第3話『あたしの尊敬する大好きな朱々ちゃんじゃない!』
No.15『一月十四日は良い死の日』
正直言って、四月からの数ヶ月間で俺はかなりレアな体験を多くしてきたと思う。思うと言うか実際そうだと言い切れるわけなんだけど。
過去のあれやこれやはもちろんのこと、つい数日前もそうだ。性的暴行の現場で犯人をとっちめるなんて経験、人生であるかどうかわからないレベルだし。
それと春夏秋冬のお袋さんが春夏秋冬へ贈ったあの大量の万札の束……もといお小遣いな。あれを見る経験ってのもなかなか無い。あの後春夏秋冬と数えた結果、五百万弱の金額があった。最後の最後にShikiさん大盤振る舞いだ。
春夏秋冬は使い道は今後しっかり考えるつもりだと言っていたが、学費に消える可能性が大だとも言っていた。
にしても、どうしてあの雑誌記者があんな大事なものを預けられていたのだろうか。第三者から見ても、仲が良かっただけでは済まされない気がするわけで。
そこに関して問い質したいところではあるが、もう俺があの雑誌記者と会うこともない。そもそも第三者の部外者な俺が問い質すのも変な話だし。
しかしながら、春夏秋冬はさぞ嬉しかったことだろう。
愛情は金では買えないとは言うが、愛情を金で表すことは出来る。プレゼントや食事など、相手が自分に対して消費してくれる金額が高ければ高いほど愛されているなと感じる強さも高まる。
これは別に何ら卑しい考えなどではない。
自分に対して高い金を惜しまず使ってくれる、
だからShikiさんから多額のお小遣いを十年越しに受け取り、愛を感じ、きっと嬉しかったはずだ。精神的にワンランクアップしたんじゃないだろうか。
だけどもそんな春夏秋冬さん、現状学校生活においては未だ嫌がらせの被害に遭い続けていた。
相変わらず抵抗することはせず、ただただ黙って嫌がらせを受けている。自分はそれだけのことを彼ら彼女らにした、だから仕方のないことだと言って。
春夏秋冬は今までクラスどころか学校中の人気者だったわけで、もちろん担任の何たら先生も人間関係の変化には気付いているような素振りを見せている。
当事者じゃないからはっきりとしたことは言えないが、春夏秋冬の腹黒暴露により学校のカーストは大きく変化したんじゃないだろうか。
少なくとも俺と春夏秋冬の所属するここ二年六組に関しては、春夏秋冬のドロップアウトに加え、
噂(盗み聞き)に寄れば、週二日あのヤンチーギャルは精神科病院に通っているらしい。俺がそれを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、クレプトマニアの治療という説。てか多分確実だ。春夏秋冬と縁を切るだけでは足りなかったのだろうか。
とにかく春夏秋冬の堕落と定標の登校日数減少により、六組のカースト上位には順番で例のモブっ娘、
「ねー、テラスにご飯食べに行こー?」
「あ、うん! ちょっと待って! まだノート写し終わってなくて」
「えぇー。ノートとかもう良いじゃん、私お腹空いたー。もう先行っとくからね」
「あ、緋那……っ!」
確か数学の係だった女の子が四十物矢を呼び止めるも、四十物矢は見向きもせずその他複数人を屋上へと促す。
前々は春夏秋冬か定標の後ろにくっ付いて回るだけのモブだったクセに、あの二人の権力が働かなくなった途端にこんだけデカい面するんだから、女子はホント怖いぜ。
そんな風に四十物矢の構築した六組の新女子カースト上位グループを観察していると。
「あっ、ごめーん朱々。足引っかかっちゃった!」
大根も大根なワザとらしい四十物矢の声音が響いた。四十物矢が足を春夏秋冬の机に引っかけたことにより、机は揺れ動き、机上をスライドする形でお弁当箱がひっくり返って地面に落ちてしまった。
静まり返る教室。視線はジッと春夏秋冬に向けられ、次にどんな行動を起こすのか動物園で生き物を見る客のような目をしている。
「……」
