No.10『ひとりで回るほど寂しいこたぁないよ〜w』

 一二つまびら颯々野さっさのの背中が見えなくなり、俺はその場でじゃがバターを全部食い切ってから平戸さんクラスに行ってみることにした。

 平戸さんのクラス(一番合戦さんのクラスでもある)、三年四組はパンフレットに『♂♀喫茶』と記載されているのだが、これは読み方は『オスメス喫茶』で良いのだろうか。喫茶店の名前に付けるには不向きな単語だと思うんですがオスメスって。

 ただパンフレットを見た時一番目に付くのは確かにこの名前だ。インパクトとしては抜群、流石は三週間以上前から準備を始めていただけはある。

 とにかく行ってみてどんなものか見てみるとしよう。今いる一階から二階の三年四組の教室に行くため階段を登り、すぐにたどり着いたは良いものの、教室前は何やら人が多い。並んでいるわけではないようで、ただ見ているだけのような感じだ。

 教室には段ボールで作られた『♂♀喫茶』という文字がある。平戸さんのクラスはここで間違いはないようだが、それにしても何故コイツらは見ているだけで入ろうとしないんだろう。


「いらっしゃいませ穢谷くん! ワタシたち三年四組は男装女装喫茶やってるんだよ!」

「あぁ、韓紅からくれない会長。……引くぐらい似合ってますね」


 いらっしゃってあげるかどうか外で悩んでいるところに、タキシードに蝶ネクタイという出で立ちの褐色肌の猛烈なイケメンもとい男装した韓紅会長がやって来て、しかもどんな店なのかも説明してくれた。

 なるほど、男装女装喫茶か。だからオスメスって名前なのね、合点がいきました。


「でっしょ〜! ちょっとサラシがキツくはあるんだけどね」

「はあ、そうですか」


 胸をちょんと張る韓紅会長に生返事をして、俺はチラっと後方を確認する。恨めしくも羨ましそうな目で、先ほどの外から見ているだけだった人たちが俺のことを睨んでいる。さては韓紅会長のファンクラブ的な何かだったのかアイツら。


「韓紅会長、あの人たちって……」

「ん、あぁ。いいの、ほっといてほっといて。触れないようにしてるから」


 韓紅会長は俺の視線の先にいる男たちを見て、心底嫌そうな顔をした。韓紅会長のそんな表情は初めて見たので、俺はつい眉を顰めてしまった。本人が触れないようにしてるのだ、俺は見なかったことにしよう。

 

「はい、メニュー表どうぞ」

「あざす」


 中に案内され、テーブルに着くとすぐメニューを渡された。メニュー表を開くと多くの飲み物……よりも食べ物の方が異常に多かった。スパゲティ、鳥の竜田揚げ、タコの唐揚げ、枝豆、ピザなどなど。飲み物はコーヒーと紅茶が数種類だけ端っこの方に書かれているだけ。なんか、喫茶店って言うよりかはファミレス感の方が強え。


「あの、なんでコレこんな食べ物の方が多いんですか」

「あー、喫茶店として食べ物もあった方が人が来そうって案が出てね。それでたくさん食べ物買ってたら予算付きちゃったの」

「飲み物先に買えよ……」

「でも一番お金かけたのはこの衣装なんだよー。布から買って全部手縫いなんだぞ!」


 得意げに襟を正す韓紅会長。三週間も前から準備に取り掛かるんだったら、まずはお金の管理をしっかりしておくべきだったと思うんですが。それか結果的に喫茶店なのに飲み物より食べ物の方が多くなったんだったら、男装女装喫茶から男装女装ファミレスとかに名前変えるとかね。


「じゃあ、スパゲティとコーヒーをお願いします」

「はーい」


 ついさっきじゃがバターを食べ終わったばかりなのだが、寝坊による朝飯抜きとダッシュで登校が相まって非常に腹が減っている。スパゲティがどれくらいの量なのかはわからないけれど、ここでちゃんとした昼飯としよう。

 俺は席に座ったまま店内を見渡してみた。教室の三分の二くらいが客席で、衝立で仕切られた残り部分は厨房になっているようだ。衣装に一番金をかけたって言ってたけど、よく見れば内装もかなりこだわっている。カーテンは花柄のもので常時つけられている教室の無地カーテンじゃないし、床も全面木目のジョイントマットなのだ。厨房と客席を分けている衝立も新品みたいだし。確実に予算オーバーなんじゃなかろうか……。


「はいお待たせしました、コーヒーです!」

「あ、ども」


 俺がこのクラスの予算面を勝手に心配していると韓紅会長がコーヒーを運んできた。

 改めて韓紅会長の男装、カッコいいなぁ。いやカッコ可愛いんだよな。周りに何人かいる女装した男生徒どもの気持ち悪さもこの人がいるだけで中和される。まぁその気持ち悪さも楽しんでくださいねってのがこの模擬店最大の売りなのかもしれないが。

