No.17『すべきか、したいか』
二月も下旬に差し掛かると、推薦入試で合格した人は卒業までの残り少ない学校生活を目一杯楽しみ始め、逆にそこで落ちた人間と一般入試を控える人たちは最後の追い込みに入っていることだろう。
そして追試を受けることはほぼ確。まだ学年末試験は少し先だが、例え俺がそこで全教科100点を取ったとしても以前までの成績を考慮すれば追試は絶対に避けられない。
三年生になるためには、そこで合格点を叩き出すしかないのだ。流石の俺でも年下の子たちの中に混ざって修学旅行楽しめる自信はないんでね。
だから最近は真面目に家で机に向かって勉強ということをするようにはしているのだが、どうも他の事柄に気をとられてしまってなかなか集中出来ない。
これまで自宅学習をしてきたことがなかったから勉強の仕方がわからず、ついスマホをいじったりゲームしたりしてしまうというような意味での『集中出来ない』ではない。
計算問題を解こうにも、俺の脳は別のことを考えることに専念してしまい、シャーペンを持つ手が全く動かないのだ。
東西南北校長に感謝を伝えることはできた。
だけど俺はそれで満足してはいけない。俺にはもうひとり伝えるべきことがある人物がいるのである。
そう。何を隠そう俺の恋人、
『二人仲良くするのもいいけど、二人仲良く落ちるなよw?』
という平戸さんからのアドバイス。
あれ以来ずっと俺の頭の中でその言葉が反芻している。そしてそれが俺の勉強を邪魔している。
本当に最後の最後まで厄介な人だ。トラブルメーカーという言葉を具現化したらきっとあのサイコ先輩になるのだろう。
一度勉強を中断して、そちらについて考えることに集中してみるか。
俺はシャーペンを置き、ベッドに仰向けになって寝転がる。視界には見慣れた天井しか入らず、余計なことに意識を削ぐ必要がない。考え事にはうってつけというわけだ。
平戸さんのアドバイスは、そのまま言葉通りに捉えることができるだろう。
俺と春夏秋冬の関係についてを示唆していることは明らかだ。どうして平戸さんが俺が悩んでいることを認知していたのかは謎だが、今はもう問いただすこともできない。
二人仲良く落ちるなよ、か。
その言葉の真意を考えてみるに、候補がいくつか挙げられる。
例えば、スクールカーストの超絶下位の二人が付き合えばお互い傷を舐めあって、余計落ちぶれていくから気を付けろという注意勧告。
もしくは、実は俺が何かに悩んでいることに気付いただけでその内容まではわかっておらず、何となく吐いた戯言。
または、片方の成長を相手が押し留めてしまっていることに早く気付け。もし気付いているのなら、自分のためにも切り捨てろという遠回しな助言。
……どういう意味を込めて言ったのか、平戸さんだったらと想像すればすぐにわかる。
春夏秋冬は聖柄の言葉に何ひとつ心揺さぶられることなく、未だ復讐を夢見ている。対して俺は自分から春夏秋冬の復讐に首を突っ込んでおきながら、最終的にはもうやるべきではないとひとり降りた。
復讐、仕返しをしない方を選んだ俺が成長しようとしている側だと仮定すれば、平戸さんのアドバイスでは春夏秋冬が俺の足を引っ張っていることになる。
でもそれは認めたくない。認めるべきなのかもしれないけど、恋人を自分の足を引っ張っている人だとは思いたくない。
本来なら、仕返しなんてやめるんだと俺が春夏秋冬に説くことが正しい行いなのだ。
しかしながら俺にはそれは出来なかった。意を決して彼女へ俺の本心を伝えたけれど、残念ながら春夏秋冬の決意が揺れることはなかった。
その時は悔しい思いでいっぱいだった。悔しさのあまり、物心ついてから初めてかもしれない、悔し泣きをした。自分の気持ちをしっかりと伝えた上で否定されてしまったわけだから、もちろん悲しくもあった。
でも、後から冷静になってよくよく考え直してみると……と言うか、ふと思ったことがある。
――俺と春夏秋冬は恋人という関係に不向きなのではないか、と。
決して俺、春夏秋冬が付き合うことに向いてないということではない。俺と春夏秋冬、この二者が恋人としては向いていないということだ。簡単に言うなれば、相性が悪いのではないかということ。
元より敵対関係にあった仲だから、少し距離が縮まっただけで常人よりも進展しているように見えているだけで、本当のところは恋人と呼べるほどの仲ではないのかもしれないと、そんな風に感じてしまった。
単なる思い違い、経験不足による余計な不安の類なのかもしれないが、歪で正しくない付き合い方をしている俺と春夏秋冬を客観的に見れば、どうもその憂慮が拭えない。
そう言えば、そもそもどうして俺はあの時あの夜、春夏秋冬の誘いに乗ってしまったのだろうか。
その場の流れ? 勢い? 空気感?