「えー、無視ぃ? 朱々ヒドい〜」
何も反応せずにひっくり返ってしまった弁当を片付ける春夏秋冬に、四十物矢は愉快そうに口の端を歪めて言う。
それにも春夏秋冬がシカトしていると、興味を失ったのか親衛隊を連れて教室を後にしていった。教室内もそれを機にそれぞれのグループで昼飯や会話に戻っていく。まるで今までのことは何もなかったかのように。
コイツらにとって今のはテレビをつけて出たドラマのワンシーンとしか思っていないのだろう。所詮は他人事だ。
その時、俺はふと春夏秋冬の足元が視界に入った。上履きの隙間から新聞紙のようなものが見え隠れしている。あれはもしかしなくても、上履き濡らされ対策なんじゃなかろうか。
上履きを濡らされないよう持ち帰るとそれはそれで濡らすという嫌がらせをする人物たちにとって反抗していることになってしまう。だから新聞紙を中に入れて履くことで相手に濡らさせることもできるし、自分はある程度は靴下を濡らさずに済むというわけだ。
…………なんかなぁ。なんとも言えないんだけど、それじゃ先には進まないし、何かが終わるわけでもないと思うんだよな。
だからと言って俺が解決策を思い付けるのかと言われれば首を横に振るわけで。
春夏秋冬には学校では絶対に話しかけるなと言われているが、正直見ていられないところが多過ぎる。彼氏としてもそうだし、春夏秋冬の本質を知りもしない人間が勝手に悪い噂を流したり嫌がらせしたりするのが腹立たしくて仕方ない。
もう最近は陽キャ陰キャ関係なく普通に殴りかかっても良いんじゃないかなんて思っちゃったりもする。
まぁとは言いつつ俺はそんなことする度胸もない腰抜けなので春夏秋冬の言いつけ通り、黙って傍観者を決め込んでいるわけなのだが……。
「んぉっ!?」
帰宅中、角を曲がった瞬間目の前に人が現れ、俺は間抜けな声を上げてしまった。
「……さすがにビビり過ぎでしょ」
「なんだ、春夏秋冬か……。焦ったー」
春夏秋冬は俺の驚いた顔にジト目を向けるが、実際曲がり角を曲がった瞬間目の前に人がいたら誰だって驚くと思う。
ただまぁ俺がビビりであるということが春夏秋冬の頭の中で固定概念として居座っている限り、俺はいつまでもこうしてジト目を向けられることになるのだろう。
「穢谷、明日誕生日でしょ?」
「ん、あー、そうだけど、よく覚えてたな」
「まぁ良い死の日って語呂が超覚えやすいからね」
「そういう春夏秋冬はゴミの日……」
「黙りなさい」
「……はい」
ちょっとした冷やかしで言ってみただけだったが、結果的に蛇に睨まれた蛙の気分を味わうことになった。
「えっとー。んじゃもしかしなくてもなんか祝ってくれる感じ? やったー嬉しいー」
「口調が棒読みなのよねー。まだ祝ってあげるとも言ってないし」
「じゃあ祝ってくれねぇの?」
「もちろん祝ってあげるわよ」
ここまでの会話が猛烈に不毛でしかないと思うか恋人との楽しい他愛ない会話と思うかは人それぞれ。ちなみに俺は後者です。
「ただ、今日はごめんけど私だけが何かしてあげるって日じゃないわ」
「……と言うと?」
「
「あぁ、なるほどな。それ俺言っていいヤツ?」
「多分ダメ。でも秘密にしといてとは言われてないし、私が責められる筋合いはないわ」
いやかなり屁理屈だとは思いますけどね。
まぁ一二が春夏秋冬の疲れた心を癒そうとクリスマスパーティーを開いた時も同じように俺は一二の心情を春夏秋冬へ言ってしまったわけだから、俺がとやかく言う筋合いもないわけで。
「でも安心して。私、普通に穢谷の誕生日はお祝いしようとしてたから。明日、学校終わったら駅で待ち合わせね」
「あー、いやすまん明日はちょっと……」
「えっ……」
「忙しい親父がこういう日くらいは家族揃って飯食おうって言っててさ、毎年誕生日の夜はそうなんだよな」
「あ、あぁそっか。そういうことね……。そりゃそうよね、誕生日に家族から祝われるの、当たり前か……」
