第4話『私のこと、お願いだから慰めて』

No.11『俺は依存してしまっているのかもしれない』

 一二が我が家に押しかけてきた日から数日後。クリスマスパーティーの当日、クリスマスイブの日は劉浦りゅうほ高校二学期終業式だった。東西南北よもひろ校長の訓話と生徒指導の教師から冬休みの生活についての話があっただけで、比較的短く終了した。

 教室でHRがあり、その後夏休みの時のように放送で校長に呼び出されるかと思ったが、放送が流れることもなく俺は帰路を辿ることになった。終業式の訓話中の校長はいつも通りニタニタと無理矢理笑顔を浮かべていたが、春夏秋冬との関係を絶ってから呼び出されることも少なくなったように感じる。

 いや、感じているだけで別に少なくなったわけではないか。一学期だって二週間に一度とかの割合だった。定標の件からそこまで日数は経っていないし、呼び出しの放送が無いのもおかしな話では無い。

 だったらどうして、俺は呼び出しが少ないと感じてしまったのだろう。

 春夏秋冬から下位の存在であると言われなくなり、自分が下位の人間であると自覚出来る、弱みを握られ奴隷みたいに扱ってもらえる東西南北校長との関係に、俺は依存してしまっているのかもしれない。

 依存は抜け出したい。だけどゴミみたいな存在だと自分を下げて安心してしまうこの性格を直したくもない。成長せず、クズでカスのままいたい。そんな考えを持っている時点でクズなわけだが。


「おーい。穢谷!」

「ん……おぉ、春夏秋冬」


 踏切で自転車を停止させていると、後方から春夏秋冬が駆けてきた。もしかして学校出てから追いかけてきてたのに俺が気付かず、自転車の俺を走って追いかけて来たのかもしれないなんて馬鹿げた妄想をしてしまうほど、春夏秋冬の額には汗が浮かんでいた。


「今日、あんたの家でクリスマスパーティーするのよね? 私、場所わかんないんだけど」

「一二から話聞いてないか? 夫婦島とか祟たちは一回ファミレス集合してからうち来るみたいだぞ」

「あぁ、そうなんだ。でもファミレス集合よりも確実に直接私の家から行った方が近いのよね……」

「うん、だろうな」


 俺と春夏秋冬は中学校が一緒で所謂いわゆる地区も一緒だ。だから一度街の方にあるいつものファミレスに集合するよりも、自宅から俺の家に来る方が格段に早いし近いし無駄がない。


「……直で、うち来るか?」

「えっ?」

「あー、嫌ならいんだけど……」

「あっ、違うの! ちょっと驚いただけだから。いやでもなんで私驚いたんだろ。驚くポイントあった?」

「いや俺が聞きてぇよ」


 そんな会話をしているうちに電車は通り過ぎ、遮断バーが上がる。俺は自転車から降り、手で押して春夏秋冬と踏切を渡った。


「んでどうする。このままうち行く?」

「んー、でもせっかくだし服は着替えたいのよね」


 何がせっかくなのかはわからないが、確かに制服のままでいるのが嫌なのはわかる。やはり春夏秋冬には一度ファミレスに行って一二案内で来るしかないんじゃないだろうか。


「一先ず、一二にどうしたらいいか連絡入れたらどうだ?」

「そうしたいのは山々だけど、昨日の夜スマホ充電し忘れちゃってさ。家に置いて来ちゃった。穢谷のスマホ貸してくれない?」

「……すまん。今日終業式だし昼で帰れるから使うこともないかと思って、俺も持ってきてねぇ」

「はぁー? 使えないわねー」

「うるせぇな。どっちもどっちだろ」


 そもそも自転車通学の俺は登校中にスマホイジるタイミングは無い。それに学校でもほとんど使ってないし、正直毎日持って来ていただけだった。だから以前から今日みたいに昼で帰れるような日には持って来ないようにしているのだ。それに東西南北よもひろ校長のおかげでスマホに関する校則は若干緩くなったが、今でも見つけたら没収っていう先生いるし。使ってないけど取られたら取られたで嫌だからな。


