No.3『仲良い人は作れても仲良い友達を作るのは難しい』

 校長との会話の後、俺は悩んだ末に教室に戻ることはやめた。てのひらがひとりで小道具製作していると考えたらなんだかちょっと不憫にも思えてしまうが、俺ごときが戻ったところで何の力にもなれない。

 そもそも俺なんかが不憫に思っていること自体が厚かましいことなのだ。周囲から不憫にさえ思われないゴミカスとして扱われるべき存在の俺が他人のことを憂慮する資格はない。

 しかし、俺もホント丸くなりやがった。ほんの数ヶ月前の俺なら、掌のことなど考えもせず爆速で家に帰っていただろうに。今となっては悩んでから帰るようになってしまっている。

 しまっているって言い方をすると悪いように聞こえるけど、実際人間としては当然で正解のことなんだよな。以前の俺がどれだけ人間の心を持ち合わせていなかったかが目に見える。

 学ランの内ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。現在約五時五分前。かなり遅いな、いつもならこの時間には家でソファに寝転がっている時間だ。


 俺は下駄箱で靴を履き替え、駐輪場から自分の自転車を押して正門まで歩く。俺の愛車、錆び付きママチャリのカゴに肩にかけていたショルダーバッグを乗せ、ペダルを漕ぐ。

 キコキコといつも通りの音を鳴らしながら、いつも通りの道を走り、いつも通りの風景をボーッと眺めながら帰路を辿る。

 いつも通りこそが最高の至福、平穏な日常こそが人間の誰にも犯されてはならない権利だ。だからもし俺の平穏を奪うようなヤツが現れたなら、もちろん抵抗するで、拳で。

 そんな風にテキトーなことを考えながら機械的にペダルを漕いでいると、我が家から最寄りの駅の前に着いた。俺が自転車を停め、一度休憩も兼ねて喉を潤すために自販機に小銭を入れるべく財布を取り出したところで、耳馴染みの声が聞こえた。


「あれ、穢谷じゃん」

「おぉ……春夏秋冬ひととせか」


 美しくつややかな長い黒髪が風になびき、髪型が乱れないように手で押さえる春夏秋冬。どんな所作だろうと何故か様になる春夏秋冬に見惚れてしまいそうになる自分の頰を思いっきり叩き、目を覚まさせる。


「え、何やってんの……」

「いや何でもねぇ。そっちは劇の練習終わったのか」

「うん。他のモブ役たちはまだ学校残って練習してけどね。初〆しょしめが私とりょうは完璧だからって先に帰って明日に備えろってさ。マジ『何様?』って感じ」

「まぁ、自分の作った物語をイメージとは違う感じに演じられたくないんじゃないの?」


 正直俺も脚本仕上げたのクソ遅かったクセにデカい面してよく監督みたいなこと出来るなとは思うけどね。プライド高い固い以前にマジもんのバカなんじゃないのアイツ。

 

「でも見てる感じ結構仕上がってるみたいだったじゃん。諏訪以外は」

「そうね。諏訪の大根役者っぷりは逆に笑い取れなさそうだわ」

「取れねぇのかよ。いや、別にいいか。アイツが恥かくの超見てぇ」

「無理よ、諏訪に羞恥心とかないもん」


 諏訪くん無敵かよ。

 心中そんなツッコミをし、俺は自販機に五百円玉を入れて炭酸ジュースと紅茶を一本ずつ買った。紅茶の方を春夏秋冬に手渡すと『は?』みたいな顔をされてしまった。


「どうせ一本奢れとか言われそうだったから買っといたんだけど、要らない?」

「いや、いるいるありがと。何も言ってないのに穢谷が奢ってくれるなんておかしいと思って変に勘繰っちゃった」

「お前俺のことなんだと思ってんだよ……」


 春夏秋冬は俺から紅茶を受け取り、少しだけ口を付ける。何故か喉に流し込む際に微かに聞こえてくるコクっという音がやけに耳に響いてきた。

 俺も炭酸ジュースのボトルを口に運び、一気に呷った。口の中に甘みが広がると共に喉が炭酸で刺激される。美味い、二年になってほぼ毎日こうして炭酸飲んでるし糖尿病確定だなこりゃ。今度の尿検査確実に引っかかるが自信ある。


「あ、そうだ。ちょっと聞いていいか?」

「ん?」

「うちの学級委員って、友達いねぇの?」

さざなみ? そうね、まぁあんたよりはいるんじゃない?」

「いやそりゃそうなんだろうけどよ……。放課後教室でひとりで小道具作ってたろ?」

「あー、そう言えばそうね。でもあれは別に友達いないわけじゃないわよ。がいないだけ」


 常に一緒に行動するほど仲の良い友達がいないだけ……? 

