第1話『ぼくにだってプライドがあります』
No.1『俺は一度も声を発さない』
文化祭実行委員の雑務をこなすということとなった俺たちだったが、その面倒ごとを押し付けられた昨日は火曜日。つまり第一回文化祭実行委員会はまだ数日先なのだ。
そして本日水曜日の六時限目。劉浦高は毎週水曜、どの学年のどの学級もロングホームルームの時間になっている。そして大抵のクラスがこの時間に文化祭でクラスとして何をするか決める。と言うのもクラスの出し物を何するか明日ある第一回文化祭実行委員会の前に、クラスにいる数名の文化祭実行委員に提出しておかなければ、そのクラスは当日クラスとして何をすることも許されないのだ。この辺かなりシビアだ。
第一回目の文化祭実行委員会で提出された出し物や模擬店から被ったりしてないか確認したりするらしいから、提出してないクラスは知らんってことなんだろうな。
「はいというわけで、この時間は文化祭何するか決めてもらいます。ちなみに何もしたくないなら何もしないってことも出来るぞー?」
「ちょ、先生それはないっすよー! 俺ら今輝きに輝きまくってる高二だぜー!?」
「あー、はいはい。じゃあ後は
担任はだる絡みしてくるクラスのでしゃばり王子(ムードメーカーとも言う、でも俺はコイツにムードを作られたことはない)、
「
その様子を見て、愉快そうな声音でツッコミを入れてあげる聖人君子、
「えっと、それじゃあクラスで文化祭何やるか決めたいと思います。案ある人ー?」
担任から呼ばれた少女は体育祭の競技決めの時にもこうしてクラスの前に立っていた少女だ。ふーん、コイツが学級委員長か……さっき担任に
そういや気になると言えば、体育祭の競技決めの際にも気になっていたんだが、俺はどこかで彼女の声を聞いたことがある気がしていた。教室内ではなく、どこかで幾度となく聞いたことがあるような気がするんだけど、どうも思い出せない。
「はーい! 喫茶店やりたい喫茶店!」
手を上げて指名されてもいないのに勝手に立ち上がって案を叫ぶ諏訪。その案を聞いて掌学級委員長は黒板に書き出し、うーんと唸る。
「文化祭とは言え、しっかりと飲食を提供する模擬店をするんなら保健所に届け出なくちゃいけないんだよね」
「えっ、なにそれ……っ!」
「諏訪去年も喫茶店って言って同じ言われて同じ反応してたよね?」
驚愕、といった表情をする諏訪に春夏秋冬がニヤニヤと人をイジる顔を作って言うと、それに便乗してその前に座るヤンチーギャル、
「諏訪マジ学習しねーじゃん。頭使えよー」
「うっわ、
「う、うっさい今は関係ねーし! それに、あーしやれば出来る子だしー」
「じゃあ今度からもっとちゃんと勉強してテスト受けような此処?」
聖柄の優しく宥めるような言葉でその会話の流れは一段落着いた。なるほど、ヤンチーギャルで普通なら近寄り難いはずのキャラ性である定標だが、今みたいにイジってもらえるレベルの落ち度があることでクラスの中心人物として位置出来ているのだろう。
となるとクラスどころか学校中の人気者、春夏秋冬もきっと何かイジられるための落ち度を設定しているはずだ。アイツは一体どんな落ち度を見せているんだろうか。
「はいそこー、話進めるよー? いい?」
「はーい。
「喫茶店は出来るかどうかちょっと怪しいところだからー、他に二つくらい候補上げときたいんだけど、何かやりたいことありませんかー?」
掌学級委員長がクラス全体に問いかけるが、諏訪に続き自分の考えを発表しようとする者はいない。まぁクラスの話し合いなんてこんなもんだ。クラスに必ずひとりか二人はいるひょうきん者が案を出して、後は誰も何も言わない。何か案が浮かんでいたとしても、自分のその意見を自分の中で押し留め、外に発信しようとはしない。
それは何故か。人間誰しも『もし自分の意見を否定されてしまったら……』という不安が生じるからである。周りの目、周囲から自分がどう思われているか、少なからず思念してしまうのだ。まぁそもそも案が浮かんでないってことも無きにしも非ずんばだけど。
そんな風にクラス全体に目を泳がせ、自分含め人間の心の弱さを改めて痛感していると。
「あ、そうだ。演劇とか!!」
クラス中に春夏秋冬のよく通る綺麗な声が響いた。クラスはその言葉で前後左右でその春夏秋冬の意見についてぺちゃくちゃと私語を始めた。そして諏訪がいつも通りバカデカい声で春夏秋冬へ同調する。