……いや、違うな。
春夏秋冬の少し湿った綺麗で長い髪、色っぽい唇、なよやかな指、紅潮した頰。あの瞬間の鼓動の高鳴りは今でも鮮明に思い出せる。
それだけに刺激的だった。刺激的で、俺の情欲を猛烈に掻き立てた。
でも、ただ理性が本能に負けてしまったわけではないはずだ。言い訳がましいけれど、あの時は我慢しようと思えばできた。
だから俺が彼女の胸に触れることを選んだのには、また何か別の理由があるはずなのだ……。
――同情。
ふっと俺の脳内にその二文字が浮かんだ。
俺は、春夏秋冬朱々に同情したから誘いを受けてしまったんじゃないだろうか。
あの時、春夏秋冬は心を痛めつけられていた。自分の境遇に打ちひしがれ、愛と慰めを欲していた。
そしてそんな春夏秋冬を見て、俺はどう感じた?
可哀想だと思った。あまりにも不憫に思えた。彼女に対して憐憫を掛けた。
つまるところ、同情したのだ。俺は身勝手にも、
そして同情した結果、俺は自分の春夏秋冬に対する気持ちを蔑ろにして、彼女と繋がることを選んだのだ。
こうなると、俺は本当に春夏秋冬に惚れていたのだろうかという疑念も湧いてきてしまう。
ただ同情から春夏秋冬と繋がることを選択した後、立場や状況を考慮した末に好きだと言っただけだという可能性だってある。
自分が言ったことなのに可能性があるなんて言うのもおかしな話ではあると思うが、本当に好きだったのかどうかが曖昧になってしまった今、あの時の言動が俺の本心からだったのかもあやふやだ。こういう言い方をするしかない。
春夏秋冬の裏の顔、なぜ人気を欲しがるのか、母親が亡くなっていた秘密、母親の枕営業で自分がデキてしまったという彼女さえも知らなかった現実。
春夏秋冬のことを多く知っていくうちに、勝手に彼女のことをわかったつもりになっていた。お互い元々異常なまでに相手を嫌っていがみ合っていただけに、そうやって相手のことを深く知っていくにつれて大きなギャップが生じてしまった。
嫌なヤツだと思っていたのに、根は全然違ってすごく良い人だと気付いてしまったわけで。それは一種のギャップ萌えのようなものであり、相手のイメージを格段に良くさせてしまったわけで。
加えて言えばアイツは単純に顔が良い。可愛い、美しい、綺麗で華やかだ。
一目惚れという言葉があるように、俺が無意識下では春夏秋冬の見た目に惚れ込んでいたということだってあり得る。
きっと身体の関係をより濃くしていくことで、親密度が増していると勘違いしてしまっていたのだろう。実際には、決して親密になどなっていなかったのに。
ただただ肉体的距離感が近まっていただけ。俺と春夏秋冬は恋人としての距離感を築き上げられていなかったわけだ。
俺と春夏秋冬はセックスをして付き合ったと言っても同然だ。セックスに始まり、セックスに囚われていた。
だから体を重ね合わせることでしか愛を感じられない、感じようとしていなかったのだと思う。
……すごく、気持ちが悪い。同情で抱き締め、同情でセックスして、同情で好きだと言って、同情でキスして、同情で一緒にいて。
そんなの、不純以外のなにものでもない。本当の愛とは程遠い。
俺の思った以上に、俺と春夏秋冬は歪で間違っていて、それでいて不純だったらしい。
俺は東西南北校長から、悔いの残る人生には絶対にするなという面倒ごとを請け負ってしまっている。そしてもし現状を変えずこのままにしていれば、俺はいつか必ず後悔する。
であれば、やはり面倒ごとを解決するべく動かなくてはいけないだろう。
では、この不純を絶つためにはどうすればよいのか……。
考えるまでもなく、答えは明確だ。ずっと前から提示されていたと言っても良い。
何だってそう。結局はこうするしかないのだから。
今度こそ伝える。俺の気持ちをはっきりと。
そして、必ず彼女を変えてみせる。
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