おそらく、コイツは誕生日を家族に祝ってもらったことがない。だからこうして自分を納得させるように遅ればせながら俺の話を理解しているのだろう。
春夏秋冬の前であまり家族関連の話はしないよう勝手に自分の中で決めていたが、以前春夏秋冬にもう心配させるようなことはしないと言ってしまったわけで、『ちょっと用事が……』みたいな曖昧な返答は出来ない。
よって勝手にタブーとしていた家族話を出したわけなのだが、春夏秋冬は俺がそんな配慮をしているということも嫌がりそうだし、今後は俺も気にしないでいよう。
いやはやにしても……。
「ふっ、はははっ」
「な、何で笑うのよ!」
「いや、明日はちょっとって断った瞬間の春夏秋冬の顔が可笑しくて。超絶望って感じだったから」
「っ!? ……んんー///!」
俺の指摘に春夏秋冬は声にならない叫びを上げ、恥ずかしそうに自分の髪をわしゃわしゃする。そして赤くなった顔を隠すように俯いて、ぽしょぽしょと呟く。
「実際断られてショックだったし……穢谷が断るなんて思わなかったし」
「いやもう少しだけ早めに言っといてくれたらさ、当日空き作れたんだって。俺だって、まぁ断りたくはなかったし?」
「何よまぁってー。それに疑問形だし。実はそんなに思ってないでしょ」
「思ってるって。俺照れ屋さんだから正直になれなくてさー」
「だから棒読みなんだけど! 誕生日前だからって穢谷私で遊び過ぎ! もう誕生日祝ってあげないから!」
頬を膨らませ、ぷいと
とまぁ美女名画を眺める気分でいられたのは最初のうちだけで、その後俺は意外とかなりお怒り気味だった春夏秋冬の隣でずっとご機嫌取りに励むこととなった。
そしてもうひとつ言うなれば、この時俺も春夏秋冬も俺たちを物陰からひっそり窺う人間がいたことに気付いていなかった。
△▼△▼△
俺が現状を打破することが出来ないのであれば、春夏秋冬には少しでも良いから楽しいと思ってもらえるようにするしかない。
それを
まぁ今は颯々野のことはどうでも良くて。
春夏秋冬が学校をツラいと感じているのなら、せめて学校外では笑っていてほしい。
だから春夏秋冬と接する時はなるべく冗談ぶちかまして明るく振る舞っているつもりだ。元々明るくない人間だから全然そう感じられていないかもだけど。
とにかく俺は春夏秋冬朱々の彼氏として、慣れないこととわかっているけれど、彼女を笑顔に出来るよう努力するしかない。
話は変わって、本日の俺の誕生日前祝いの件。一二プレゼンツ、穢谷葬哉のお誕生日会とのことで、どこに行くんだろうと一瞬思考を巡らせた。でも俺たちが集まるのであればもうあそこしかない。それに気付いた瞬間考えることをやめた。
そしたら案の定春夏秋冬の歩む道はどんどん見覚えのある道になってゆく。もう別に案内されなくてもどこが目的地かわかる。
何だろうねこの帰ってきた感は。もう第二の故郷と言っても過言じゃないよマジで。
ファミレスの前でそんなことを考えていると、春夏秋冬が先行して中に入っていく。俺もそれに続いて店内へ。
ファミレスに入った瞬間、いつもの接客テキトーウェイトレスさんではなく、代わりにこんな声が俺たちを出迎えた。
「朱々ちゃんはそんな人じゃないですぅ! 今すぐ謝ってくださいっ!」
「うるせぇよなんでお前に謝らなきゃいけねぇんだよ! 訳わかんねぇし!」
「朱々ちゃんへの侮辱は許せないです〜! 朱々ちゃんのこと何も知らないで、朱々ちゃんのこと語らないでよぉ!」
「あ? お前マジで何なの? 一年のクセにナメんなよオイ!」
「ま、まぁまぁ落ち着いてくださいっす……」
いつもの喫煙席の方からは一二の怒鳴っているとは言い
「おい、なんかアイツら揉めてねぇか?」
「みたいね……。しかも、私のことで」
春夏秋冬は憂鬱そうにため息を吐き、一度深く呼吸して息を整える。そして喫煙席へ足を踏み入れた。
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