No.17『初めての失恋は女の子を強くする』

 穢谷さんと春夏秋冬さんがファミレスから立ち去ってしまった後、取り残された自分と夫婦島めおとじまさんと一二つまびらさん。

 二人が付き合っているという驚愕の事実、その余韻が治らないまま、夫婦島さんが口を開きました。


「つ、付き合ってるってことは穢谷パイセンと春夏秋冬パイセン、アベックってことっすよね!」

「アベック……そ、そうですね。お二人はっ、ここ恋人同士という、わけですねっ」

「きゅぇーーー!」


 およそ人とは呼べない反応を見せる夫婦島さん。でもその事実にはこれだけ驚いてもおかしくありません。自分だってこれでも平静を保とうと必死です。

 あの二人がイイ感じだったのは否めませんが、まさか本当に男女交際の関係にまで発展するとは、きっと誰も思ってもみなかったはず。


「そっか〜……。もう、付き合ってたんだぁ……」


 そしてここでようやく一二さんが声を発しました。さっきの衝撃のカミングアウトから数分、ずっと黙り込んでいたので、きっと一二さんは自分と夫婦島さんよりもかなり驚きが大きかったんでしょう。驚きと言うか、ショックと表現した方が正しいかもしれません。

 と言うのもそれはやはり一二さんが穢谷さんに対して抱いていた想いが想いだったからなんだと思いますが。


「……良かったんすか? 一二、穢谷パイセンのこと好きだったんすよね?」


 夫婦島さんはおそるおそるといった調子で一二さんに問いかけます。

 一二さんが穢谷さんのことを好きだというのは以前から自分も何となく感じていました。聞けば一二さんを強姦魔から救い、しかもずっとコンプレックスだったオッドアイを初めてカッコいいと言ってくれた人らしいのです。

 惚れる要素は充分揃っています。でもそれを言えば春夏秋冬さんだってそうです。

 仲が悪かった時期だったとしても、中学生の頃からのお知り合いで共に校長先生のお仕事のお手伝いをしながら、徐々に徐々に距離を縮めていったのでしょう。


「うん〜……良いんだよ。葬哉くんも朱々ちゃんも、幸せなんだろうし〜」


 伏し目がちに夫婦島さんの問いに答える一二さんの声音は、ちょっとだけ震えていました。気にしていない風を装いながらも、一二さんからは悲しみが滲み出ています。


「あたし、朱々ちゃんに嘘吐きなんて言っちゃったけど、そんなこと言う資格無いよね〜。あたしだってずっと葬哉くんに本当に好きですって伝えなかったんだから」

「それを言ったら、穢谷パイセンの方だって一二の気持ちに気付いてたっすよ。気付いている上で気付いていないフリをしてたんす」

「でもそれだったらあたしもしてるもん〜。どっちもどっちだし、葬哉くんは何も悪くないしさぁ」


 一二さんは自分で自分に言い聞かせているように見えます。そうでもしないと隠し切りたい本心が込み上げてきてしまう、はたから見るとそんな感じです。


「校長先生からの頼みごとじゃなけりゃ働かない、俺は良い人じゃないからとか言いながら、あたしのお願いごと聞いてくれたり〜。あたしがピンチな時はいっつも葬哉くんがいて〜」


 自分が勝手に一二さんの気持ちを代弁するなんて烏滸おこがましいの極みですが、さながら穢谷さんは一二さんにとってヒーローなのでしょう。

 一二さんのピンチにいつも駆けつけて、そして助けてくれる。これだけ聞けば穢谷さん超カッコいいです。あ、別に普段がカッコよくないというわけではないんですけど。


「あたし初めてだったんだ〜、ひとりの男の人とだけエッチしたいなって思ったの。最初はそれがどうしてかわかんなかったけど、どんどんどんどん葬哉くんだけとエッチしたくなってきて、むしろ他の人とはしたくないなぁって思うようにもなってきて……」


 一二さんの表情が少しずつ変化していきます。それを見て、夫婦島さんも隣でいたたまれない顔をしています。

 自分は今、一体どんな顔をしているんでしょうか。この場にそぐう顔を無い表情筋を下手に使って作ろうとはしますが、上手くいきません。普段から表情筋を酷使していないツケが回ってきてしまいました。


「だからっ、だからね……あたしっ、はっ」


 一二さんの言葉に嗚咽が混じり始めました。そしてそれを自覚したと同時に、き止めていた感情が溢れ出してしまったようです。


「……好きだったんだよぉ。あたしぃ、葬哉くんのことホントに好きだったのぉ! ううっ、うぁぁぁぁぁぁぁあん! うわあぁぁぁん!」


 一二さんは感情を堪えることが出来ず、ついに声を上げて泣き出してしまいました。性行為依存症で、愛は性行為でしか感じられなかったという一二さんが初めてひとりの男性に恋し、そして失恋してしまったと。

 自分は失恋はおろか初恋もまだ経験したことがありません。けど、一二さんの中でこの失恋はきっと辛く苦い思い出でもあり、一二さんの青春を象徴する素敵な想いとしても記憶に残されるんだと思います。


「……慰めにはならないと思うっすけど、なんか奢るっすよ」


 涙する一二さんに夫婦島さんは優しく肩に手を置いて言いました。

 すると一二さんは鼻をすすりながら夫婦島さんに首を傾げます。


「グスッ……。ホントぉ? じゃあ、ヴィトンのおサイフね〜……」

「おぉ、落ち込んでる割にはがめついっすね……」


 きっとそんなもの買えるお金は持ち合わせていないんだろうけど、カッコ良く決めてしまった手前、後に引けないといった様子の夫婦島さん。表情で丸わかりです。

 失恋は女の子を強くするとどこかで聞いたことがあります。性行為依存症であった一二さんは穢谷さんに恋し、少しずつ少しずつその症状が薄れていったと言っていました。

 一二さんの場合、強くなると言うよりかはこの恋は性行為依存症の治療薬のようになったんではないでしょうか。

 性格悪い感じにはなってしまいますが、一二さんにはおめでとうと言いたい気にもなります。


 まぁとにかく今回自分が心の中だからこそ言えることはひとつです。

 穢谷さん、意外にも罪な男ですね……。

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