No.11『『ご新規さん一名入りまーす!』』

 スパゲティを平らげ、俺はすぐに金を払って外に出た。店内にかなり人が多くなってきたし、あまり長居すると混んでしまう。

 今度はどこに行こうか。時刻は一時ちょっと過ぎ、雲母坂きららざか黎來れいなのショーが始まるのはまだ二時間ほど先だ。劉浦高文化祭毎年恒例のイベント、私服ファッションショー的なのがあるらしく、そのトリでマル秘ゲストとして雲母坂黎來が登場することになっている。

 一般人の私服ショーなんて見てなにが面白いんだろうかと思ってしまう俺だが、去年の文化祭を一切知らないので実際に見てはないのだけど、噂(人が話しているのを盗み聞いた)によるとめちゃくちゃ盛り上がるらしい。ちなみに去年は聖柄ひじりづか春夏秋冬ひととせがそれぞれ男子女子の優勝だったそうだ。もう私服関係無くて顔の問題なんじゃねぇの。


「よぉ〜すっ! 汚れ役ん!」

「……あぁ、よぉ」

「うわぁ、テンション低っ!」


 物思いにふけながら行く当てもなくテキトーに歩みを進めていると、三度の飯より恋バナ大好き二人でひとりなバレー部マネジ、華一かいちもんめ籠目ろうもく夏込かごめに捕まってしまった。

 いつも通り俺の苗字イジりをする華一と俺の反応にクスクス笑いをこぼす籠目は、相変わらず悩みなんて一切無く毎日楽しそうだ。会っただけでそう思わせるほどに二人のテンションは高く、表情は明るい。


「もうウチの『汚れ役ん』に触れてくれなくなっちゃったねー」

「いや元からほとんど触れてないけどな」

「おぉー、穢谷くん今日もノッてんねぇ〜!」


 俺の流れるように出たツッコミに感心した声音で拍手する籠目。すると急にパッと表情を明るくさせ、一歩近付いて問うてきた。


「あ、ていうか穢谷くん今暇!? 絶対暇だよね!」

「うん、暇だけど……」

「んじゃウチらのクラス来てよ〜!」

「お前らのクラスって、お化け屋敷だったよな」

「そだぜー! めっちゃレベル高いからもしかしたら穢谷くん、チビっちゃうかもしれないよ〜?」

「そうかー、チビんのは嫌だからやめとくわ。それじゃ」

「あー、待って待って待って!! ウソウソ、全っ然怖くないから!」

「お化け屋敷なのに怖くないってww。それはそれでダメでしょ!」


 籠目はいつも通り華一の発言に対してゲラゲラと腹を抱えて笑う。流石は箸が転んでも可笑しい年頃真っ盛りだ。


「でも正直なところどうなの。穢谷くん、お化け屋敷とかイケるタイプ?」

「ふっ。自慢じゃないが人生で一度も入ったことがない」

「そのドヤ顔は完全に自慢のつもりなんだろうけど……だったらちょうどいいじゃん!」

「なにが?」

「ウチらのクラス、人生初のお化け屋敷に相応しい程度の怖さだと思うから」


 そういう意味ね。まぁ所詮は高校の文化祭のお化け屋敷だ。どれほどのものかは何となく予想もつく。ぶっちゃけたことを言えば、俺はかなりのビビりなので多分普通にお化け屋敷とか苦手なタイプだと思う。だから文化祭レベルの怖さでお化け屋敷童貞を卒業しておくのも悪くない。

 でもこの二人に乗り気だって思われるのは嫌だから、渋々みたいな雰囲気を出しておくことにした。


「まぁ別に無理に断る理由も無いし、お化け屋敷入らせてもらうわ」

「「ホントに!?」」

「うん、ホントホント」

「「やった! ご新規さん一名入りまーす!」」


 揃ってガッツポーズをとり、そう叫びながら俺の腕を引っ張る二人。俺が乗り気じゃなかろうと、結局すっげぇノリノリな華一と籠目だった。

 そのまま腕を引かれ、お化け屋敷をやっている二年五組の教室へと案内された。普段から二年五組の教室は通りがかるのだが、文化祭仕様に模様替えされた二年五組の教室(外観)は意外とクオリティが高く仕上がっていた。

 

「タイトルは戦慄教室!」

「これであなたも戦慄間違いなしだよ!」


 華一と籠目はババーンといった感じで手を大きく広げて言った。

 戦慄教室……どこぞで聞いたことあるような名前だ。そして絶対色んな学校の文化祭を見て回ればもう二校くらいは同じ名前でお化け屋敷やってそう。


「おい! 鯛兎たいと起きろ!」

「ん、んぁ。なにまたお客さん連れてきたの? ってなんだ穢谷か。久し振り〜」

「ここでそんな挨拶は良いから、さっさと中に準備するように言って!」

「あいよー……おーい! お客さん来たから準備ぃ!!」


 入り口前で椅子に座って爆睡かましていた量産型爽やかイケメン、来栖きす鯛兎たいと。寝ぼけ眼で入り口扉を少し開き、中にいる驚かせ役の人間に叫ぶと、『へーい』と複数人の揃った声が聞こえた。あんまりそういうのは客に見せない方が良いのでは?