「ホントどうしよ。ファミレス行くのはめんどいしなぁ」

「んじゃお前ん家まで俺が付いて行くってのは? お前は着替えてそんまま俺に付いて来て家に来りゃ良いし」

「え、でも……それだったらあんたが遠回りすることになるけど」

「いやいやそれくらい別にいいよ」


 変なところで謎に遠慮してきた春夏秋冬に、俺は笑ってしまった。その時ふと俺の頭にあるフレーズが浮かんだ。 そのフレーズを春夏秋冬へ言いたくて仕方なくなった俺は、その気持ちそのままに発音した。


「こないだ春夏秋冬に言われて色々考えたんだけどさ」

「なにを?」

「俺も、お前のこと嫌いじゃないんだなって」


 言う前はめっちゃしたり顔で言ってやろうと思ってたんだが、いざ面と向かって春夏秋冬に言うとすごく照れ臭い。コイツ、よくこんなこと俺に向かってドヤ顔で言えたな。やっぱメンタル強者だ。

 そんな自分で言って照れちゃった俺に対して、春夏秋冬の方は一瞬ポカンとしていたが、すぐハッと我に返り、何故かぷいっと外方そっぽを向いてしまった。


「自分で言って自分で照れないでよ……こっちまで照れちゃうじゃない///!」

「わ、悪い。この前お前に言われた時から言い返したくて仕方なかったんだよ……」

「もー、アツいアツイ! 穢谷自転車の後ろ乗せて、道は私が言うからさっさと行くわよ!」

「お、おう」


 春夏秋冬は俺に有無を言わさぬ足取りでママチャリの後ろの荷台に横向きで腰掛けた。俺はサドルに跨り、ペダルを漕ぐ。

 それが俺にとって人生二回目の違法行為、自転車の二人乗りとなった。一度目は息が合わずバランスを崩し、思いっきり転んでしまったが、今回はそうはならなかった。


「「……」」


 春夏秋冬は黙って俺の背中へ身体を預けてきた。自分の頰が、春夏秋冬の体温ともぞもぞと当たる髪の毛を背中で感じることによって紅潮していくのがわかる。

 俺は暑くなった顔を冷やすためにより一層ペダルを漕ぐ力を強めた。




 △▼△▼△




 春夏秋冬の家は予想通り我が家からそこまで遠い場所に位置していなかった。自転車で十分か十五分くらいの距離だ。

 そして何より敷地と建物自体のデカさで若干異彩を放っていなくもない。俺に散歩趣味があったら多分絶対この家は目に入っていたと思う。

 とにかく春夏秋冬の案内で春夏秋冬ん家に辿り着き、今は春夏秋冬の準備が終わるのをドア前で待っている。玄関に入っとけと言われたが、どうせ女の子の家に入ることが出来るのなら玄関だけでなくお部屋まで入りたいので、俺の人生初女の子の家訪問は遠慮させてもらった。童貞は結婚相手に捧げるみたいに童貞大事にしちゃってるのとほぼ同じ考えだ(頼むから伝われ)。

 程なくして春夏秋冬は制服から私服に着替えて出てきた。白くてモコっとした暖かそうなパーカーの上にチェスターコートを羽織り、下がデニムパンツとスニーカーという出で立ちは文句無しによく似合っている。

 

「しまった。スマホ、充電器に刺すの忘れてたわ。穢谷ん家で電気もらってもいい?」

「おー、いいぞ」


 春夏秋冬が荷台に腰掛けながら問うてきたので了承し、俺は再度ペダルを漕ぎ始める。

 その後我が家までの移動中、春夏秋冬との会話は無かった。ペダルを漕ぐこと数十分、我が家の前で自転車を止める。すると春夏秋冬は荷台から降り、キョロキョロ辺りを見回して言った。