「おぉっ。いーじゃんいーじゃん!!」
「でしょ〜? 去年どっかのクラスがやってたの見て私もやりたいって思ってたんだよね」
「うん……いいと思う!」
「さすがは朱々!」
「あーしも劇賛成ー」
「どうせなら歌も入れてミュージカルにしちゃうとかね!」
「あ、それもいい!」
すげぇ、春夏秋冬の放ったたった一言でクラスの流れと言いますか動きと言うか、雰囲気が一気に変わった。春夏秋冬のその言葉の放ち方に大したテクニック的なものはなかった。
春夏秋冬朱々が言ったから、理由はただそれだけ。『春夏秋冬朱々』というブランドがそうしようと意見したからそうしようという空気がクラスに生まれたのだ。まさに恐るべし。それほどまでの地位に登り詰めるためには、きっと俺には想像も出来ないような努力や苦労があるのだろう。いや、もう努力とか言う次元じゃないかもしれない。これは春夏秋冬が母親から授かった、生前超人気モデルだった母親から授かった遺伝子、天性の才能な気がする。
「うーん、演劇かぁ……」
「あれ? もしかして微妙な感じ……?」
クラスの雰囲気は完全に演劇で決定ムードになりつつあったが、教卓の前に立つ掌は腕を組んで唸っている。それにいち早く気付いた春夏秋冬が恐る恐るといった表情を作って問う。
「いやすっごい良い案だと思うんだけどさ」
「じゃあ何に悩んでるん? 演劇決定で良いっしょ」
怖い怖い怖い……定標さん、目が怖過ぎるって。そんなに圧かけなくったって良いじゃないですか。学級委員は学級委員なりに考えることもあるんでしょうしー。
掌自身は定標の目は大して気にしていないようだが、春夏秋冬とは違って素で周囲の気配りが出来る男、聖柄がフォローに口を開く。
「そもそも脚本とかどうするかって問題があるよね」
「あ、そうそう。聖柄くんさすがわかってるね」
「脚本って、劇の内容ってこと? そんなん別になんだっていいじゃん。ネットとか探せばいっぱいあるっしょ」
「でもどうせやるならオリジナルの物語の方が良くなーい!?」
「ほらね、こういうこと言うヤツが出てくるから」
諏訪の発言に苦笑する聖柄。ホント諏訪くんは人の予想通り、テンプレの言動してくれますね。実に扱いやすそうだ。
「別に童話とか小説とか絵本とかをそっくりそのままやってもいいと思うし少しアレンジしてもいいと思うけど、どう? オリジナルをするにしたら急ぎで脚本作らないといけないけど」
「脚本ってアレだろ! 小説みたいな感じだろ?」
「うん、そうだと思うけど、なんで?」
「うちのクラスにゃ文芸部の部長がいるじゃん! な!
諏訪が誰かの名を呼ぶと、クラスの視線が一斉にそちらへ向く。俺はその
クラス中の目が向いているのは、諏訪の斜め右後ろの席に座る眼鏡をかけた小柄なヤツだった。いやでもアイツは結構顔知ってるな。普段からクラスで聖柄と諏訪と一緒にいるヤツだ。あんな眼鏡かけた陰キャっぽいヤツがなんでスクールカーストのトップ層と一緒なのか不思議に思っていたことがあって覚えている。
しかし、文芸部部長か……確かに文学少年感がすごい。てか今も突然名指しされて慌てて読んでた本隠してたし。話し合い参加する気ゼロかよお前(特大ブーメラン)。
「ぼくですか……?」
「お前以外いないって文芸部部長!」
「その呼び方やめてください、バレー部端くれ君」
「ひっでぇ! 芥口悪りぃ!」
聖柄や諏訪ほどではないが、眼鏡くんの発言で再度クラスに笑いが生まれた。なるほどね、見た目や口調に反して口が悪いキャラが立ってるわけだ。
「
掌の問いに、
「……はあ。仕方ありません。ここまできて断れませんしね。脚本、承りました」
「やったーー!」
「ありがとう初〆くん!」
「任せたぞ芥ー!」
「いいぞー芥」
「よっ! 平成の芥川!」
「かっけぇぞ文学少年~!」
「ちょっと黙ってください」
最早冷やかしのようにしか聞こえない、というかただの冷やかしにジト目する初〆。何はともあれ、これで我がクラスの文化祭ですることは演劇で決定した。初〆芥という男に脚本を頼んだことが吉と出るか凶と出るかはどうせ何もしない俺にとって知ったこっちゃないが、クラスが盛り上がっている隙に諏訪の喫茶店という案をシレっと黒板から消していた掌を見て、俺の中で掌の好感度が爆上がりした。
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