「それじゃ、行くぞっ!」

「え、お前らもついてくんの?」

「当たり前じゃーん。どうせなら驚く穢谷くん撮りたいし」

「よし、出るまで没収な」

「あー! ちょっとっ! スマホ返してよ! ……このクソッ、ガリノッポめ!」


 華一がニヤニヤしながらスマホを構えていたので、ひょいと奪い取り身長差を活かして少し意地悪をしてやった。スマホ目掛けてぴょんぴょんジャンプする華一の無様な姿を見ることが出来た俺は大満足で、ガリノッポという意外に傷付く罵倒も気にならない。

 するとその様子を見た来栖が感心したような声を上げた。


「すげー。匁が夏込以外に丸め込まれるの初めて見た」

「ふっふっふっ。ウチが唯一認めた弟子だからねぇ」

「お前の門下に入った記憶はねぇぞ」

「あはははは! さっすが返しが一味違うねぇ」


 そう言ってバシバシ背中を叩いてくる籠目。痛いよ、なんだよ好きな子に嫌がらせしちゃうってアレか? ……冗談でも厚かましかったな、全ての籠目ファンに謝罪しよう。

 俺が心の中で土下寝していると。


「「さぁ、行くぞ穢谷くん!」」

「あ、おう」

「いってらっしゃ〜い」


 夢の国のキャストばりの笑顔で手を振る来栖の見送りを受け、俺は戦慄教室へ足を踏み入れた。




 △▼△▼△




 外観はかなりクオリティが高かった。であれば中身もそれなりの期待をしてしまうものだが、人を驚かすという行為においてクオリティの高い低いなんてあるだろうかと謎に思案してしまった。

 確かに怖さに関してはそれぞれお化け屋敷ごとにレベルの高さがあってクオリティ高い低いと言われているのかもしれない。だがそれは規模のデカさによるような気がしてならないのだ。

 ここでいう規模は、土地のデカさ、幽霊の演技や本物のようなメイク、仕掛け、人が怖いと感じるような演出、驚かし方などのことで、それぞれがレベルの高いものであればそれだけお化け屋敷が怖くなり、クオリティが高いと言われる。

 土地に関しては大きければ大きいほど金がかかるし、幽霊役の役者やメイクさんを用意するのにも金がいる。仕掛けだってそうだ、金があれば驚かすための仕掛けが作れる。

 つまり、資金さえあればどんなお化け屋敷もクオリティが高くなるのだ。文化祭のように予算が決まっていて、その予算全てを注ぎ込んだお化け屋敷であるならば、例え怖くないと言われたとしても予算分やることはやってるわけで。要は資金ゲーなわけで。

 そんな風にワーワー両隣で言ってる華一と籠目をガン無視して考え込んでいると、いきなり腕を両方からガシッと掴まれ、しなだれかかってきた。次いで二人はこんな声を上げる。


「いや〜ん、怖いよ〜!」

「穢谷くん助けてぇ〜!」

「いやお前ら作り手だろ」


 お前らが怖がる意味がわからん。

 ただやはりこういう時にこの二人もしっかり女の子やってるんだなと再認識してしまう。双方から腕を掴まれ、自然と顔が近くで見える。その際にふわっと香る香水の甘い匂いと薄くながらもメイクしているのがわかった。普段は顔合わせた瞬間に面倒なちょっかいかけてくるクセに、ふとした瞬間に女の子感出してきやがって。チクショー、よく見たら(よく見なくても)可愛いじゃねぇかよお前ら。


「だって穢谷くん全然怖がらないじゃーん」


 華一が唇を尖らせて不満げにそう言う。すごい、可愛さに先ほどの一番合戦さんと雲泥の差があるぜ。


「お前自分で全然怖くないとか言ってたじゃねぇかよ」

「にしても驚かな過ぎじゃなーい? 感情失ったん?」

「失ってねぇよ」


 華一の言葉に、テキトーなツッコミを入れた時だった。ふと、籠目のいた右隣から人の気配が消えたのに気付いた。見てみるとやはり籠目がいない。


「あれ。なぁ華一、籠目がいなくなって……」

「「わぁっ!!!」」

「んうぉっ!?」


 籠目が消えたことを華一に報告しようと首を右に捻るも華一はおらず。いつの間に移動したのか二人で俺の真後ろからドンと背中を押してきて、バカデカい声で俺を驚かしてきた。そして見事に二人の策略にハマった俺は華一と籠目の求めていた反応を提供してしまう。


「うきゃきゃきゃきゃきゃ!! よっしゃ大成功だ、よくぞやってくれた夏込殿〜!」

「いえいえ! 拙者、匁様のお役に立てて嬉しゅうござんす〜!」

「……チッ」


 おのれ、いつもの伝統芸がこんなに腹立たしいことは初めてだ……。完全にしてやられてしまった。いつかやり返そ。

 その後はそれ以上驚くようなことはなく、平和に戦慄教室を終えた。出口を通ると、入り口側の椅子に座っていた来栖が出口側の椅子に移動していた。


「おかえりー。なんか最後の方にめっちゃ声聞こえたけど、どうだったー?」

「お化けじゃなくて味方に驚かされたよ」

「「イェーイ! ばっちり驚かしてきたぜ!!」」

「穢谷も大変だなー、この二人に気に入られて」


 来栖はやれやれという調子で笑う。大変は大変なんだけど、たまにしか会わないから不思議とちょうどいいんだよなぁ。

 小躍りして俺を挑発してくるアホ二人を冷めた目で見ながらそう感じていると、俺のスマホから着信音が流れた。

 画面を確認すると、そこには『春夏秋冬朱々』の文字。電話に出ると、もしもしも無しに春夏秋冬の声が俺に問うてきた。


『今時間ある?』

「なんで? なんか用……」


 と俺が逆に問おうとした瞬間、スマホの向こうからこんな声が耳に届いた。


『こんにちはー! 雲母坂きららざか黎來れいなです!』

「ほぇ?」

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