 そんな風に三年四組の模擬店を自己分析していると。


「よぉ、穢谷ぁ!」

「ブッッ!!」

「うぉ、汚ねぇ! なんだよ、タオルいるか?」


 俺はメイド服に身を包んだ二メートル級巨人一番合戦いちまかせうわなりさんを見て、飲んでいたコーヒーをコップ内に吹き戻してしまった。それだけ衝撃的だったのだ。やべぇな、似合わないにも程があるだろ。


「すんません、今すぐ目の前から消えてもらっていいですか」

「えぇっ!? 何だよそれひでぇ!」

「今度はコップの外に吹き出してしまいそうなんで」

「はぁー? なんだよそれー」


 ぶすっと唇を尖らせる一番合戦さん。やめろ、服装と相まって猛烈に気持ち悪りぃから。


「あはははは!! やっぱり何度見ても嫐くんの格好ヤバいねぇ〜!!」

「えー、コレ似合ってないか?」

「逆に何故似合ってると思った……」

「あははははは!」


 俺のボソッと呟いたツッコミに腹を抱えて笑い転げる韓紅会長。褐色肌の中に現れる白い歯が素敵です。

 やがて一番合戦さんは知人客に呼ばれ、俺のテーブルから離れていった。よし、ものは去った。コーヒーを飲みながら、再度店内を見渡しているとふとそう言えばと思い出す。


「そういや平戸さんはいないんですか。なんか当日は仕事が多いとか言ってませんでしたっけ?」

「あー、凶壱きょういちくん? 凶壱くんはまた別のお仕事してくれてるよ〜。ちょっとおいで」


 韓紅会長は衝立から顔と手だけを出して手招きする。俺は何も考えずすぐに立ち上がり韓紅会長の元へ。衝立の中を覗いてみると。


「おっ、穢谷くんじゃないかーw。どしたの、手伝ってくれんのw?」

「平戸さん……厨房の仕事だったんですね」

「そうだよ〜w。あ、スパゲティもうちょっと待ってねw」


 カセットコンロの上で麺を茹でるエプロン姿の平戸さんは、かなり様になっている。きっと普段から料理しているからなんだろう。


「もしかしなくても穢谷くん、ひとりなのww?」

「はい、そうですけど」

「マジかよw。文化祭をひとりで回るほど寂しいこたぁないよww」

「まぁでも俺の楽しみは雲母坂きららざか黎來れいなだけなんで」

「こらこら、まだマル秘ゲストなんだから大声で言っちゃダメだよ」

「あ、サーセン」

 

 韓紅会長にコツンと頭を小突かれてしまった。えー、なんでだろ小突かれたのに全然嫌じゃなーい、むしろ嬉しい。コレはアレか、俺はもう韓紅会長ファンの域に入ってるんだな。


「でも楽しみがあるのは良いよね。なんの目的もなくぶらぶらするだけだと体力使うだけだしw。世の女の子みんなに言いたいよ、買い物もっと計画的に回れませんかってねww」

「平戸さんはもう一通り見て回った感じですか?」

「いんや、開会式が終わってずっとここだよ。ボクのスパゲティが一番らしくてね〜w」


 スパゲティなんて茹でるだけで誰が作っても一緒じゃねぇのか。と思いはしたが、そこはまぁ先輩が満足そうなんで後輩の自分は『へぇー』って激しく頷いときました。先輩の話に後輩が『へぇー』か『そっすねー』って言ってる時は大抵全く興味がない時だ。


「まぁボクももうちょっとしたらひとりで歩き回るつもりなんだけどねw」

「あぁ、そうなんですか。一二が颯々野と一緒にいるんで、見つけたら声かけてやってください」

「おっ、そうなんだ〜w。どっちも久しぶりだから楽しみだなぁw」


 平戸さんはニコニコしながら心底楽しげにそう言った。思えば颯々野は多分まだ平戸さんに礼を言ってないだろうしな。素直に言うかなアイツ。

 人をひとり殺めていて、それでいて暴力事件も起こしているかなりヤバめのサイコパスである平戸さん。それでもちゃんとした付き合い方をすればちゃんとした関係を築くことが出来る。一般的な思考とは違うだけで、悪い人ではないのだから。


「……よし、出来たっw! はいどうぞ穢谷くん」

「あぁ。どーも……」


 ずっと厨房にいたせいで出来上がったスパゲティを自分で席に持っていく羽目になってしまった。

 俺は席に戻り、平戸さんお手製ミートソースたっぷりのスパゲティを食べてみた。それはじゃがバターを食べた後でもペロリと平らげられそうなほど、普通に美味くてひとりで笑ってしまった。本当に料理上手いのかよ。

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