第29話 強引さを持ってデートその1
『お、おい……あ、あそこにいるのって……』
『VRのアイドル、モカちゃんだよな!? マジモンじゃねぇか……!』
『やっべぇ……。マジで可愛いんだけど……』
『お、俺声かけて来ようかな……へへ』
『やめといた方がいいぞ……。モカちゃんのバックには有名プレイヤーのガード役がいるらしいし……』
『モカちゃん、あれはデートかしらね? 服装もデートを意識している感じがあるし……』
『ずっとそわそわしてるもんね〜』
『相手は誰だろう……。VRアイドルちゃんの相手だからかなりの有名人だと思うのだけれど……』
『おいおい、そこの嬢ちゃん達。流石に冗談キツイぜ?』
『だよなぁ! モカちゃんがデートだなんてそんなわけなーー』
次の瞬間、ざわざわと騒ぎ出した広場に静寂が訪れた。
それは、ある男が転移した瞬間に起こったものだった。
広場に居る皆は視線は右往左往させており、ある男はゆっくりとモカに近付いて行く。
『よう、待たせたようで悪かったな。モカ』
『う、ううん。大丈夫だよレオくん。わたしも今来たばっかりだから……えへへ』
モカはレオの顔を見た途端にとろけたような笑顔を見せた。それは、モカがしているいつもの表情なのだが、実際にはレオにしか見せないもの。
周りのプレイヤーは一瞬にしてその違いを理解した。
『カハッ……! モ、モカちゃん……』
『ど、どうして白服のレオが……』
『見れば分かるだろ……。これからデートだよ、ありゃ……』
『モカちゃんがデート……。あのモカちゃんが……』
『あの笑顔を見れば分かるよなぁ……クソォ……』
『いいなぁ。あのレオさんと待ち合わせ出来るなんて……』
『本当羨ましいよね……。噂によるとレオさんがモカちゃんを助けたのが出会いらしいわよ?』
『うわぁ……。一度はされたいシュチュエーションじゃないそれ……』
『え、でもレオさんってこの前、他の女の子と一緒にいなかったっけ……?』
『その女の子への牽制でもあると、あたしは予想します。レオ君の競争倍率ってすごいらしいしー』
気付けば広場にはたくさんのプレイヤーが集まって来ていた。
『レオ』と『モカ』の有名人が広場に来ているとの情報が伝達されたのだろう。
そんな数多くの視線に耐えられるレオではない。しかし、モカはそんなことを一切気にしていなかった。いいや、正確に言えば慣れていると言った方が正しいのかもしれない。
『それじゃ、無事合流出来たし移動するか。ここじゃ話す以外に何も出来ないしな』
『……う、うんっ!』
その視線から逃げるように、レオとモカは転移を使ってショッピングルームに移動するのであった。
服装が変わったことを褒められないのは、デート初心者なレオには仕方がないことだった。
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転移した後、目の前にはショッピングルームの入り口が広がっていた。この室内には現実世界と引けを取らないほどの商品が売られている。
もちろん、それはゲームに寄せられたようなもので現実世界に売っていないような服なども多い。
いつものように歩みを進めようとした瞬間ーーモカはレオの裾を掴んだ。そしてーー
『レ、レオくん……』
『ど、どうした?』
『は、はい……っ、です…………っ!』
声をうわずらせたモカは、顔を上気させながら白く小さな手をおずおずと差し出して来たのだ。
『え、えっと……。あ、ああ。マネーの心配なら大丈夫だぞ? 俺が払うつもりで来てるし』
以前、カエデが言っていた『女の子と出かけるときは男の子が奢るんだぞー?』と、その言葉を思い出し、言い辛かったであろう言葉を先に言っておく。
だが、モカの要望はそうではなかった。
『そ、そうじゃないですよぅ……。レオくんも、手……』
恥ずかしさに耐えきれなかったのか、視線を斜め下に向けたモカ。それでも、差し出された手は引くことはなかった。
ここまでされたのなら、何をしてほしいのか嫌でも分かるというものだ。
『……手、繋ぎたいのか?』
『……っ』
こくん、と小さく頷くモカ。
『……分かったよ。ほら』
『〜〜〜っっ!』
モカの要望に答えるように、レオは小さな手を優しく握った。
モカは別のプレイヤーに絡まれることを恐れたのだろう。
仲が良いアピールをすれば彼氏の役割をすれば相手に絡まれることはない。だからこんな行動を取っているのだとレオは予想する。
しかし、レオの考えは間違いそのもので……単にモカが『手を繋ぎたかっただけ』という理由に気付くのはまだ先の話になる。
『……ん。えへへ』
しかし、モカは手を繋ぐだけの行為では終わらなかった。
レオの手の感触を確かめるように力を抜き入れして、にぎにぎさせているのだ。
狙ってしているのか、狙ってるわけではないのか……どちらにしろ、モカの柔らかい手の感触がレオの平然さをじわじわと奪っていく。
『お、おい、ちょっと待て……。それは流石に
こんなことをされて平常運転が出来るレオではない。女性とこうして触れ合うこともなかったレオは、どうにか平然を偽っている状態なのだ。
……そう、レオは冷静でなければならない。
今日、レオはモカのボディーガード役でこの場に足を運んでいる。周りの視線にも十二分に注意する必要があるのだから。
その一方、モカは今のアタックで確信を得ていた。「迷惑がかかるぐらいに甘えていい」というお母さんの言い分は正しかったのだと。
ーー意識してくれていると。
『い、いや……です』
『ん!?』
モカはこの千載一遇のチャンスを逃がすわけにはいかなかった。そう、この前、レオがデートしていたあの女の子に勝る為にも……。
『今日はわたし
『…………ま、まぁ、そうだな』
今日はモカの買い物に付き合うために来ている。その言い分は間違ってはいない。
『だから、今日はたくさん甘えるんです……(もっと意識してもらうために……)
『……ッ!?』
そうして、モカはレオの手を両手で包み込んだ。
『で、でも……。こんなわたしがイヤだったらいつでも言ってほしいです……。わたし、レオくんに嫌われたくない……から……』
モカは
レオとデートに来れたのなら、こんなことをしたい。こんなことをしてほしい。想像の中でいつも自分を踊らせていた。
実際にこうした機会に巡り会ったことで、願いが叶ったことで、自分を抑えられるはずがないのだ。
『……き、嫌われるとか、そんなこと気にしてたら今日は楽しめないぞ?』
『で、でも……』
モカは不安そうに上目遣いでレオを見つめた。こんなモカのやり方にレオは敵わない。誤解を招かない為にも、レオは本音を述べる他なかった。
『べ、別にそこは気にしないで良い。そんなモカも嫌いじゃないし……。だから今のままでいい』
『……へっ!?』
『ほ、ほら、早く行くぞ』
『ぅわわっ!』
レオはモカの手に力を込めて、痛くない程度で身体を引っ張った。
ーーだからこそモカは気が付かなかった。あの台詞を言ったレオの顔が羞恥に晒されていたことに。
『レオくん……強引です……』
『モカに言われたくない』
『今のままでいい』その言葉はモカにとって一番嬉しいもの。
何故ならそれは、隠していた自分をレオに認めてもらえたのと同じなのだから。
『そ、そんなことを言うレオくんには……、こうです……っ』
ーーそうしてモカは、レオが込めている以上の力で握り返した。
そこから、ショッピングルームに入るまでの間、二人は無言だった。
ただ、その時間は気まずいものではない。それは、互いに握った手が証明していた。
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