「家近いんだろうなとは思ってたけど、ホントにかなり近かったわね」

「そうだなー」


 俺は春夏秋冬の感想に相槌を打ち、家の鍵を開ける。ドアを引き、中に入るとそれに春夏秋冬も続く。


「お邪魔しまーす」

「へーい。リビングそっちだから、ゆっくりしといてくれ」


 俺はリビングを指差し、二階の自室へ。そこで制服から私服に着替え、さらにコンタクトレンズを外して充電器を手に持ち部屋を出る。家の中じゃテレビを見るとき意外は裸眼で過ごすようにしているのだ。

 ……しかし、後からみんな来るってことで意識してなかったけど、今俺って女の子と家で二人きりなんだよな。さっきの二人乗りのこともあるし、変に意識してしまう。

 俺が平静を装ってリビングに戻ると、春夏秋冬はソファに控え目にちょこんと座っていた。その様子は借りてきた猫という言葉がぴったりですごく可愛らしい。ずっと見ていられるような気もしたその後ろ姿に声をかけ、充電器を手渡す。


「あぁ、ありがと。ていうか穢谷、親は大丈夫なの?」

「うん。親父とお袋、明日が結婚記念日だから旅行行っちまった」

「え、あんたは行かなくて良かったの?」

「良いの良いの。子供ガキがいない二人っきりの旅行の方があっちもやりたいことやれるだろうし」

「ふーん、そういうもんなんだ」


 首を傾げていたが、納得したらしい春夏秋冬。充電器をコンセントに挿し込み、自分のスマホに接続した。

 

「ん、これ穢谷のお父さん?」

「おう。似てねぇだろ」

「そうね。やっぱり顔はお母さん似なのね。この小さい頃の写真とか超そっくりじゃん!」


 棚の上にいくつか並べられた写真立てを指差し、ジッと写真を見つめる春夏秋冬。俺もその写真を確認するため、グッと顔を近付ける。すると。


「「……っ!」」


 必然的に俺と春夏秋冬の顔の距離は頰が触れてしまいそうなほどに近くなってしまった。顔を見合わせ、お互いバッと飛び退く。


「ご、ごめん……」

「いや、俺も自分の家で気が抜けてた。すまん」


 客観的に見れば、どっちも何も悪くない。それなのに俺も春夏秋冬もお互いに頭を下げた。おのれ、今日だけで春夏秋冬にドキドキさせられっぱなしだ。

 ソファに人二人分くらい間を空けて腰掛け、何も言わず黙っていると、我が家のチャイムが響いた。俺は立ち上がり、インターホンを押す。


「はい?」

『葬哉く〜ん、みんな連れて来ましたぁ』


 一二の特徴的な間延びした声が聞こえ、俺は玄関へ。ドアを開けると一二とその後ろに夫婦島と祟が立っていた。


「あぁ〜、朱々ちゃん! 良かったぁ、電話繋がらなくて心配したんだよぉ〜」

「はいはい、ごめんごめん。昨日の夜スマホ充電し忘れちゃって家に置いて来ちゃってたの」


 三人をリビングに通し、春夏秋冬の顔を見た瞬間、一二が春夏秋冬へ抱きついた。それを春夏秋冬は面倒くさそうな口調ながらまんざらでもない顔で受け止める。


「春夏秋冬パイセンはどうやって来たんすか?」

「穢谷に自転車で家まで送ってもらって、そのままこっちに来たの」

「うわっ! 二人乗りっすか! マジ青いじゃないすかぁ〜!」

「うっせえなー。そうする他無かったんだよ」


 俺が夫婦島へ反論すると、夫婦島はさらに俺に言い返してきた。


「別々で帰って穢谷パイセンがラインで住所送れば良かったじゃないすか」

「「あっ……」」


 声を揃えた後、顔を見合わせ押し黙る俺と春夏秋冬。うーん、その考えは全く生まれなかったなぁ。

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