 あまりピンと来なかった俺が眉を顰めて首を捻ると、春夏秋冬は補足してくれた。


「友達にも仲の良さの強弱ってあるじゃない? 漣は人当たりもいいし学級委員として任された仕事はちゃんとするから人望もなくはないの。でもね、人望があるのと友達の多い少ないはまた別の話なのよ」

「人望があるってことは周りから信頼されてるってことだろ? 信頼されてるんだから友達多いんじゃねぇの」

「前に私言ったでしょ? 配慮しなくていい相手は仲が良いって」

「うん」

「漣の場合、クラスのほとんどと話すことも出来るし信頼されててクラスに頼られてる。でも、それだけでそこから何も進展してないの」


 春夏秋冬の言葉は辛辣なようで声音は優しげだった。どこか遠い目をしながら一度紅茶を口に紅茶を含む。今度は一気に飲み干し、空になったペットボトルを自販機横のゴミ箱に入れた。


「仲良いは作れるのよ。だけど仲良いって意外と作るの難しいから」

「ふーん……なるほどねぇ」

「ちゃんと理解してる?」

「してるしてる。要するに別に仲悪くもないし嫌われてもないんだけど、友達と呼ぶには浅いってことだろ」

「へー、ちゃんとわかってるじゃん。学校の勉強にもそれくらい理解する気で取り組めばいいのにね」

「ほっとけ」


 いつも最後に一言多いんですよ貴女。褒めて落とすの上手すぎだろ。


「漣も部員同士とは仲良いみたいだけどね。うちには同じ部活の人いないし」

「掌って何部なの?」

「放送部。時々帰りホームルームいなかったりするじゃん」

「あー、そうだな?」

「疑問形だし……。相変わらず他人に興味無いわねー」


 えぇー、それをお前が言いますか。お前こそ興味無いことにはとことん興味示さないじゃねぇかよ。むしろ俺よりひどい時あるからな。自分から訊いたクセに全然興味無さげな返事だったりとか。


「そろそろ行かない? あんた、私と一緒にいるのバレたくないんでしょ? 次の電車来る時間帯だよ」

「あ、うん。そうだな……」


 バレたくないのはそっちも同じなんじゃないのかと問おうかと思ったが、心の中に留めておいた。俺の返事を聞くこともせずに歩き出した春夏秋冬を追いかけ、隣に位置する。春夏秋冬は何も文句を言ってこない。当たり前のことのようで、俺にとってはやはりいつまで経っても慣れないことなのだ。


「穢谷、明日の予定は?」

「明日はクラスの劇を裏から観て、後はひとりで雲母坂きららざか黎來れいなのショーが始まるまで時間潰すつもり。そういうお前は?」

「私もそんな感じかな。劇やって、後はまぁちょっと色々とかな」

「なんだよちょっと色々とって。いつものヤンチーギャルとモブっ娘と一緒に文化祭周るんじゃねぇの?」

「多分だけど、此処ここ緋那ひなのことよね?」

「うん、多分」


 てっきり春夏秋冬はクラスでいつも一緒にいるあの二人と文化祭を周ると思っていたのだが。


「もちろん周ろうって話にはなったんだけど、私ちょっと別の用事が出来ちゃったのよ」

「へー、友人もどき差し置いてまで大事な用事か」

「友人もどきって、言い方悪いわね……」


 え、だって事実じゃん。放課後めちゃくちゃに罵ってるんだから、あっちからしたら友人でもお前にとっちゃもどきでしかないでしょ。

 その後も明日の文化祭について春夏秋冬と話しながら帰った。自分たちのクラスのことはもちろん、あのクラスはこんなことするらしいだとかここは絶対行ったら楽しいだとか、陽キャの中の陽キャだからこそ知り得ることが出来る情報を多く教えてもらった。

 その帰り道の間、俺は春夏秋冬に一度も配慮することは無かったと後から気付いた。

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