。


『まぁ、見てれば分かるよ。蓮がちゃんと協力してくれてるってことはね。アイドルのましろんのためじゃなくて、“友達”のましろんのためにだって』

『友達……』

 可憐はこんなところで嘘をつかないのは分かっていた。だから、このメッセージは可憐が思っている本当のコトに違いない。

 

(……っ。どうして可憐はせんぱいのこと、ここまで断言出来るの……?)

 だからこそ嬉しさが込み上げてきたと同時に、謎は更に深まった。


『それじゃ、一人暮らしの蓮に時間作ってもらったんだから勉強はちゃんと教えてもらうんだぞー』

『う、うん』

『それじゃ、またねん!』

 そうして、メッセージのやり取りは終了している。


 何度見ても変わることのないメッセージのやり取り跡。

 これを見ただけで、何故かわたしは安心した気持ちになれた。

 画面をスライドさせていた手を止め、スマホの電源を切った真白は課題に取り組もうとしたーーその時でした。


『おい、待てよ』

 なんて声が図書室の外から聞こえてきたのは……。

 ーーその瞬間、わたしは鳥肌が立った。その声を聞くだけで本当に怖かった……。

 

 わたしは知っている。あの声の正体が翔先輩であることに……。


『……はい? なんですか』

 その廊下にはせんぱいもいた。翔先輩がせんぱいに声を掛けたのだろう。


 わたしは震えながら、図書室の出入り口に近付いて耳を寄せた。その会話を聞き逃さないように……。


(せんぱいがなにかをされたら、わたしが謝らないと……)

 せんぱいはわたしのお願いを聞いてくれただけなのだ……。わたしが翔先輩に謝ればこの場を見逃してくれるかもしれないから……。


 だけど……だけど、話の方向は全く別の方に進んでいた。


『まぁ、別に先輩がどうしようが構いませんけど、そんなことしてもあまり意味ないですよ』


『俺、真白に協力するんで』


『でも、これで先輩も分かったでしょう? その程度の圧力じゃ俺になんの意味もないってことは』


 せんぱいは翔先輩を挑発していたのです。それだけじゃありません……。

 せんぱいはわたしを守ってくれています。言葉だけじゃなくて、行動で示してくれているんです……。


 メッセージにあった通り、せんぱいは可憐の言う通りにわたしを守ってくれている……。


『ですから、俺を精神的に弱らせてみれはどうでしょうか。先輩お得意の、ありもしない噂を流すとか』


 この言葉をせんぱいが口にした時、わたしは思わず廊下に飛び出してしまいそうでした……。

 だって、この言い方だと、せんぱいにまで被害が及んでもおかしくないのですから……。


 せんぱいの狙いは、わたしには分かっています。

 こうやって翔先輩を挑発することで、あえてこんなことを言うことで、その矛先を自分に向けて、わたしの噂を少しでも減らそうとしてくれていることに……。


 自分を犠牲にしてまで、わたしのために協力してくれていることに……。


(せんぱい……。どうしてせんぱいは、そんなにレオくんに似てるんですか……)

 わたしの心臓は大きく跳ね上がり……息が詰まります……。これはレオくんと一緒に過ごす時にしか起きないこと……。


 この気持ちの正体はわたしには分かっています……。でも、これはレオくんに似てるからだと、必死に気持ちを落ち着かせます……。


(わたしが異性として好きなのはレオくんです……。せんぱいは友達として好きなんです……)


 それが分かっていても、複雑な気持ちが心を埋めていきます……。だって、せんぱいは本当にわたしを守ろうとしてくれているんだから……。


『……もう一度だけお前に忠告しとく。これ以上、俺の真白に近付くな。……これが最後だからな』

『ドンッ』と、壁を叩いたような音が鳴り、翔先輩は去って行ったようです……。


(良かった……。本当に良かった……)

 せんぱいは翔先輩に、暴力を振るわれることはありませんでした。


 で、でも……。翔先輩の去り言葉を聞いてわたしは悩みました……。

 せんぱいは、わたしと距離を置くべきなのかもしれない……と。


(もし、なにかがせんぱいに起これば、わたしはその責任を取れないから……)

 ーーって、いけないっ。早く戻らないと……!


 そう、今わたしは図書室の出入り口にいる……。せんぱいは扉のすぐそこにいる。

 もしここでせんぱいが扉を開けたら、今の話が聞かれていたことがバレてしまいます……。


 わたしが急いで席に戻ろうとした時でした。


『……あらら、厄介な相手に捕まってしまいましたね、後輩くん?』

 どこかに隠れていたのでしょうか、女性らしき綺麗な声がせんぱいを呼び止めました。

 

 この声もわたしは知っている……。入学式で挨拶をしていた学生会長の琥珀先輩であることに。


 わたしは深呼吸をして、足音を立てないようにまた扉に耳を寄せました。これがいけない行動だと分かっていても、自然と身体が動いてたのです。


 そうして、話は順を折って進み……、


『明日の昼休みに学生会長室で落ち合うというのはどうでしょうか?』


『私のことは、学生会長さんではなく、琥珀と呼んで下さい』


 この言葉を聞いたわたしは、“あの時”と同じ感情を持ってしまいました……。


 それはーーレオくんと買い物デートをした日、レオくんがNPCに連れて行かれた時……。


(心が……もやもやする……)

 なんで、なんでだろう……。なんでわたしは“嫉妬”してるんだろう……。


 せんぱいは、わたしを助けてくれようとしてるのに。

 せんぱいは、レオくんじゃないのに……。


 わたしにも、これだけはどうしても分からない……。ただ、1つだけ分かることがあった。

 ーーここから先の話は聞きたくない……と。


 わたしは席に戻り、課題に取り組もうとシャープペンシルを持つ。

 でも、わたしの脳裏にはせんぱいと学生会長さんが、会話している姿がぎり、全く手がつけられなかったのです……。


 そんな時間が数分続き、ようやく図書室の扉が開いた。そこには、わたしを守ってくれたせんぱいがいました……。


(せんぱい……)

 なんで、なんでなんだろう……。わたしはこの時、身体が熱くなる感覚を覚えてしまうのは……。この感覚はレオくんと居る時と同じものでした……。




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